【1-43】前線都市ファルエル 風の広場 / ファルエルの守護竜
ファルエルの街はお祭り状態になっていた。
夜明け頃から街中が仕事を放り出して乱痴気騒ぎを始め、それは夜が来てもまだ続いていた。
「流石に二度目の大宴会は無いのか」
「まあ宴会はこないだやったばっかりやし、ガイレイを倒した思て浮かれてたらこないだの襲撃やったからな。せやけど、それはそれとして皆勝手に騒いでるんや」
街が戦勝記念の宴会をしているわけではない。つい最近も同じ事をしたばかりだし、立て続けに襲撃を受けていろいろと厳しい状況なので、対応で忙しくてそれどころではないようだ。
しかし、それでも市民が勝手に宴会を始めていた。
シャラはフード付きの外套で顔と姿を隠して街の中を歩いていた。
付き添いのマイアレイアが先行偵察して、人が多すぎる場所や、逆に少なくてシャラが目立ってしまう場所はなるべく避けて通る。
今ここでシャラが顔を見せたらどんな騒ぎになるか分かったものではない。それでは約束の時間に間に合わなくなってしまう。
酒と食べ物のニオイがどこからでも漂ってくるような街の中に、誰がいつ撒いたのかも分からない紙吹雪とか、酒瓶を抱いて眠る酔っ払いとかが落ちている。
酒場や料理屋はフル回転で注文を受けている様子で、それを皆が持ち出してはめいめい楽しんでいた。
シャラたちの目的地は繁華街だ。
ただし怪しい店が並んでいるような界隈ではなく、酒場が朝まで営業している程度の『浅い』場所。
協力してくれた冒険者たちを祝勝会の名目で集めてお礼をするのが目的だった。もちろんシャラの奢りである。幸い、金はあるので。
だが、コソコソと人目を避けつつ目的地付近まで辿り着いたところでシャラは異変に気が付く。
「マイアレイアさん? ワタクシの幻覚でないとしたら、我々が入ろうと思っている店の前に4BSくらいの人が詰めかけているようなのですが」
「なんやその胡乱な単位は」
明らかに、ここまで街のどこでも見なかったほどの密度で人が集まっている。
一応、料理や酒を持っているところを見ると、自然発生した宴会の参加者ではある様子だが。
「おう、シャラ。やっと来たか」
「うわっ、びっくりした」
いきなり横合いの、建物の隙間の薄暗く細い路地から声を掛けられてシャラは驚く。
糊の利いた白シャツを着崩したヴァルターがそこに居た。
「ヴァルターさん、これ何事です?
協力してくれた冒険者の皆さんを集めて祝勝会やるってだけの話じゃありませんでした……?」
「どっからか話が漏れた。……表に集まってるのはみんな、お前を一目見ようと集まった野次馬みたいな連中だ」
「うわあ」
「そんで周りの店がそいつらに酒とか料理とか売りつけ始めて、宴会が感染拡大した」
「うわあ……」
自分が今、この街でどういう立場なのかシャラは分かっているつもりだ。しかいs、その認識はまだ甘かったらしい。
店の中に入ってシャットアウトすれば大丈夫だろうと高をくくっていたのだが。
「表から入るのは無理だ、こっそり裏口から回れ」
「正面から挨拶したったらええんちゃうか?」
「ダメだ! 俺ですら握手で済んだのは最初の十秒、歓声と共に徹底的に揉みくちゃにされて、店に入る頃にはパンツまで脱がされてた」
「あっ、それで普段とちょっと違う服を……」
この服は店か、そこに来ていた者から借りたのだろう。おそらくヴァルターの服はもう返ってこない。
恐怖と共に人垣を一瞥し、シャラが路地に逃げ込もうとした時だった。
「居たぞ!」
「げっ」
めざとい者がシャラに気がついて声を上げた。
その瞬間、集まっていた人々は目をぎらつかせた暴徒と化す。
「逃がすな!」
「捕まえろ!」
「あんたら追手か何かですか!?」
人々は、多分その場のノリで、一斉にシャラの方に突撃してきた。
シャラは身を翻して駆け出す。
「逃げろシャラ! 俺に構うなーっ!」
「ヴァルターさん!」
「ええ奴やった……」
押しとどめようとしたヴァルターは二秒で肉の津波に呑み込まれた。
ヴァルターの犠牲を無駄にせず全速力で走るシャラだが、すぐに減速を余儀なくされた。
行く手の広場に人が集まっている。芸人や歌姫が勝手に講演を始めて、浮かれた人々から投げ銭を貰っているのだ。
このまま突っ込めば人を避けている間に追っ手に捕まるか、最悪、将棋倒し事故になる。
「シャラ! ウチのこと抱えて飛べんか!?」
「手ぇ握っててください! 脱臼しないでくださいよ!」
シャラはモブ化用外套を脱ぎ捨てると、爪で自分のシャツの背中部分を切り裂き無理やり羽根穴を作った。そして即座に皮膜の翼を展開。マイアレイアの手を握り、羽ばたいて舞い上がった。
「うわお」
マイアレイアが歓声(?)を上げる。
日はとうに暮れ落ちていたが、広場には多くの照明が置かれ、俯瞰で見れば蛍が群れているような賑やかしい夜景となっていた。
シャラはひとまず、広場を見下ろす店の屋根の上に着地する。
「助かったわ……」
「ゾンビの群れもかくや……」
シャラを追って来た人々は、そのまま店の周りに群れてシャラに手を振っていた。
広場の人々も騒ぎを聞きつけて集まってくる。
人だかりはすぐに倍くらいに膨れあがって、ごちゃまぜで何を言っているか分からない歓声が上昇気流のように沸き起こっていた。
「うおー!」「シャラー!」「ドラゴンさーん!」「ありがとー!」「ちっちゃーい!」「可愛いー!」
「何や言ったらな収まらんかな、こら」
「そですね……」
建物の屋根から身を乗り出して、シャラは手を振り返した。
「えーと……みんな、ありがとー!!」
わあっ、と皆が一際大きな歓声を上げた。
「助けた側が『ありがとう』かい」
「だって他にどう言えばいいか分かんなくて」
「ま、そんなもんか」
行儀悪く座り込んだマイアレイアが苦笑する。
いつの間にか、素っ裸にされたヴァルターもすぐ下に居て、前を隠しながら笑っていた。
歓喜の宴はいつ果てるともなく続いた。
この街はまたいつ悲惨な戦いに見舞われるか分からないけれど、その晩だけは皆憂い無く。
街に住み着いた変わり者のドラゴンの勝利を称え、祝した。




