飛ぶ散弾と、笑む女
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本日二話目の更新となります、ご注意下さい。
それではどうぞ、お楽しみ頂ければ幸いです。
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銀の燐光が彗星の如く尾を引いて走り、百足の女術士に殺到する。
「っ、あ、あ、ぎゃあああぁあああっっ!?」
──瞬間、女の握る百足の剣が宙を舞った。絶叫と共に女の前腕から高く血が噴き上がり、紅い瘴気に鮮やかな赤が混じる。
斬撃は散り、姿を現すのは円月輪。それが孤を描きドーラの手に再び納まったと同時に、百足の剣がぼとりと落ちる。血飛沫を帯びて転がったそれは、直ぐに輪郭を失い百足の群れに戻り他の百足達と混じり消え失せた。後に残ったのは、白骨化してぼろぼろと崩れる手の残骸のみだ。
「う、で、わたしの、腕ええぇええっ!」
女の顔が憎悪と苦痛に歪む。ぼとぼとと垂れる血から小さな百足が溢れ出る。苦悶の叫びを上げると、女は百足の眼でドーラを睨み、そして血液を媒介として再び百足の群れを産み出汁た。
ずるり、ずる、ずるるる……、怪我を負った腕から触手の如き幾百もの百足が這い出し、絡まり合い、先程と同様に百足の剣を形作ってゆく。それは傷口から先を覆い尽くし、やがて直ぐに腕と一体化した歪な武器が顕現した。
「貴女、まるでバケモノですね。斬ってもそんな風に補われたんじゃ、キリが無いじゃないですか。もしかして、頭を落としたらまた百足で出来た首が生えたりするんです?」
「馬鹿にするのも、大概にしなさいよっ、この銀鼠がああぁあっ!」
呆れたようなドーラの台詞に女は激怒し、叫びを轟かせながら百足の剣を振り抜いた。その不定型の武器は鞭めいてしなり、グンと延び、幾つもの百足で出来た弾が一斉に飛び散って散弾の如くドーラを襲う。
慌てる事無くドーラが壁を駆け斬撃を飛ばし避けると、百足の弾は勢いのままコンクリートの壁に当たり穿ち幾つもの穴を開けた。
「凄い威力……。あんなのが当たったら痛いし穴だらけになるじゃないですか」
まるで本物のショットガンさながら無数の穴が開いた壁を見遣り、ドーラが首を竦める。
「アンタみたいな売女、穴が増えりゃ便利なんじゃないの!? ホラ、避けずに当たればいいのよ! もっと綺麗にしてあげるわ!」
「嫌ですよ、百足でなんて……! それにあの百足さん達、どうせ私の身体に入り込んで中から内臓食べるとかやっちゃうんですよね? 餌にされるのもお断りです!」
二撃、三撃と放たれた百足の散弾を避けながら、ドーラは宙を舞い再び斬撃と円月輪を飛ばした。短い呼吸と共に放たれる無数の刃は速く、女からしてみればどれが実体のある円月輪なのか、実体の無い斬撃なのかは判別が付かないだろう。
銀の尾を引き円月輪が女を襲う。今度は大量の百足が蠢く長い髪を半分程斬り落とし、ドーラの手に舞い戻った。バッサリと切れた女の黒髪が舞い散り、大量の百足と共に地面を覆う。
「酷いっ、乱暴な雌犬だわ、髪は女の命って言葉知らないの!?」
「知ってますよ、でもそんな伸ばしっ放しの百足まみれのボサボサの髪なんて、すっきり斬って整えた方がいいんじゃないですか? その方が垢抜けますよ、おばさま。──それにしても鼠から犬に昇格なんです? 光栄ですね」
「言わせて、おけばああぁあ!」
挑発するようなドーラの言葉に、女が咆える。躍起になって腕を振り回し、当たらない散弾を連発する。
「……そんなに無駄撃ちして大丈夫なんです? 百足さん達も無限じゃないでしょうに」
慌てず攻撃を避けながら円月輪で確実にダメージを与えてゆくドーラに、女は息を切らしながら百足を振るう。その眼は狂気に取り憑かれており、その滲み出る執着にドーラはぞくり、悪寒を感じた。
