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昔の名前と、迫る影


  *


 カラハが仕事着に着替え終わり、全ての準備が整った頃を見計らったかのように、事務所のドアが叩かれた。開いた隙間から顔を覗かせたのは、黒いスーツ姿のいかつい男だ。


「お邪魔します。二人ともご無事ですか」


「ああ、安芸さんもこン中に居たのか、災難だったな」


 その男は『組織』の構成員で、術士では無いが情報を集めたりする実働役を担っていた。カラハが組織に居た頃からの顔馴染みで、恐らく丁度『結社』の警戒に回されていたのだろう。


「こいつァ結社の仕業か? 規模はどれぐらいだ」


「断定は出来ませんが、状況から鑑みるに恐らく。事前に示されていた事件のあった地域、それがすっぽり丸ごとです」


「一般人は居なさそうだが、街の様子は?」


「霊力を持つ者だけが取り込まれたらしく、ごく少数ですが見受けられます。警戒に当たっていた組織の部隊が見付け次第誘導しています。更に術士を含んだ部隊が結界の解除を試みる予定です」


「結界って事ァ、入る事も出る事も出来ねェんだな?」


「時限が隔絶されています。そして恐らく、この結界の中では霊力、神力、妖力などが増幅される効能があるようです」


 黒スーツの男、安芸がカラハの質問に正確に答えてゆく。カラハはニヤリと笑うと、黒い煙草を咥え火を点けた。


「了解。じゃあ俺の役割は──」


「──サーチ・アンド・デストロイ。出来れば生け捕りにしたいところですが、そうも言っていられないでしょう。存分に暴れて下さい」


 安芸もニヤリと笑みを返す。カラハが存分に暴れたらどうなるのか、理解して言っているのだからタチが悪い。しかし時限を隔絶した結界ならば、幾ら街を壊したとしても結界を解けば現実には影響が出ない仕様だ。やりたい放題って訳だ、とカラハは口許を歪めた。


「どんなヤカラが出て来るのかは分からねェが──こんなおおごとやらかす奴らだ、遠慮は要らねェよな」


「ええ、思い切りやっちゃって下さい、アギトさん」


 しかし安芸がその言葉を発した瞬間、カラハの全身から殺気が放たれ、深淵めいた瞳が鋭く細まり安芸を睨み付けた。


「……その名で呼ぶな。殺されてェか」


「っ! す、すいませんカラハさん」


「もういい、だが二度と間違えンなよ」


 失言に気付いた安芸は慌てて謝意を述べ、カラハも直ぐに殺気を収めた。遣り取りを見守っていたドーラだけがほんの僅か首を傾げる。


「よし、行け。俺達も直ぐに動く」


「──ご武運を」


 そして安芸は黒スーツの裾をひるがえし、風のように姿を消した。ふう、とカラハは力を抜き大きく息をつく。


 もう一本ぐらい吸ってもバチ当たんねェよな、と呟きカラハは再び煙草を咥えた。さっと横からすかさずライターの炎が供される。見るとドーラが真顔のまま、ライターを掲げていた。カラハは火が点いたのを確認すると、ありがとな、とドーラの頭を撫でる。


「今聞いた通りだ。恐らく出遭う奴は結社の術士、つまり敵だ。お前は自分の身を守る事を第一に考えろ、決して無茶はすンな。万一一般人を見付けても自分がどうこうしようとするな、組織のモンに任せろ。分かったな」


「はい、分かりました。……それと、あの、所長。聞いていいですか? その、……『アギト』って……」


「ああ、それな」


 カラハは紅い月を見上げながら大きく紫煙を吐く。鳴動するが如く、赤黒い瘴気に月が揺らめいて見える。


「俺の名だ。『アガナ・アギト』。──組織に居た頃の、『術士の真名』って奴だ。じっさま……俺の師匠の『アガナ』の氏を継いだ名だ」


「……今は、名乗らないんですか」


「重すぎるんだよ。『贖う顎』なんて名前負けもいいとこだ」


 そしてふっと哀しげに笑い、カラハは煙草を揉み消した。さて、と事務所の扉を開け、不敵に口許を歪める。


「──行くぞ、ドーラ。覚悟は出来てるか」


 カラハの隣に立ち、ドーラも月を見上げた。濁った重い空、澱む空気。それでもドーラは胸を張り、微笑を浮かべる。


「覚悟ならもうとっくに出来てます。いつでも、大丈夫です」


 遠くから、大地を揺るがす地鳴りが聞こえる。禍々しい気配が、腐った臭いが満ちてくる。


「どうやら、向こうから現れてくれたようだな」


「探さなくていい分、都合がいいですね」


 カラハが短く真言を唱え、ふわり黒い炎から現れた鈍銀色のロングコートを羽織った。ドーラも両手の指を合わせ集中し、蒼銀色の燐光を纏う。そして何処からかカゲトラが姿を見せ毛を逆立てて、なお、と鳴いた。


 近付いて来る異形。濁った空気の向こう、その巨大な影がゆっくりと迫る。


 それは一見すると蛇に見え、しかし女にも見えた。また多くの人間が蠢いているようにも見受けられる。──それら、全てが正しいと、その姿がはっきりするにつれ理解する事となる。


「ははッ、趣味悪りィことこの上無ェな」


 カラハが笑う。牙をギリ、と鳴らし楽しそうに笑う。


 それは、大きな百足。人間の胴体を超える太さを持つ巨大な百足。


 それは、女。整った顔を持つ大人の女、その上半身。


 それは、無数の人。数多の捻じ曲がった腕と脚がバラバラに蠢く異形。


 ──つまりそれは、女性の上半身を持ち、節足の代わりに歪つな人間の腕や脚を生やした、巨大な百足の化け物であった。


  *




いよいよ敵が登場!

という事でここから怒濤の二章ボスバトル開始です!

土日は二話ずつ更新、お楽しみ頂ければと思います。

次回も乞うご期待、なのです!



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