滲む紅と、ひとしずく
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本日は二話更新しております。
この回は本日二話目となります。ご注意下さい。
それではどうぞ、お楽しみ下さい。
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悦楽に女が踊る。身をくねらせ、肌を擦り寄せ、灼けるような吐息でもっとと囁く。白い肌は桜色に染まり、しっとりと潤い吸い付くように手に馴染む。
紅の唇が誘う。あなたをちょうだい、──欲するのは、愛か快楽か。色香に満ちる女を弄び、カラハの指が動く度、女は操られ身を震わせた。引き出される官能、突き落とされる高み。涙を浮かべ果てる女に、しかしカラハは心が冷めるのを感じる。
「……お前だけ気持ち良さげによがってんじゃねェよ」
吐き捨てると、引き抜いた指を乱暴に拭い、女を横抱きに抱き上げた。夢見心地の表情に舌打ちを落とし、部屋の奥に設けられたプライベートエリアに向かう。
仮眠用のシンプルなベッドの上に女を放りだすと、カラハはまた乱暴にキスを交わす。すっかり蕩けきった舌は甘ったるく、どうしようもない苛立ちがカラハを襲う。
不機嫌なままに女を押さえ付け押し倒し、覆い被さるとカラハは独りよがりの交合を開始する。大きく引いてはまた叩き付ける波のような動きに、突き破らんばかりの容赦の無い腰使いに、女は苦悶と悦楽の入り交じった喘ぎを上げた。
女は身体を仰け反らせ手はシーツを固く握っている。震えるその指をカラハは無視して、尚も女の身体を穿ち続ける。眉根を寄せた女の苦しげな表情にカラハはようやく満足にも似た欲情を取り戻し、ただ自分が気持ち良くなる為だけに最奥を抉った。
抱き合いはしない、慈しみも無い。快楽だけが、二人を繋ぐ。
──カラハは自分がシルヴァの事をいつしか『女』としか認識していない事実に、気付いてすらいない。
「……ああ、ひぃ、んん、くるし、ああ、カラハ、っは、ああ、はげし、すぎ、んく、やめ、ああ、たすけ──」
女の懇願を聞き流しながらむしろ笑みを深く、そして絶望にも似た表情に愉悦を覚え、カラハはますますもって腰の動きを速く深く、達する為の刺激を求め女の柔肉を突き上げ続ける。
もはや上がる声は内臓を圧迫された苦しみによる嗚咽のようだ。嗜虐に火の点いたカラハは更なる刺激を欲し、荒い息を零しながら紅潮した肌に指を這わせた。
突き上げる度に大きく揺れる胸に手を伸ばし、カラハはその豊かな乳房を潰さんばかりに強く握る。女の唇から高い悲鳴が零れ、しかし獰猛な光を瞳に宿したカラハは笑みに口許を歪めて手を離すことは無い。
「ひあっ──! い、痛いっ、あ、あ、やめ、は、あ、あっ、ん、は、いあっ! ああっ」
「イイ声で鳴けるじゃねェか。喘いでるだけじゃなくて、もっと泣き声、聞かせてくれよ
カラハは女の耳許で囁きながら、その牙で耳朶を噛み、舌でなぞる。同時に強く、ガリ、と張りのある肌に思い切り爪を立てた。
「っひ、んんぐぐ、い、ひ、ああああっ──」
女の身体がビクンビクンと痙攣する。いよいよ狭くなった内を穿ち、カラハは悲鳴の余韻に興奮し息を弾ませた。
「──出すぞ」
「あああ、──っ!」
胸から滲んだ血に指先を染め白い肌を汚しながら、カラハは少しばかり身体を震わせ精を吐いた。女の内をカラハのものが満たしてゆく。
「くくッ、やっぱ最高だなアンタの身体は」
カラハが囁きキスをすると、当然でしょ、と女は掠れた声出強がりを口にした。だがそんな言葉とは裏腹に、額には汗が流れ瞳には涙が浮かんでいる。
カラハは女のそんな態度を鼻で笑うと、もう一度だけ唇を重ねる。少し甘くて濃密な血の香りが微かに漂い、カラハの嗜虐が愉悦に満たされる。
そしてはらり、女の閉じた瞳から一粒の涙が零れた。
──八つ当たりだの憂さ晴らしだのという自覚はあった。それから自棄のようにもう一度シルヴァの中で達し、彼女が気を失ったところで幾らか冷静さを取り戻した。ぐったりと眠るシルヴァを横目に、少しはマシになった頭でぼんやりと考える。
