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申し子、この国の民となる


 道から少し外れた、見晴らしがいい丘の上。眼下には春の始めの海が広がっている。

 馬車を停めたレオさんは、膝に乗せたシュカを撫でながら話し始めた。


「俺は――――光の申し子という存在について、いろいろと考えていた。違う世界で暮らすというのはどんな感じなのだろうかと想像してみたのだが、違う自分になるような気がしたんだ」


「違う、自分……」


「常識も価値観も違う場所で生きる、しかもその世界の者のように生きるなら、今までの自分のままではいられないのではないかと思った。ユウリは……そういうことはないのだろうか」


「そう、ですね……。貴族のかたや生活に触れると、違う世界なんだと感じます。その中で生きるなら、それに合わせないとって思いますけど……」


 それが、違う自分になるということだというのなら、レオさんの言う通りなのかもしれない。

 無理をしているとは思わないけど、努力は必要だと思っている。郷に入っては郷に従えというし。


「がんばらないとって思いますけど、いやではないですよ……?」


 レオさんは少しだけ困ったように眉を下げて笑った。


「ああ。そうだな。ユウリは努力家だからな。この国に合わせてくれようとしてくれている気持ちもうれしい。だが、もっと肩の力を抜いていいんだ。本来であれば、神が遣わしてくださった尊い存在なのだからな。こちらの世界が合わせるくらいでいい」


「と、尊い存在ですか?! そんなことないと思うんですけど……」


「ユウリは本人だからそう思うのかもしれないが、この世界から見れば奇跡のような存在だぞ――――その光の申し子たちがなぜこちらに馴染む努力をしなければならないのかというと、そのことを隠さなければならないからだよな。知られてもいいのなら、その努力は必要ない――とは言わないが、ゆっくり慣れていけばいいんだ」


「…………」


「光の申し子がこの世界の貴族のふるまいを知らないのは当然だろう? ユウリが光の申し子だとわかっていれば、誰もそんなことを咎めたりしない。そして、その貴重な力を悪用などさせないよう、俺がそばにいる」


 だから、申し子だと知られることを恐れなくていい。そんな思いが伝わってくる。知らせてしまえば、侯爵夫人になったとしても肩ひじを張らなくていいのだと。

 それを無理に通すわけではなく、レオさんはあたしに選択を委ねてくれているのだ。

 あたしが申し子だとわかって態度を変える人がいるかもしれないのは、正直ほんの少しだけ怖い。

 利用しようとする人だけでなく、遠い存在だとよそよそしくなる人がでてくるかもしれない。

 それでも――――――――。


「あたしが違う世界から来たことを、レオさんが知っているというだけで、ずいぶん救われているんですよ。ミライヤに祖国の調合について聞かれた時も困りましたし、周りの人たちに隠しているのが心苦しい時もありました。だから、もし他に申し子がいたとして、いつも素性を隠しているならつらいんじゃないかなって。そんな人たちがここで楽になれたらいいと思うんです。――――レオさんが、申し子の存在を明かそうって言ってくれて、申し子たちが安心して暮らせる場所にしたいと言ってくれて、本当にうれしいんです」


 晴れ晴れした気持ちで笑うと、レオさんは一瞬表情を歪ませてから笑った。泣きそうな顔に見えたけれども、違ったかもしれない。

 膝の上のシュカは丸まって寝ているように見えるけれども、多分寝ているフリね。うちの神獣は空気をちゃんと読むのよ。


「ありがとうございます。レオさん。――――国で一番の護衛の元に落ちてよかった」


「――――こちらこそ。俺のところに来てくれてありがとう」


 掬われた指先に唇が落とされた。

 真摯な声と表情が、まるで誓いのようだと思った。

 だからあたしも心の中で、誓う。




 ――――病める時も健やかなる時も、楽しい時もつらい時も、あなたといっしょに歩んでいきます――――。





 ◇





 一週間後、デライト領の神殿であたしとレオさんの挙式が行われた。

 緊張したレオさんが恐ろしい顔になり、神官さんたちをを震え上がらせたのはご愛敬。わかっている人たちは生温い目で見守っていてくれたわね……。


 お祝いにとミューゼリアさんがピアノの演奏をしてくれて、新しいピアノのお披露目の場ともなった。

 結局ピアノまで買ってしまったという。婚礼のためだけじゃないとはいえ、この短い間に大変な金額が動いたんじゃないかな。

 素晴らしい音楽と領民たちの笑顔あふれる挙式とパレードになったから、無駄では全然なかったと思うけれども!




