蠢く闇と、這い寄る影
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薄闇の中、ベッドの上で絡み合う影が蠢く。
影の正体は行為に勤しむ裸の男女だった。男は冴えない中年で、ギラギラと目を肉欲に血走らせながら単調な動きを繰り返している。一方は女。男にのし掛かられ、黒く長い髪を振り乱し嬌声を上げている。
──が、何処か妙だった。
女の体制が奇怪しいのだ。またがった男の下には女の足が真っ直ぐに伸び、女は身体を横向きにして男を受け入れている。ところが、もう一本の足が見当たらないのだ。
それもその筈。女には、片足が無かった。
女の右足は、太腿の付け根、数センチの部分で途切れていた。綺麗に一刀両断されたのでも、手厚く治療されたのでもなく、ましてや先天的に失われていた訳でも無い。
惨たらしく引き千切られたような皮膚の引き攣れや乱暴に灼かれた肉の焦げ目、汚い処理の傷跡などが生々しく残っている、そんな足だ。
片足が無い為にどんな方向にも股を大きく開く事が可能で、変わった体位を容易に試す事が出来る。男は女の身体に夢中で腰を打ち付けている。
女の身体はよく見ると、他にも様々な傷跡が残されていた。二の腕の継いだような手術痕、乳房に散る穴のような灼け焦げ、首に真一文字に残る筋、腹に広がる歪んだ縫い目……。
しかしそれらを差し引いてなお、女にはただならぬ魅力があった。
泣きぼくろを添えた涼やかな瞳、ぽってりと艶めかしい唇、もっちりとした白い肌、張りのある大きな胸、むちむちとした臀部、しっとりと艶を帯びた長い黒髪……。それら全てが極上の色香を纏って男を惑わすのだ。更に淫らな声と上等の技術、積極的な態度が加われば、少しぐらいの瑕疵など気にしては損という者も多いだろう。
女は男の動きに合わせ熱い息遣いを零し、とろけるような淫靡な顔で笑う。ギシギシと鳴る安ホテルのベッドの軋みに、終わりが近い男の息切れが重なる。
「ねえ、わたしの中に、全部、全部、熱いのを、ああ──」
女のふしだらな懇願にいよいよ男は腰の動きを激しく、女の千切れた片足の断面を両手で抱え込みながら、最期に向かって全力で腰を振った。肉のぶつかる音は最高潮に、泡立った蜜は汗と交わり飛び散ってシーツを湿らせていた。
そしてついに男は女の最奥に深く深く突き立て、激しく背中を痙攣させた。と同時に、女もまた、背中を反らし歓喜の声を漏らす。
突き当たりに濃く粘度の高い白濁が吐き出されるのを感じながら、女は突き抜ける悦楽のままに痙攣し、胎を強くひくつかせ、そして小水を漏らした。男は大量に吐き出した余韻と最後まで絞るような女の動きに浸り、下半身が如何に汚れようと構う素振りは無かった。
そして男は崩れるように倒れ込んだ。身体につられて萎え始めた自身がずるりと股奥から引き抜かれる。どろりとした白濁と濃い蜜液にまみれたそれは、男の息遣いの荒さが静まってゆくと同時に堅さを失っていく。
男の瞳には既に欲情の光は無く、茫洋とした意識の濁りが見て取れた。
その様子に満足した表情を浮かべた女は、未だ股から流れ出るドロドロとした液体も気にせず、器用に片脚で身体を起こした。
「なかなか良かったわ、おじさま。濃いのありがとうね」
そう言って艶然と微笑むと、ベッド脇に投げ捨ててあった服を着込み、コートを羽織る。手櫛で長い髪を簡単に整えると、壁に立て掛けてあった杖を手に取り、ハンドルを握る。
「じゃあわたし、行くから。──さよなら」
そうして女は男の返事も待たず、杖とヒールの音を響かせて歩き金属製の重いドアを開ける。淀んだ夜の空気は生ぬるく、それでも女の淫靡な行為の残り香を幾ばくかは洗い流してくれる。
女は扉を閉める直前、もう一度だけ振り返った。
ベッドの上で未だ余韻と心地良い疲労感に浸る男の足元に、黒い影が這い寄っていく。それは実態を持たず、しかしまるでそこに見えない身体が存在しているかのように、はっきりと影だけが落ちていた。
影だけのそれが男の傍に到達したのを見届けて、女はオートロックの扉を閉じた。
美しくも何処か恐ろしさを感じさせる女の冷たい笑みが、月の無い夜の闇に溶けていった──。
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本日はこの話と次話、合わせて二話の更新となります。
二話目は夜に更新します。どうぞ宜しくお願いします。
次回も乞うご期待、なのです。
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