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88話「初めてのただいま……」

挿絵(By みてみん)


 目立たないようにナッセとフクダリウスが並んで座っている。


 向こうでオウガとドラゴリラは「わははは」と部下と一緒に乾杯しながら、盛り上がっていた。

 コンドリオンも「うぃ〜ひっく」と心地好さそうに首を上げ下げしているぞ。

 こんなにも和気藹々で沸いているのに、ナッセは硬い顔のままだ。

 最悪な未来を聞かされたフクダリウスは絶句していた。


「だからか……」

「それに、ここぞという場面ですぐ妖精王にならなかったのは、寿命を縮めるリスクや恥ずかしいって理由だけじゃないんだ」

「……!?」

「幾多の戦線を潜り抜ける事で、メンバー全体のレベルアップを促したかったんだ。オレだけ強くなったって全然ダメなんだ。サンライトセブンを強化して、全員で戦いたかったから……。真意も何も伝えず、コマのように利用しててズルいと思ってる。けどっ……!」


 俯いたまま涙を流すナッセの肩に、フクダリウスは宥めるように手を置く。


「頼むから、独りで背負い込むな! もっとみんなを信じてくれ!」

「みんなを信じる…………」

「ヨネ王様もみんなも分かってくれる。それに……リョーコもな」


 フクダリウスはニヤリと笑った。

 脳裏にリョーコの顔が浮かび、思わず高揚する感情が胸に沸いた。


「り、リョーコは関係ないだろ……。第一彼女じゃないし、ただの他人だし!」


 慌ててバタバタと手を振る。


「グワッハッハ、顔を赤くして言っても説得力ないわい」

「うう……ひどいよ……。おっさん……」

「しかし嬉しいなぁ……。お前にも人間らしいところがあるなんてなぁ……。いつもぶてぶてしく“全て分かってる”みたいな達観者ぶってて、取っつきにくい感じがあってな。オウガもいけすかない糞餓鬼(クソガキ)と言ってたものだ」


 ナッセは俯く。


「だが、お前もワシらとも変わらぬ同じ人間だ。どんなに強がっても見栄を張っても、心はすぐ崩れるものだ。誰一人支えてくれぬと誰だって壊れてしまう。……みんな同じなのだ。これも忘れないでくれ」

「…………分かった。肝に銘じとくよ」


 やはり安心させられる。安堵させられる。


「国を出て行くのはオレが人間じゃねぇからってのもある」

「……そんな事でか?」

「え?」

「そんな事だろうと思ってた。何度でも言うぞ、みんなは気にせん」


 やっぱり安心させられる。だから言えない事も言えてしまう。


「オレはドラゴンと同等の、妖精王だぞ……?」

「分かっておる」

「ニメアにキレて暴れてたの見てただろ? 怖くないの?」

「確かにワシが何人いても遠く及ばないほど圧倒的な存在だからこそ、それを恐れた一部の人間は排除しようと考えるかもしれん。そのせいで人間を嫌いになってしまう恐怖もあるのだろう?」

「う……ううっ!」


 実際、全力の竜さんにも立ち向かえていたのだ。

 みんなはドラゴンと妖精王ではベクトルが違う理由で納得してたが、実際にニカ大将軍やニメアを殴ってた辺り、ドラゴンと変わらない恐ろしい力だ。


「……人間はそんなに強い生き物ではないのだ。人智を超えた英雄を“化物”と逆に怖れるのもまた、人の持つ心の弱さだ。何度も言おう、お前は悪くない」

「フクダリウス……」

「長い付き合いじゃないからズレてるかもしれないが、お前もまた弱き心を持つ()()。ジレンマを抱えつつ恐れ悩みながら生きている」

「ああ、その通りだ。オレは……怖いんだ」


 力無く身を震わせている。

 いつものぶてぶてしい態度のナッセではない。

 まるで恐れおののく小さな子供のように見えた。


「……心配するな。ワシはそんなお前を受け入れるぞ。強い面だけではなく弱い面も含めてな。だから、それを理由に我々と国から逃げないでくれ……」

「おっさん……」

「みんなで戦おうではないか……。最後の最後まで……な」


 包容力があって頼れるおっさんだ。なんだか安心させられる……。

 モヤモヤしていた気持ちが晴れる気がした。


 実は今まで独りで背負い込んで戦うつもりで、みんなに話すつもりはなかった。

 どうせ信じないだろう、言う必要はない、そう思って素知らぬ顔でやってきた。

 でも、それだとモヤモヤは消えなかっただろう。


「ありがとう。フクダリウスさん……」

「はははっ! 水臭いわ。それとおっさんかフクダリウスでいい。ワシにできる事なら協力するぞ」


 すると意気高揚とモリッカがやってきて拳を振り上げていた。


「そうですよ! 僕だってあの後、更に戦闘力がアップしたから頼りにしてくださいよ! それに星獣ってすっげぇ強ぇえんだろ? オラワクワクすっぞ!」

「……なんか変な成分混ざってきてねぇ?」


 ジト目のナッセは呆れた。

 でもなんだか肩が抜けた気がした。


 今まで思い詰めてたのがバカバカしくなってきたぞ……。




 深夜の夜、ナッセは自分の家への帰路についていた。

 静かな冷えた街道を歩き……、我が家を目に入れる。まだ窓から明かりが見える。

 ガチャリ、ドアを開けて玄関に踏み入れると、寝間着姿のリョーコがやってきた。


「おかえり。おつかれさま」


 屈託のない眩しい笑顔。

 押し掛けて居候してるただの他人なのになぁ。

 それでも待ってくれる人がいる。

 温かみを帯びたピンクのほっぺ。安心させてくれる微笑み。そして馴れ馴れしく触ってくる。


 それは自分が“独り”じゃないと実感させられる“ふれあい”だった。


「……ただいま」


 帰った時の挨拶、それをリョーコに言うのは初めてだった……。

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