「アンタは、わたしが殺すのよ……! わたしと一緒で地べたを這いずり回って生きて来た癖に、そんな綺麗な服着て何も無かったみたいな顔して……だから許せない、地獄に、地獄に堕としてやるわ……っ!」
「そんなのは、お断りですッ! 私はまだ死ぬ訳にはいかないし、貴女と一緒に地獄に行くなんて真っ平御免ですッ!」
「誰が一緒と言ったの!? アンタだけ行くんだよっ! わたしは生きて、ママと家族と一緒に幸せになるのよ!」
「ならば余計に、了承出来ませんッ」
大きくなる悪寒を押し殺し、ドーラは叫ぶ。斬撃が、円月輪が女の身体を斬り裂いてゆく。噴き出す血はことごとく百足と化し、地面を百足と瘴気が埋め尽くしてゆく。
「──それでもアンタは、地獄へ堕ちるのよ」
そしてまた斬撃を放った瞬間、──ドーラは女と眼が合った。
女は、ニイと笑う。身体にはドーラの付けた無数の傷が走り、服はもはやボロボロに裂け、ざんばらに髪は乱れ──それでも女は、笑った。
刹那、ドーラの前身を悪寒が駆け抜け、総毛立つ。警鐘が頭の中で鳴り響く。
「堕ちろ」
それは呪いの言葉。
ドーラの心が怯んだ、その時。──足許の壁が、突然崩れた。
「!? しまっ──」
バランスを失い、体勢が傾く。壁は一気に崩壊し、ドーラを空中へと容赦無く投げ出す。
──あの散弾はこれを狙っていたのか、とドーラは歯噛みする。大量に穿たれた無数の穴はコンクリートの壁を蝕み、ドーラの走りを支えられない程に脆くなっていたのだ。降る瓦礫に身体が打ちすえられ、破片に頭を殴られて一瞬気が遠くなる。
真っ逆さまに墜ちるドーラの首を、女の鞭のように伸びた腕が絡め取る。そのまま引き倒され地面に打ち付けられ、衝撃で息が詰まる。
「っ、ぐ……ッ!」
ぬるぬるとした血とも粘液ともつかない汚濁にまみれ、百足達が這い寄ってくる。痛みよりも、ぞわぞわとした嫌悪に顔が歪む。
「っひ、……い、や、あああ……」
ばたばたと暴れようとした四肢は百足達によって拘束され、纏わり付かれて動きを封じられた。じくじくと服が喰い破られ、肌に噛み付かれてびりびりとした痛みが全身を苛み始める。
ドーラは唯一自由になる口を動かそうとするが、開いた瞬間にぐぼり、と大きな百足が唇の隙間から押し入った。這い回られ粘膜を鋭い足先でこそげられ、嫌悪と痛みにくぐもった悲鳴を上げた。
「う、ぐ……ひ、ぐうぅううっ」
「ふふっ、いい格好だわ。このまま死んだ方がマシなぐらい酷い目に遭わせて、『殺して下さいお願いします』って台詞を吐かせてあげる」
女がドーラの眼を覗き込んだ。その顔に浮かぶのは愉悦、そして嘲笑。
怒りにドーラは気力を奮い立たせた。まだ、自分はこんな場所で枯れる訳にはいかない。今もあの人は、所長は化物と戦っている──。
恐怖を押し留め、ドーラは強く歯を噛み合わせて口内の百足を噛み切った。硬い殻を砕く嫌な感触とびりびりとした渋みが舌先に広がるが気にも留めず、のたうつ百足を血と唾液と共に勢い良く吐き出す。
「だ、れが……っ、こんな所で、死ぬ、もんですか……!」
力を込め、女を睨んだ。その銀の瞳は怒りに燃え、その全身から燐光を放つ。
ドーラの霊気に触れた百足達が身を焦がされのたうち始める。少し拘束が緩み、ドーラは勢いを付けて身を起こそうとした。
「──逃がさないわよ」
しかし地の底から響くような女の声と共に、ずしり、とドーラの身体に重みが増した。
女が、ドーラにのし掛かっていた。
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本日二話目の更新、ドーラちゃん大ピンチです!
頑張るも囚われて毒虫に拘束される美少女……一体どうなってしまうのか。
次回も乞うご期待、なのです!
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