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鼻歌祝詞と、訪問者


本日二話目の更新となります。

どうぞお楽しみ下さい!




  *


「♪かけまくーもっ、かしこきーぃっ、いざなーぎのおおかーみぃっ♪」


「…………おいッ!」


「♪つくしーのっ、ひむかのたちばなのっおどのー、あはぎはらにぃーっ♪」


「オイっつってんだろッ! 人の事務所来て祓詞鼻歌で歌ってんじゃねェよこのゴキゲン眼鏡ッ!」


「ええ……? だってここいつもなんか穢れた感じがするから、つい。っていうかゴキゲン眼鏡って何? それ罵倒なの?」


「ついじゃねェよこのクソ神職穢れてねェよ馬鹿野郎ッ! あとなんか機嫌いい眼鏡だからゴキゲン眼鏡だ文句あンのか!?」


「ははは、たまにカラハって変な事言うよね。いいなゴキゲン眼鏡、今度から自己紹介にでも使おうかな」


「だからそういうのやめろっつってンだろ!」


 ──ドーラは、事務所を訪れた組織の開発副部長であるアラタ・ナユタとカラハの漫才のような遣り取りに、ただただ圧倒されていた。


 心の中では会話に全く付いて行けず混乱を極めていたが、客人の前という事で必死に顔には出さず平静を装いながら珈琲を運ぶ。些か笑顔が引き攣っていたとしても、そこは大目に見て欲しい。


 神主の如き白い着物に浅葱の袴を着用したナユタは、ドーラの姿を認めるとにっこりと微笑んだ。小柄で華奢な体躯に柔らかな物腰、中性的な整った顔はどこか少年めいて、銀縁の眼鏡が知的さを添えていた。白い肌に灰色掛かった髪と瞳といい、カラハとはまるで全てが正反対だ。


「あっドーラちゃん悪いね。元気だったかな? 大丈夫、無事にやってる? 報告書読ませて貰ったよ、大変だったね初仕事。緊張した? あっ珈琲頂くねありがとう」


 溢れ出るくだけた言葉の羅列に心がなかなか追い付かず、ドーラはお盆を抱えたまま硬直してしまう。


 ──開発副部長さんってこんな人だっただろうか、とドーラは頭を悩ませる。『組織』の西支局本部内で何度か会った事はあるものの、今目の前でにこにこと喋る人物と同一かどうか大変疑わしい。もしかして、オンオフの切り替えが激しい人なのだろうか、などとぐるぐる巡る思考が落ち着かない。


 そんな内心を知ってか知らずか、カラハはブラックのまま珈琲を啜りながらナユタを睨む。


「おい俺の許可無くドーラに話し掛けンなナユタ、ドーラは俺の助手だ俺のモンだ、組織になんて返さねェからな」


 カラハの凍てつく視線に動じる事も無く、ナユタはのんびりと珈琲に砂糖を三本とミルクを二個入れながら、さらり事も無げに返した。


「カラハ、だからドーラちゃんは組織からの出向なんだって、何度言ったら分かるの。……ふぅん、それにしても余程気に入ったのかな? ドーラちゃんのこと」


 まあな、と漏らすカラハの手振りでドーラもソファに腰を下ろし、自分用の珈琲に砂糖とミルクを一つずつ流し込んだ。濃い色に流れる優しい白が、渦を描きゆっくりと混じり合ってゆく。


「こいつは優秀だよ。助手としても異能の力も申し分無い、ありがてェこったが……俺なんかの所で使わせて貰ってても本当にいいのか? 希少なんだろ、『癒やしの血』って奴はよ」


 手放しで褒めるカラハの台詞が少しくすぐったくて、ドーラは密かに肩を竦めた。悪い気はしないものの、目の前で持ち上げられると流石に恥ずかしさで逃げ出したくなる。


「逆なんだよ、カラハ。彼女の能力は完全なサポート型で、しかも支援タイプですら無いだろう? 西支局には今、丁度彼女と組めるような人材が居ないんだ。かと言って、既にチームを組んでいる所に組み込むのは勿体無い。そんな判断だったんだよ」


「そうか。なら遠慮無く」


「カラハみたいな、独りである程度何でもこなせる人材は貴重だからね。……何なら、君が組織に戻って来てくれれば」


「──断る。もう人間関係でゴタゴタすンのは二度とゴメンだ」


「……だよね」


 珈琲の香る空間に二人の言葉がぽろぽろと落ちる。それらは言葉尻は鋭く見えるものの、予定調和のようにお互いを傷付ける意図は無い、そんな穏やかなものに思えた。


 だからだろうか、自然と疑問がドーラの口からほろり零れる。


「……あの、ナユタさんはその、所長と」


 が、全部言い終わる前に二人の言葉が被さった。


「ああ、カラハと僕は大学で一緒だったんだよね」


「コイツと俺はバディ組んでたんだ。でも俺が嫌だっつってんのに、コイツ卒業後そのまま俺も組織に引き摺り込もうとしやがったんだよ」


「人聞きの悪い言い方しないでくれる? それにカラハがめっちゃ嫌がるから、院に行くって事で二年間を譲歩したじゃないか」


「事実だろ。俺ァもっと気楽に生きたかったのに、人の人生メチャメチャにしやがって」


「えぇ、むしろ僕に感謝して欲しいぐらいだよ。カラハ普通に生活してたら、自堕落に生きていずれ女に刺されて死んでたでしょ多分。──ドーラちゃん気を付けなよ、カラハ本当に女癖悪いから」


「あっテメエ何ドーラに要らねェ事吹き込んでんだ!?」


「でも事実だろ? 包丁持った先輩に追い掛けられて男子寮に逃げ込んで来た君を匿ったの、僕なんだからね」


「うわやめろッ、黒歴史ほじくり返すんじゃねェよ!」


 ドーラはもはや次々飛び出す衝撃の事実に、驚きを通り越し固まるしか出来ない。──え、同じ大学? というか所長が大学に? というか同じって事は神主さん? え、え? 本当に包丁持って追い掛けられる人っているんだ!? ……余りの情報量の多さに、ドーラの頭はオーバーヒート寸前だ。


 疑問符が盛大に湧いて頭上を飛び交うドーラの様子に、ナユタは堪えきれず笑いを漏らし、カラハは呆れたように溜息を漏らした。


「……あんまりうちの助手をフリーズさせんでくれ」


「ごめんごめん、つい」


「それはそうと。茶飲みに来た訳じゃねェんだろ? そろそろ本題を聞かせて貰おうか」


「ああ、そうだったね」


 カラハの台詞に、ナユタは咳払いを一つ零すと居住まいを正した。心なしか空気がしんと張る。


 ナユタは友人の顔から組織の開発副部長にきりりと表情を変えると、自分の隣に置いてあった風呂敷包みをテーブルに慎重に乗せた。


「──今日はこれを届に、ね」


 そしてナユタは、挑戦的な笑みを眼鏡の奥に滲ませたのだった。


  *




本日二話目、二章第二話の更新です。

幕間のドーラの夢の中でもちらっと出てましたが、重要なキャラであるナユタ君、本格的に登場です。

ちなみにカラハが女に包丁持って追い掛けられるエピソードは、『咲け神風のアインヘリア』第一章をご参照下さい。


明日も二話更新の予定です。

それでは次回も乞うご期待、なのです。



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