 そしてその次の日は、ゴディアーニ辺境伯家でのお披露目の夜会で、近隣の領の方たちに挨拶をした。領主様たちとそのご家族たちが招待客だ。初の貴族の夜会デビュー。

 ペリウッド様とエヴァもいっしょだったから、やっぱり心強かった。

 辺境伯であるお義父様が、他の国の者だから温かい目で見守ってやってほしいと言ったこともあって、みなさん優しかった。

 ヴィオレッタも、まぁ、優しかったと思う……。裏切者と言われたけど、笑っていたしね。




 そして今、萌花宴(ほうかえん)が開会されたところである。

 お披露目が終わっても気が抜けなかったのは、この夜会があるからだった。王家が主催する年に二回の大きな舞踏会で、ここで国王陛下にご挨拶をしてやっと一連の婚礼が終わる感じなのだ。

 そのあと春の叙爵式があるけれども、これはレオさんといっしょに行って晩餐会に出るだけだからそんなに心配はないんだけど。


 あたしは何度目かの深呼吸をした。

 陛下にご挨拶をするための列は思いのほかするすると進んだ。高位貴族から順番なので、現在子爵であるレオさんは後の方なわけよ。


「――――そんなに緊張しなくていいぞ」


「でも、緊張しちゃうんですけど…………」


 こちらにも参加しているヴィオレッタが、あたしの方を見て笑っている。扇子で隠しているけど、絶対におもしろがっている。

 首元で真っ白な襟巻き風のシュカがふぁさっとしっぽを振った。


『クークー(マクしゃんとロクしゃんいるの)』


 マクディ隊長はともかく、ロクしゃんってロックデール団長のことなの? ちょっとその呼び方は自由すぎない?


 見れば、マクディ隊長は笑いたそうに口元をひくひくさせながら、警備の位置についている。

 ロックデール団長は――――同じ列のゲストの方にいた。にっと笑って手を挙げている。

 普段わりとワイルドだけど夜会服もかっこいいですね! ヴィオレッタが挙動不審になるのもわかる気がする。


 緊張していようが容赦なく順番は来る。

 レオさんが臣下の礼をし、あたしも練習した通りに淑女の礼をした。

 あとはお声がけを待ってと思っていると、国王陛下夫妻が席から立ってすぐ前までいらっしゃったのですけど…………?


 国中の貴族がいるその場で、高貴なお二方が同じ礼を返した。


「光の申し子様。ようこそお越しくださいました。我が国にいらしてくださったことに感謝申し上げます」


 場は、怖いくらいにしんと静まった。

 たしかにこの場で申し子だと発表するってレオさんに言われていたけど、こんなやり方だと思わなかったわ――――――――?!

 頭が真っ白になって固まった。


「――――陛下、我が妻である光の申し子ユウリは、一国民として接していただくことを希望しております。どうか頭をおあげください」


 そんな中、ちゃんと対応できる我がお、夫…………慣れない! 慣れないわー!! でもレオさんはすごい! こんな想定外のことでも堂々と受け答えするのだもの!


「は、はい。その通りでございます。神様がこちらへ渡してくださったとはいえ、わたくし自身はただの人です。この世界のことは何もわからない身ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 あたしがなんとかそう言うと、国王陛下も王妃陛下も優しく微笑んでくださった。


「そうか、あいわかった。こちらこそよろしく頼む。――――皆の者よ。我が国にまた新たな光の申し子がいらっしゃった。他にも何人かご降臨くださっていると報告もある。遠き国からいらしてくださったこの世界に慣れない光の申し子を、くれぐれも温かく迎えてやってほしい」


 王妃陛下が会場の方へ向くようにと手を取って促してくれる。

 あたしとレオさんはうしろを振り向き、会場から見えるように立った。

 するとどこからともなく拍手が起こり、そのうち会場全体が大きな拍手に包まれた。


 笑顔で差し出された大きな手に、手を自然と重ねて。

 あたしは光の申し子として、この国へ迎え入れられたのだった。






 ――――そして、この年。

 ゴディアーニ辺境伯の息子それぞれに子が生まれ、夫人待望の女の子の孫が三人もできてうれしい悲鳴をあげることになるのだが、それはまた別のお話。






 完







長々とおつきあいいただき、ありがとうございました!!

二月中に番外編を一本upする予定です! よかったらそれまでおつきあいくださいませ。

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