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「あり得ぬ……あり得ぬ! この俺が、ここまで一方的に……!」
俺は男の左肩から大きく斬りつけるも、男は寸前に少し俺から距離をとったため、致命傷には至らなかった。
だが、それでも男の左肩から右の脇腹にかけて、大きな傷ができ、男は苦悶の表情を浮かべながらもそこを手で押さえる。
「ふむ……思いのほかやるようだ。先ほどの一撃で戦闘不能にまで追い込むつもりだったのだがな。これは俺の見込みが甘かった」
「貴様……どこまでも上から目線で……!」
「それは仕方なかろう。言葉通り、俺が上なのでな」
男が咄嗟に俺の攻撃から距離をとったのが偶然や本能による回避だったとしても、避けられた事実には変わらない。つまり、相手は俺の予想より実力はあるようだ。
ただ……。
「そんなことはどうでもいい。俺はお前に聞かなければならないことがいくつもある。まず、そのナイフをどこで手に入れた?」
俺の一番の懸案事項である、男の持つナイフ。
そこから発せられる気配は、確かに『彼女』の物に限りなく近いのだ。
もちろん近いだけであり、別物ではあるのだが、気配の強さなどを考慮すると、男の持つナイフを創り出した存在は、『彼女』と同等ということになる。
俺の問いに対して、男は顔を歪めながらも、俺をあざ笑った。
「は、はは! それを俺が知っていたとして、教えると思うか!?」
「いいや、思わんな。だから――――無理やりにでも吐いてもらうぞ」
「くっ!?」
俺は再び一瞬にして男の懐に飛び込むと、今度は先ほど斬りつけた方と逆から斬りかかった。
だが、男は最初の時以上に俺を警戒しており、ギリギリのところで俺の攻撃をかわす。
「ふぅ……また仕留められなかったか。手加減が難しいというか、何というか……」
相手は特殊なナイフを持っているとはいえ、生身の人間であることは間違いない。
だからこそ、俺が天使どもと同じように戦ってしまえば、一瞬で殺してしまうので手加減しているのだが……地味に相手を殺さずに制圧するというのが難しい。
学び舎での訓練は寸止めで済むが、こっちは実戦だからな。
それに、一番まずいのは――――。
『ぐぅぅぅぅううううう』
俺の腹だ。
もう空腹で倒れそうなのだが、そういうわけにもいかない。
それに、俺は今男と戦っているが、男が呼び寄せた銀色の人型の魔物であるスラッシュ・ドールと戦っているミリアたちの加勢にもいかなければならない。
だが、空腹で頭もうまく回らず、力も思うように出ないのだ。
敵を前にしているというのに、空腹で思わずぼーっとしていると、男は俺を忌々し気に睨みつける。
「クソっ……こんな存在がいるなど、聞いていない! せいぜい雑魚の討滅者が来る程度じゃないのか!?」
そう悪態をつくと、やがて何かを思いついたのか、突然ミリアたちが戦っているスラッシュ・ドールに向かって叫ぶ。
「来い、スラッシュ・ドール! そいつらは放っておいて、コイツの相手をしろ!」
「む?」
「オオオオ!」
「きゃあっ!」
「うおっ!?」
「二人とも!?」
男に呼び寄せられたスラッシュ・ドールは、今戦っているミリアとエドガーの攻撃を受け止めると、軽々とリオンの下に弾き飛ばし、そのまま俺めがけて走ってきた。
その速度はB級というだけあり、このE級の迷宮で戦った魔物に比べ、圧倒的に速い。
――――まあ誤差の範囲だが。
「ふん」
俺は無造作に【折れぬ剣】を振るうと、スラッシュ・ドールはその攻撃に反応できず、そのまま頭から股下まで、一息に切り裂かれた。
「オ、オォ、オォォ……」
そして、スラッシュ・ドールは小さく呻くと、そのまま光の粒子となって消えた。
ちなみに、スラッシュ・ドールは明らかにこの迷宮の魔物ではないが、迷宮内にいる間は、例え迷宮外の魔物であったとしても、迷宮の魔物と同じように消えていく。
