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【1-7】前線都市ファルエル 折れ牙通り / 『黒の群れ』襲撃

 前線都市ファルエル。それは人類の生存圏を『黒の群れ』から守るための砦。

 ドラゴンのしもべである魔物たちや、『黒の群れ』のドラゴン自身から幾度も攻撃を受け、少なくない犠牲を払いながらも身を挺して侵攻を止めてきた場所。


 襲撃を告げる鐘に、街の人々は全ての日常を中断した。

 商店は次々と牢屋の鉄格子みたいなシャッターを下ろし始め、街の人々は一方向へ流れ始める。


「隠れてて! 避難誘導があるから!」

「マリアベルさんは!?」

「言ったでしょ、防衛兵団に協力してるって。私はお仕事の時間」


 シャラを着せ替え人形にして遊んでいた魔女は、今や戦士の顔をしていた。


 己もドラゴンでありながら戦いを誰かに任せて隠れるというのは情けないが……シャラでは群れの同族どころか、彼らの使役するモンスターにも勝てるか怪しい。竜気を喰らって力を付けたモンスターはドラゴンに及ばないまでも格が違う強さだ。

 この街の防衛設備と、プロフェッショナルたちに任せる方がいい。はずだ。


「気をつけてください!」

「ありがと、慣れてるから大丈夫よ!」


 マリアベルは手を振って、人波に逆らって街壁の方へ駆けて行く。

 後にはシャラ一人残された。


 ぐるりと壁に囲われた街の上空には、光のドームのようなものが見える。

 一応シャラは群れの一員として、人がどういう手段で身を守っているかは多少知っていた。

 あれは魔法を防ぐ結界だ。

 魔法攻撃やドラゴンブレス、転移魔法による侵入なども防ぐ対魔法ジャミング領域。

 あれが展開されたという事は、街が完全に戦闘態勢になったということだった。


「って言ってもどこへ逃げればい…………」


 その時シャラの前方の景色が、歪んだ。


 組み木細工が高速で組み変わるかのように。

 モザイクの特殊効果で画面が切り替わるかのように。


 通りのド真ん中に突如。

 大ぶりな黒いローブを全身に被せるように身につけた、ヒトのカタチをした一団が現れた。


「……嘘だろ」


 おおよろ十人。違う、十()

 シャラはその全員に見覚えがあった。


 先頭に立っている老人は、歳に似合わぬ黒々とした髪と、艶めかしいほどに黒く長い髭を持っていた。ガタイが良く、異様な覇気を持っている。

 彼はシャラを見て、ニタリと笑った。


「おや? どこかで見たような顔がおるのう?」

「見間違いにございましょう、族長。こんな……」


 隣にいた長身の男が軽く手を振る。


 その瞬間、シャラは見えない力に投げ飛ばされて通り脇の商店に叩き付けられた。

 石を積み、何か魔法的手段で固めたらしい堅牢な壁をぶち抜いてシャラは穴を開けた。

 灰の中の空気が全部吐き出されたようだった。全身がバラバラになったように痛い。


「が! っは…………」

「弱々しい人間もどきの小娘など、族長様とお知り合いの筈もございません」


 聞き覚えのある声だった。


 超常の存在が暴威を振るっているが、通りは閑散として既にそれを見咎める者は無い。

 既に住人たちは姿を消していた。


「じゃが奇妙よな。この者が我らと同じ血を宿しておったからこそ、儂はそれをよすがに転移術を行使できた」


 嬲るような、嗜虐的な目をして老人はせせら笑った。

 説明的な台詞を聞いて、シャラはようやく状況を理解した。心臓が縮んだかと思った。


 ――俺を!? 俺を使って、転移魔法で侵入したってのか!?