ベッドサイドのテーブルにある灰皿を引き寄せて、ポケットから取り出した煙草に火を点けた。シルヴァには悪い事しちまったなァ、と先程まで『女』としか認識していなかった彼女に心の中で謝りながら、カラハはゆっくりと煙草を吸い込んだ。
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シルヴァの視線が痛い。
「カラハ、あなたサイテーね。ほんっとにサイテー。何なのよもうホント」
「……悪りィ」
「謝るぐらいなら最初からやらないで。信じられない。やり過ぎよ。本当にサイテー」
カラハを責める苛烈な言葉にぐうの音も出ず、視線から眼を逸らして紫煙をふかす。
あれから程なくして目覚めたシルヴァは、もの凄く不機嫌だった。
当然だ。シルヴァの胸にはくっきりと指の痕が紫色に残り、まだ血の止まらない傷がじくじくと痛みを発していたのだ。睨み付ける切れ長の瞳にカラハはただただ謝意を述べた。
『治癒』の術式が込められた符でシルヴァの傷を何とか治した後、カラハはぐちゃぐちゃになったベッドと彼女自身の後片付けを手伝い、彼女の為に珈琲を淹れる。
すっかり元通りになったベッドに、おおむね元通りになったシルヴァと並んで座る。カップの中身はブラックと無糖のカフェオレで、灰皿にはカラハの黒い煙草の横に甘い香りのメンソールが燻る。
「今回の事、忘れてあげてもいいけど、貸し一つね」
「じゃア……忘れなくても別に構わねェよ」
「私に貸し作るのがそんなに嫌? 忘れないなら、次はもう無いわよ?」
「……無くてもいい」
「──ふうん、……そう。そういう事……」
シルヴァは伏し目がちに煙を吐き、カラハはぼんやりと無機質な照明を眺める。カラハにはもう、自身に彼女を抱く権利は無いように思えたし、忘れた顔をして彼女を抱く厚顔さは持ち合わせてはいなかった。
「あの娘が、ドーラがいるから?」
「それはきっと関係無ェな」
「でもカラハ、あなた少し変わったわ」
「そうかな、自分じゃ分からねェな。──長居すンのも何だし、そろそろ行くわ。邪魔して悪かったな」
カラハは灰皿で煙草を揉み消し、ゆっくりと立ち上がる。座ったままでカラハを見上げるシルヴァの瞳が酷く寂しげに見えて、何気無い振りをしながらカラハは彼女の頭をそっと撫でた。
「──……っ」
何かを言い掛けた彼女に気付かない顔で、じゃあな、とカラハは振り向かずに手を振った。彼女からの返事は無く、鍵の金属音は相変わらず耳触りで、締まるドアの軋みはやたらと重かった。
カラハは無人の廊下で薄く瞳を閉じ大きく溜息をつくと、何かを追い払うように頭を振って、当てもなく歩き始める。薄ら寒い廊下の床に、靴音だけがやけに響いた。
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さらさらと、シャワーの音が響く。
身体は元通りに綺麗にしたけれど、この気持ちを洗い流したくて、シルヴァは熱い湯を頭から被った。
カラハの心が自分には決して向いていない事は判っていた。けれどもせめて、抱かれている間だけは自分だけを視てくれるからと、大人の顔をして身体を重ねた。
いつから気付かれていたのだろう。シルヴァは流れる湯にうたれながら顔を両手で覆う。ぼろぼろと零れる涙はすぐにシャワーの滴と同化して分からなくなるから、私は泣いてなんかいない──そう自分を誤魔化せる。
「好きでも無い男に何度も抱かれる訳、無いじゃないの」
漏れた呟きはシャワーの音に紛れ、湯に溶け込んで流れ消えてゆく。
ベッドサイドにはまだカラハの残り香があるから、シルヴァはシャワーにうたれながら床に座り込む。もう少しだけ、そう声に出さずに呟いて、──ゆっくりと濡れた瞳を閉じた。
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男と女の複雑な心模様──余韻はまるで残り香。どこか擦れ違ったまま、何事も無かったみたいな顔に戻る二人。そんな話でした。
さて明日もまた二話更新です。
次回も乞うご期待、なのです。
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