咆える妖虎と、駆ける影
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「さて、どうすッかな。あんなデカブツ……って程にはデカくは無ェが、それでも身一つじゃ骨が折れそうだ」
カラハの事務所は大通りではなく、表から脇に入る細めの横道に面している。取り敢えずは見付からないよう身を隠しながら相手の様子を窺っていたが、百足女の怪物は偶然か必然か、こちらの方角へと向かって来ているようだった。
「背の高い建物から急襲するのはどうです? 見たところ飛び道具は無さそうですし、上からの攻撃は有効かと思いますが」
ドーラが銀のナイフを引き抜きながら提案する。カラハは周囲を眺めながら思案し、そしておもむろに足許のカゲトラを摘まみ上げた。
「やっぱそれが一番か。──おいカゲトラ、久々に暴れさせてやる。目標はあのデカい百足だ、分かるな?」
なお、と短く鳴いてカゲトラは金の瞳を輝かせた。カラハは牙を鳴らし笑うと、うっし、と頷いてカゲトラから手を離す。
「そういう事でドーラ、俺はカゲトラとあのデカいのをやる。お前は建物に隠れつつ周囲の状況に注意しろ。多分、百足女の飼い主の術士が何処かにいる筈だからな」
「分かりました。──所長、お気を付けて」
「お前もな」
ドーラの頭をくしゃりと撫でると、ニッと笑ってカラハは跳躍した。薄く鈍銀色の燐光を発しながら、建物の壁を蹴り身を翻して低いビルの屋上へと到達する。
狭い屋上では既にカゲトラが百足女を睨み、毛を逆立てて低く唸っていた。カラハはしゃがみ込むと、カゲトラの首に巻かれた鎖の南京錠を外してやる。
「頼まァな、カゲトラ。期待してるぜ」
途端、カゲトラの身体が一気に膨張する。金の模様はそのままに、黒く大きな身体は妖気を纏い、黄金の牙と爪が輝く。
──堂々たる、黒虎のあやかしがそこに居た。
カラハはその背に飛び乗ると、空中に長い線を描く。濃銀色の直線は三つ叉の槍に姿を変え、カラハが握った途端に実在を取り戻す。
槍を構えカラハが笑う。その額に開くのは、燐光を零す三つ目の瞳。濃銀色の霊気が灰の如く舞い散る。
「よっしゃ、行くぜカゲトラ!」
雄叫びと同時、虎の咆哮が重なる。カラハを背に乗せた黒虎は、建物の屋上から跳躍し、器用に屋根や壁を蹴りながらあやかしへと迫るのだった。
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一方ドーラは気配を殺し、隠密のような身のこなしで影から影へと渡っていた。百足女とは別の妖気を探りながら、握ったナイフの重さを確かめる。
──ドーラには確信があった。自分を襲ったあの大百足の術士と、今回の百足女の操者が同じである、と。
覚えている微かな妖気の残り香、瘴気の手触り。それがあの百足女から漂うものと同一であると、ドーラの感覚が告げていた。ならば探さなければならない。それを嗅ぎ分けられるのは恐らく自分だけだ。
復讐? ──いや、そんな個人的感傷ではない。敵だから討つ、ただそれだけだった。感情を殺しドーラは動く。
その身のこなしは優美にして俊敏。光を放つ月ではなく、その影となって街を渡る。──戦闘において、ドーラが最も得意とするのが隠密行動であった。本部の訓練の際、ドーラは忍のように音も無く敵を討った。ナユタがドーラに相応しい武器として、銃器ではなく刃物を選んだのもその辺りに理由がある。
──近い。
ドーラの感覚が告げている。恐らく、ドーラにあの呪いを仕掛けた術士が近くに居る。路地裏に漂う腐臭、ビルの隙間に沈む瘴気。赤黒く塗り込められた世界の中、感覚だけを頼りに音も無くドーラは駆けた。
蒼白い燐光が流星の如く尾を引いた。銀の髪が靡く。気合いを込め、ナイフを握る。霊気の刃が伸びる。
「──そこッ!」
一気に、霊気の刃を振り抜いた。
斬撃が空を疾る。薄汚れた路地の壁を削り、蒼白い霊気の刃が一直線に駆け抜けた。
その先に、女がいた。長い黒髪を揺らし、杖を突く片脚の女。女は振り返ると同時、にい、と笑った。迫る刃に照らされ、女の妖艶な笑みが輝く。
──そして一気に、女の前身から黒い瘴気が噴き出した。
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戦闘開始! です!!
カラハのみならずドーラちゃんも会敵!
本日は夜にも更新予定。
次回も乞うご期待、なのです!
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