 本来なら入れないはずの街の中に、シャラの存在をバックドアとして。


『聞こえるか、シャラ!?』


 シャラの頭の中にラウルの声が響いた。魔法によるテレパシーだ。

 ローブ姿の一団の中にラウルも混じっている。何食わぬ顔で立っていたが、頭に響いた声には切迫感が滲んでいた。


『おいクソ兄貴!』

『済まん、ガイレイがこんなことできるなんて知らなかったんだよ!』


 まさか最初からそのつもりでシャラをこの街に送り込んだのか、と思ったがラウルは無実を自己申告した。

 ラウルの言うのが本当なら、これはラウルすら知らなかったガイレイの奥の手ということだろうか。

 シャラも当然、ワケが分からない。


 困惑と共に、結果的に爆弾の導火線に火を付けてしまったという自責の念と、未来が閉ざされていく絶望が、シャラの心を黒く浸していく。


『どうすりゃ良いんだ!』

『どうもこうも……』


 今更追い出せるわけがない。

 イーリアスの街にトロイの木馬で侵入したギリシャ軍のように、長年苦しめられたファルエルの内部に易々と侵入できたのだから、この絶好の機会を彼らが逃すはずは無い。


「さて、諸君。始めるとしようか。

 壁の外の陽動も、一頭では長くもたぬぞ。手早くな」


 老人が……ガイレイが合図をすると、灼熱の風が吹き荒れた。


 巨木のような足と破城鎚のような爪に石畳が割り砕かれ、地響きが迸る。

 空を覆うほどの漆黒の巨影が、合わせて十。シャラの眼前に現れた。


「行け」


 十の巨影が羽ばたいて、そして舞い上がった。


 鐘が狂ったように打ち鳴らされ、どこか……きっと防衛兵団の者から、絶望的な悲鳴が上がる。

 強大な『黒の群れ』を相手に薄氷を踏むような勝利を収め続け、人類の生存権を守り続けたファルエルの街……

 その終焉を誰もが予感したのだろう。


 太陽が降って来たかのように、空が眩く明滅した。

 次いで、熱。頭の芯を揺らすような魔力の波動。そして、破壊、破壊、地響き。

 飛び立った十頭のドラゴンが、街中にブレスを乱射したのだ。


 スカートの裾がはためいて帽子が吹っ飛んだ。綿埃のように飛ばされそうになったシャラは、必死で踏ん張って踏みとどまる。

 しかし、それ以上のことは何もできない。


『あいつら追い返せ、馬鹿兄貴!』


 半ば八つ当たりのテレパシーをシャラはラウルに叩き付ける。


『いや、待て! 今なら逃げられるぞ、シャラ。みんなお前なんかに関わってる場合じゃないからな』

『そういう問題じゃねーっ!』


 シャラはほぞをかむ。

 ラウルは確かにシャラに対して優しかったが、人族に対してはそうではない。

 この街が灰になってしまう悲劇などシャラは御免だが、それはラウルにとってどうでもいいことなのだ。


『だいたいこの街ぶっ壊されたら俺にどこへ行けってんだよ!?』

『どこってそりゃ…………シャラ、伏せろっ!!』

「あ!?」


 その時、一際明るく空が輝いた。


 ガイレイの降らせる無差別ブレスの一発が、ちょうどシャラの立っていた辺りを吹き飛ばした。

 上下左右も分からなくなるほどの衝撃に揉みくちゃにされたシャラは、何かにぶつかる。


 シャラのすぐ近くにあった建物がブレス一発で半壊していた。堅牢に作られたはずのそれは、ライオンに貪られてあばら骨を晒した草食獣の死骸のように無惨な姿となっていた。

 吹き飛ばされて瓦礫の中に突っ込んだシャラは、割れた石を持ち上げてどうにか這い出す。


「いっっっっってぇーっ……

 伏せてもどうにもなんねーだろ、こんなの……!」


 シャラの服はボロボロに焼け焦げ、その下の皮膚も火傷を負っていた。

 いかに本性がドラゴンであろうと、同じドラゴンのブレスを喰らったらひとたまりも無い。鱗で身を守れないシャラは尚更だ。

 直撃していたらさすがに死んでいたかも知れない。


「う…………」


 シャラのすぐ近くでうめく声がした。

 鮮血のニオイ。生き物の気配。


 瓦礫に半ば埋もれるように、白衣を血に染めた若い女が倒れていた。


「あなたは、えっと……トリシアさん!」

「シャラちゃん……?」


 額を切ったのか、流れる血で真っ赤に染まった顔をトリシアはシャラの方に向けた。

 眼鏡はどこかへ吹っ飛んでいた。


 辺りには、彼女の鞄の中身がぶちまけられていた。

 透き通るような赤や青に輝く液体を収めた、小さな筒がいくつも。

 魔物の肉体素材から精製した魔力を、運搬・使用に便利な形に加工した『人工触媒』の一種だ。

 人族の術師はこういったものを持ち歩き、魔法の()()にしている。


 スチームパンクな試験管みたいな人工触媒の山。

 へっぽこドラゴンのシャラがその身に蓄える魔力の数倍、ひょっとしたら数十倍だろう。


「大丈夫ですか、今、治療します!」


 シャラは散らばる人工触媒を鷲づかみにして、重傷を負ったトリシアの前に跪いた。


「シャラちゃん、魔法使えるの?」

「はい! これだけ触媒があれば、俺だって……!」

「待って、使わないで!」


 必死で魔法を使おうとするシャラを、トリシアも必死で止める。

 命を焼き尽くすような勢いで声を上げて。


「これ、先生が……怪我人の治療のため使う触媒なの。街を守るために……必要なの。

 お願い、私の代わりに……持って行って……

 もう私……動けそうにないから……」

「そんな……でも……」


 つまりこの触媒は戦闘要員の回復のために使われるものなのだろう。

 それを彼女は、師事する先生のところへ持って行く途中で攻撃に巻き込まれた。


 死を決意した者の悲壮な覚悟をシャラは感じた。

 素人目にもトリシアは、いつ命が尽きるか分からないような重傷だ。

 だが彼女はその苦しみと恐怖に耐え、自分以外の誰かの命を助け、街を助けるようシャラに願った。


 そんなトリシアを放っておけるほどシャラは薄情ではない。


「じっとしててください。……≪治癒ヒーリング≫」

「回復魔法!?」

「触媒は使ってません。俺も……マリアベルさんと同じ、『魔力持ち』なんです」


 シャラの掌から温かな光が照射される。

 怪我を治す魔法だ。


 ――この怪我を全部治すのは俺の魔力だときついか……でも応急処置だけでもしておけば、戦いが終わった後に治療を……


 戦いが。

 終わった。

 後。


 そんなものがあるのか?

 街が灰燼と帰し、生きとし生ける全てが焼き払われた終焉以外に、戦いの終わりがあるのか?

 わからない。分からなくても、僅かな希望に賭けるしかなかった。


 だが、冷たい現実は、シャラの僅かな希望さえ容易く踏み躙る。

 巨大な気配が。心臓の弱い者ならそれだけでショック死しかねないほどの、圧倒的な重圧が。

 シャラの背中に焼き付き、そして、膨れあがる。


 来る。


「トリシアさん、お願いです。気配を殺してしばらく死んだフリをしていてください!」

「え……?」


 無茶振りと知りつつそう言って、シャラはトリシアに背を向けた。

 その直後。

 通りの反対の商店を一つ踏み潰し、漆黒の巨影がシャラの前に降って来た。

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