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【1-40】前線都市ファルエル グレイ家 居間 / 情けは人の

 七色に輝く液体を収めた試験管みたいなものが、グレイ家居間のテーブルの上にぶちまけられた。


「協力してくれる冒険者連中から融通してもろた触媒が、ざっとこんなもんやな」


 雪崩を起こす虹色の物体たち。

 冒険者は何が起こるか分からない中で的確に対応していかなければならないので、自分の判断で触媒を譲ることも黙認されている。

 しかしマイアレイアは難しい顔だった。


「微妙なとこや……みんな昨日、シャラに余っとる自分の触媒は全部渡してもうたからな」

「いくらラウルに『魔封じ』があるって言っても、ラウルへのダメージで解けるのは証明済みですし、いつ魔法が使えるようになるかって考えたらあんまり貰っちゃうのも悪いですもんね」


 皆、協力は惜しまないはず。後でお代を払うことも約束した。それでも集まった触媒は中途半端な数だった。


「どや、いけるか?」

「マリアベルさんが持ってた分も足して、多分これ全部で、俺がガイレイを倒すのに使ったブレス一発分くらいだと思います」

「一発か……キツいな。外したら終わりやろ」

「でも正直ガイレイですらオーバーキルだったし、抑え気味に使って撃ち分ければいいかな?」

「ふぅむ。なるほどな。

 足りんかったらヤミ触媒買うて来るわ。ギルドに強制売却の義務がある言うても、心がけの悪い冒険者は自分の取ってきた触媒を横流しするもんやからな。探すとこ探したら在るもんやで。

 ……防衛兵団が先に買うとらんかったらやけどな。切羽詰まったら買うし売るからな」


 虹色の山を見て二人は唸る。

 シャラ自身のことだけ考えていれば良いという状況でもないのだ。

 どこから触媒をどれだけ手に入れるか、それによって余計な被害が出ないかどうか、考えないといけない。


「ヤミで買うくらいならマーガレットさんに頼りますよ。触媒商ギルドの裁量でいくらか出せるって言ってましたし……問題が起こらない範囲で良い感じに配分してくれると思います。

 ただ、戦いが終わってから面倒になりそうですけど」

「リドマインかー。親父が鍛冶職人ギルドの親方やからな。親父同士の喧嘩を自分らに持ち込まんでもええやろに」


 先日の任務でご一緒した、ピンク髪ツインドリルのドワーフのお姉様(外見年齢は今のシャラと大して変わらないが……)を思い出す。

 どうも迂闊に触媒商ギルドを頼ったら、彼女の機嫌を損ねることになるらしい。


 そう言えば件の二人は、会議室に冒険者を集めたときも対角線上に座っていたとシャラは思い出す。

 本当は同じ空気を吸うだけで堪えられないところ、相手を抜け駆けさせないために出て来たのだろう。


 まあ、そういう揉め事はあくまで生き延びてこそのもの。

 棚上げしておいて、全てが片付いてから悩めば良い。


 そうシャラが覚悟を決めかけた時、ドスドスと足音を立てて誰かが廊下を向かってくる。


「おいシャラ! やべえもんが届いたぞ!」

「どうしました!?」


 ヴァルターだ。

 ワインなら2ダースくらい入りそうな箱を抱えてきた彼は、それを床に下ろす。ガチャガチャとガラスの打ち鳴るような音がした。

 中に詰め込まれているのは……


「触媒……!?」

「お前宛だぞ」


 ヴァルターは触媒の間に差し込まれていた封筒を抜き出してシャラに手渡す。

 中身の便箋を開いて見ると、豪快な文字でメッセージが書かれていた。


『シャラちゃんへ


 しょくばいがひつようだと聞いて、ししょうの先生に頼んでじゅついのみなさんにおねだりしてみました。


 こうぜんのひみつなのですが、実はみんな、しょくばいをヘソクリしているんです。

 本当に使った量よりも少し多く使ったことにして。あんまりたくさん持ってると買えなくなるので、そうやってごまかして、いざという時のためにたくわえているんです。

 でもそれをシャラちゃんに分けてくれるそうです。


 けがを治してもらった人はみんな、シャラちゃんにお礼を言っていました。

 他の病院の人も同じみたいです。

 けがをすると、みんな心細くなります。ですが、自分のために見返りなくがんばってくれる人がいることは、とても心強く思うものなのです。シャラちゃんはやさしくてどうどうとしていて、『きっと助けてくれるんだ』って、みんなゆうき付けられたみたいです。

 そうやってみんな元気になったので、おいしゃのみなさんもうれしく思っているようです。


 たいへんな戦いがあるみたいですけれど、きっとみんな、あなたの帰りを待っています。

 ごぶうんをおいのりします。どうか、ごぶじで。


 あなたのトリシアより


 ついしん

  戦いがおわったら、二人で『カナリアてい』のパフェを食べにいきましょう。


 ついしん2

  代筆 カノア

  がんばれ!』


 読んでいてシャラはちょっと泣きそうになった。


「トリシアさん、カノア君……

 って言うかそれだけじゃなく、俺が回った医院の先生みんなが……?」

「よかったじゃねえか!

 いや、触媒が貰えたからって話じゃなくてよ」

「……うん」


 人助けをすることで街に受け容れられれば、というスケベ心は確かにシャラの中にあった。

 だけどシャラは、自分で思っていたよりも凄いことをして、自分で思っていたよりも感謝されていたのではないか。

 箱の中にたんまり詰め込まれている触媒は、感謝を詰め込んだかのようで、その輝きが胸に染みる。


「でも、ヘソクリとは言え病院の備蓄なんて貰っちゃって大丈夫なんでしょうか。

 これから一番必要になる所なんじゃ……」

「戦闘中に応急処置に使う触媒、出すのは防衛兵団だ。

 病院の触媒がそこまで必要な状況になったら、多分そりゃファルエルの終わりだぜ」

「せやな。戦うもんのとこに集める方が得策やろ」

「なるほど、でしたらありがたく」


 シャラはランドセルを箱の脇に置いて、なるべく隙間が出ないように細長い触媒の瓶を詰め込み始めた。


「そいや、例の地下室のことはどうなった?」

「古代語の解読はアカン無理やて言われたわ。例の書庫になんやええもんあったとしても、戦いには間に合わへんやろな」

「そっか……」


 シャラも残念だったが、ラウルに対抗する手段は別口でどうにか工面できた。

 謎の図書室について解き明かすのは生き延びた後だ。


「……そろそろ行きましょう。

 ラウルがガイレイの転移魔法を引き継いでるかも知れない。あいつが近づいてくる前に街壁の上に出たいんです」

「おう、やってやろうじゃねえか」


 触媒の詰まったランドセルを背負い、詰め切れなかった触媒を抱えて、シャラは立ち上がった。

この手紙をカノア君に代筆させるトリシアさんはかなり大人げない

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