ただ、その際に【真理武装】を落とす確率は他の迷宮産の魔物に比べて低い。それは、迷宮内で生み出された魔物は迷宮に適した存在として生み出されるからだ。だからこそ、外の魔物であろうスラッシュ・ドールは何も落とさなかった。外界の魔物でも、長く迷宮にいれば、同じように【真理武装】を落とすようになるのだがな。
それはともかく……。
「あんなモノでどうするつもりだったのだ? あれで逃げるための時間稼ぎでもする気だったのか?」
俺は【折れぬ剣】を肩に担ぎながら呆れて男にそう訊くが、男はニヤリと笑みを浮かべた。
「いや? 俺の目的は終わった」
「ん?」
その瞬間、突然迷宮全体が震え始め、頭上からは小石がパラパラ降ってきた。
「ちょ、ちょっと! 何が起きてるのよ!?」
「い、いや、討滅者のミリアが知らないことを、見習いですらない俺っちらが知るわけないし……!」
「す、すごい揺れてるね!?」
「そんなのんきな反応してる場合じゃないでしょ!?」
スラッシュ・ドールから解放されたミリアたちが慌てた様子でそう叫ぶ。
……やられたな。
俺は額に手を当て、思わず顔を仰いだ。
「……そういえば、貴様の目的は最初からそれだったな……」
「はは、気付いたところでもう遅い――――たった今、この迷宮は死んだのだ!」
そう、男は魔法陣の下に移動しており、その手にしたナイフを魔法陣に突き立てていたのだ。
結果、今俺たちのいる迷宮は……殺された。
「いかんな……ここまで空腹の影響が出るとは思わなかったぞ……」
やはり、あの天使との戦いで……否。二万年前の戦争から、完全に復調していないのだ。
今もどんどん腹が減る一方で、正直立っているのも辛い。
すると、そんな俺を男は哄笑した。
「ハハハハハ! バカが! 優先順位を見誤ったなぁ!? 俺はこの迷宮さえ殺せれば用はない!」
そういうと、男の足元に新たな魔法陣が出現し――――。
「貴様の顔は覚えたぞ……! 次に会うときは、貴様の首を斬り飛ばしてやる。まあ、無事にここから出ることができればなぁ!」
「ぬっ」
男はその魔法陣に吸い込まれるようにして消えてしまった。
はぁ……逃がしてしまうとは、俺も歳だな……。
自分の衰え具合に嫌気がさしていると、ミリアたちが駆け寄ってくる。
「ちょ、ちょっと! これ、どうなってんのよ!?」
「……業腹だが、ヤツの目的を阻止することができなかった」
「え? それって……」
「……この迷宮は死んだ。この現象も、迷宮が死んだことにより、埋められようとしているのだろう」
「「「はああああ!?」」」
俺の発言に、ミリアたちはこれでもかと言うほど目を見開いた。
「なら早く脱出しないと! てか、どうしてゼフィウスはそんなに落ち着いてるんだよ!?」
「いや、ゼフィウスの態度も意味わからないけど、とにかくここから出ることが先でしょ! このボス部屋の先に転移装置があるから、それを使えば一瞬で外に出られるわ!」
「残念だが、その装置はもう使えんぞ」
「え?」
呆然とするミリアたちに対し、申し訳なく思いながらもハッキリと告げた。
「言ったであろう。この迷宮は死んだと。つまり、迷宮の一部である転移装置も機能停止している。出るには、元来た道をたどるしかないな」
「いやいやいや! どう考えたって間に合わなくね!? 今も天井崩れてきそうなのに!?」
「……本当に、何でゼフィウスがそこまで冷静なのかボクにも分からないんだけど……」
「年季の差だな」
「同い年だろ!?」
おっと、そういう設定だったな。いかん、空腹で何も考えられん。
俺は大きな溜息を一つ吐く。
「まあなんだっていい。早くここを出て、食事にありつきたい」
「いや、アンタの心配どころおかしくない!? そもそも出られルワケ!?」
「俺が責任もって連れ出してやる。だから――――」
そこまで言いかけた瞬間、俺の腹が盛大に鳴った。
『ぐぅぅぅぅぅぅぅうううううう』
「――――安心しろ」
「安心できないんですけど!?」
解せぬ。




