表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/44

産まれたものと、血の記憶



本日二話目の更新です。

お楽しみ頂ければ幸いです。




  *


 女の顔からみるみる血の気が引き、言葉はもはや意味を成さない。


 不穏な音が部屋に反響する。腹の一部分だけが、ぶつ、ぶつ、ぐぼ、という響きと共に引き延ばされていく。


 みち、みち、ぶつり。ぶつ、ぶつ、──ぶちぶちぶちっ!


 それはもはや疑い用の無い、子宮はおろか腹の肉や皮膚が内側から引き千切られる音。


 既に極限を通り越した苦痛に、女の喉は痙攣し、悲鳴どころか空気すらも吐き出せずにいる。虚ろだった瞳はぐるり裏返り、腹を空に突き出す形で姿勢は引き攣り固まってしまっていた。


 ──ぶつり、びちっ! 限界まで伸ばされた皮がとうとう破られ、そして一気にその傷は裂け広がった。ぶつりぶつりと腹を裂き現れたのは、すらりとした女性の手。


 血みどろの指が裂け目から覗き、やがて片手から両手になったそれは、力を込めて腹の穴を大きく押し開き、無造作に引き裂いた。


 真っ赤な溜まりから血にまみれ濡れそぼりながら、そしてそれは現れる。


 ……それは女性のように見えた。少なくとも上半身は人間の女性に思えた。狭い傷口を割り開きながら頭を突き出し、肩を出し、腕を抜き、更に穴を広げながら身体を徐々に引き出してゆく。それは薄い微笑みを湛えながら上半身を完全に露出し、床を這いながら次いで下半身を引き出そうとしている。


 穴からは、ぐぼ、ぐぼ、びちびちと血と肉の立てる音が溢れ、そしてずりゅ、ずりゅ、と続きの部分が這い出してゆく。


 やがて、ぐぼり、と一際大きく不快な音を立てて引き抜かれたそれは、──人間の下半身では無かった。


 一番近いものは、巨大な百足、だろうか。ただでさえ嫌悪と恐怖を齎す毒虫だと言うのに、それでありながらただそれを模しただけに飽き足らず、観る者におぞましさを呼び起こす工夫が凝らされていた。


 黒いぬらぬらと光沢を帯びた殻の連なる身体。そこから伸びる足は、節くれた虫のそれでは無く、捻じ曲がった人間の腕や足であるのだ。血にまみれたそれらをバラバラに動かしながら、女性の上半身を持つ百足の怪物は、女の腹から長大な下半身を引き摺り出し続けていた。


 無論、そんな大きな物が一人の人間の腹に収まりきる筈も無く、あたかも女の腹の傷を通して異界から顕現しているかの如き光景は、常識が崩壊する錯覚と不快感を観る者に与えるであろう事は想像に難くない。


 白目を剥き震える唇から泡を噴きながら痙攣する女を余所に、そのおぞましい出産はようやく終わりを迎えようとしていた……。


 *


 ──そろそろ、頃合いだろう。声も無くそう呟く。


 その男は共有していた視覚と聴覚の繋がりを切り、術を解いた。思ったよりも計画は早く進んでいる事に口許を歪めながら、しかし先程の女の一部始終を思い起こし、更に笑みを深くする。


 ──『くだらない』。


 零れそうになった言葉を唇が紡ぐ事は無く、く、と僅かな嘲笑だけを喉が吐いた。


 咳払いを一つ。さて、と指を虚空に走らせ、別の術を起動しつつ先程とは違った回路に接続を試みる。少々のノイズは走るものの、さして問題無く回線は繋がった。


 必要な人員へ、必要な言葉を届けるべく、男は口を開く。笑みは、張り付いたまま。


『諸君。無事、胎内蠱毒実験は成功した。母体と実験隊を速やかに回収せよ。予定通り、計画を開始する。繰り返す、計画を開始する──』


 その男の手の甲には、ドーラが夢で見たままの『あの人』と同じタトゥーが刻まれていた。


  *


 『わたし』は久し振りにママの夢を見た。


 県営住宅は狭くて、壊れたテレビもなかなか買えなくて、妹はすぐ泣くし弟の世話は大変だったけど、それでも『わたし』の一番幸せだった頃の、記憶。


 ママは忙しそうだったけれどそれでも笑っていて、わたしの作った下手くそなシチューを褒めてくれて、皆でいただきますをして、笑い合って、──。


 その光景が、ぐにゃりと歪む。


 いつしか部屋の中は血まみれに変わって、わたしの脚は片方無くて、弟の頭蓋骨と妹の腐りかけた身体が転がっていて、目の前に立ったママがそれでも笑っていた。


 ママは綺麗で、少しわたしに似ていて、目許のほくろがお揃いで、それがわたしには誇らしかった。


 そんなママの身体が──腰から下が、赤黒くぬめぬめと光って、とぐろを巻いている。粘い血にまみれた身体から生えた手や足が、ぐちゃぐちゃと音を立てながら蠢いている。


『──……』


 ママがわたしの名前を呼ぶ。わたしは笑う。ママも笑う。


 座り込んだままのわたしをママがぎゅっと抱き締めて、愛おしそうに身体を撫でた。わたしはママの身体にしがみ付き、枯れていたと思っていた涙をほろほろと零した。


 もう、ずっと一緒だよ。もう離さないよ。


 ママの囁きにわたしは頷いた。


 化け物だって構わない。戻って来たママ。わたしが産んだママ。誰にも渡さない。


 この夢が永遠に続けばいいのに……。わたしは目を閉じ、ママの冷たい身体を抱き締める。冷たい手、冷たい唇、冷たい背中。ヒトとは違う温度に、それでもわたしはキスをする。


 わたしは祈った。神なんてとっくにいなくて、何にかは分からないけど、わたしは祈った。そうせずにはいられなかった。


 血の匂いだけがシーツのようにわたし達を包んでいて、わたし達にはそれ以上何も要らなくて、ただママがいればいい、と笑った。


 幸せな気持ちだけが、壊れたレコードのように、ひたすらに流れていた──。


  *




本日の二話目です。

片脚の女が産んだものは、異形の『ママ』。そして謎の、結社の紋章を付けた男。

これから何が始まるのか、どうぞお楽しみに、なのです。


もしこの作品が面白い、もっと続きを読みたいと思って頂けたならば、★評価やブックマーク、いいね、メッセージやレビューなどで応援して頂けると、執筆の励みとなります。

また感想はID無しでも書き込めますので、お気軽にコメント頂ければと思います。


それでは次回も、乞うご期待、なのです!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