呪いの歌と、力の名
▼
本日二話目の更新となります。ご注意下さい。
それでは、お楽しみ頂ければ幸いです。
▼
*
「ッしゃあ、喰らい、やがれッ!」
「ゥグオオォオオオオアアアアッッ!」
大きな百足女の頭上から、カラハと黒虎の咆哮が降る。化物の斜め後ろの高いビルから跳躍しながら、カゲトラに乗ったカラハの槍が振るわれる。
鈍銀色の大きな斬撃が空を駆け、百足女の肩口へと疾った。
──ギィンッ!
百足女が腕を振り上げた瞬間、金属同士が擦れるような嫌な音が響き、斬撃が燐光となって霧散する。それまで人間の腕だったものは刹那、硬い殻に覆われた節足へと変化していた。
「上半身は女だと思ってたが、百足は百足って事かよ……ッ! 堅てェ女は嫌われンぜ!?」
すかさずカラハ達を狙い振るわれた鋭い爪先を槍で受け流しながら、カラハが軽口を叩く。もう一方の腕による追撃を躱し、カゲトラがビルの壁を蹴って再び空へと跳躍した。
「デカい分攻撃当て易くて楽かと思ってたが……そんなウマい話は無ェってか」
カラハのぼやきにカゲトラが唸りで応じ、ひらりビルの屋上に着地する。間を置かず再度跳躍し斬撃を飛ばすが、結果は同じで二人は再び屋上へと舞い戻った。
一方、百足女はカラハとカゲトラを敵として標的に定めたらしく、腕の爪以外にも長い髪やロープ状に伸ばした細い百足などを鞭の如く振るい狙ってくる。更に時折、長くのたうつ尾側の百足を、体当たりよろしくカラハ達のいるビル目掛けて打ち込んでくるものだから堪ったものではない。
攻撃され揺れるビルの上で、少し怯えたカゲトラが唸る。カラハは軽く舌打ちをし、カゲトラの背から一旦降りると百足女と周囲を観察した。
見ると尾を打ち付けられた壁には大きく亀裂が走り、無数の罅が広がっている。倒壊するのも時間の問題だろう。
「これじゃジリ貧だ。移動速度は遅いだろうから逃げるのは簡単だが、倒さにゃ結局意味が無ェしな……」
カラハは頭をガリガリと掻きながら牙を鳴らし悩むが、直ぐにチッと舌打ちを零す。
「あァ、ヤメだヤメ。考えたって無駄無駄。あんなデカブツ、パワーで押し切るしか無ェだろ。もう面倒臭ェ! 他に人も居ねェし建物も壊しても大丈夫ってんなら、いっそ全力出して一気にぶっ潰すのが一番早えェよな」
諦めたようなカラハの言葉に、ガウ、とカゲトラも咆える。どちらも元より気が長くはない方なのだ。うざったそうにバラバラと飛んでくる攻撃を払いながら、気を取り直したカラハが口許を歪めた。
「そうと決まりゃア──善は急げ、ってなァ!」
言うが早いか、カンッ、と槍の石突きで屋上を打ち据え、カラハはもう片方の手を複雑に動かし印を象る。同時に聞き取れぬ繊細な響きをもって、低く圧のある声が音を結ぶ。最後にニイ、と口端を歪め笑うと、カラハは言い放った。
「──神威、解放ッ!」
カラハの額に裂けた第三の目がカッと見開き、全身から濃銀の燐光が一気に噴き出す。黒い髪が靡き、ロングコートの裾が翻る。
隣ではカゲトラが、カラハに負けじと全身から黒い妖気を撒き散らす。金の瞳と牙と爪、そして虎の模様が強く黄金の輝きを放つ。
「能力解放は暴走が怖ェから滅多にやらないんだが、──出血大サービスだな、なァカゲトラ!」
燐光で刃を伸ばした三つ叉の槍を構え直し、カラハが牙を鳴らし笑う。カゲトラも呼応するように大きく咆哮し、黒と金の妖気を噴き上げた。
一人と一匹の視線の先には、大百足のあやかし。
百足女はカラハ達の霊気が一気に高まったのを感じたのか、ほぼ無表情だった女の顔を強張らせて巨大な牙を剥き出している。首から肩、腕、そして腹や背などは黒い外殻に覆われ、顔と胸以外は硬い鎧を着込んだ姿へと変化していた。
「オォオオオアアアァアアアアッッ!」
百足女の口から叫びがほとばしった。化け物の全身から瘴気が溢れ、赤黒く重く空気を染める。
──そして突如、その瘴気が凝り、形を成して行く。
「オギャア!」
「オギャアアァアアッ!」
「オギャア! オギャア! オギャアァアッ!」
幾つもの産声が轟く。嬰児の鳴き声が紅い月に反響する。
ぞろり、瘴気で造られた大きな百足が首をもたげた。泣きながら、叫びながら、産声を上げ幾つもの大百足がぞろりぞろりと、赤黒い身をくねらせる。鋭い牙の光る顎、ぬらりと艶めく外骨格。それら全てが嬰児の声で天を埋め尽くす。
無数の大百足の中心で、一際大きな百足の女は嗤う。牙をガチガチと鳴らし、歌うように、嗤う。その音は瘴気を震わせ、圧となって轟く。
それはあたかもおぞましき、百足の嬰児の子守歌。百足の女王が口ずさむ、呪いを孕む子守歌。
紅く、血のように紅く、百足の女王の眼が光る。
「ウオオォアアアァアアアッッ!」
百足の女王の叫びを聞きながら、カラハはひらりカゲトラに飛び乗った。
「あちらさんも準備は万端ってか! よっしゃカゲトラ、虐殺のお時間だぜッ!」
「ゴオアァアアアアッッ!」
楽しそうに、心底楽しそうにカラハが笑う。カゲトラも負けじと咆哮で空を裂く。濃銀と黒と金の霊気が入り交じり、赤黒い瘴気を押し戻す。
カゲトラが高く高く、跳躍した。カラハが笑う。三つ叉の槍を輝かせ、カラハが笑っている。
「くっくくく! 俺を敵に回した事を後悔するといいッ! 塵に、いや──」
三つ叉の槍、現在と過去と未来を示すそれぞれの刃が、輝き燐光を放つ。
「灰にッ、なりやがれッ!」
三つ目の瞳を爛々と輝かせ、カラハは空中で槍を凪いだ。
その姿はあたかもカラハの内包する力が具現化したが如く──まるで、破壊神シヴァの顕現そのものだった。
*
▼
まずはカラハとカゲトラのバトルから!
おぞましい百足のあやかし達に対し、カラハも奥の手を出してきました。
そう、カラハの力の源はインドの破壊と再生の神、シヴァなのです。単体では最強クラスの力。でも暴走が怖いので、普段はかなり加減してる、みたいな感じです。
明日も二話更新の予定。
それでは次回も、乞うご期待、なのです!
▼




