【1-39】前線都市ファルエル 冒険者ギルド 会議室 / スピーチライター
机、椅子、黒板。それっきりのシンプルな部屋。プロジェクターは流石に存在しない。
ギルドの支部にあるその部屋は、要するに会議室だ。空いている時間には所属冒険者にも貸し出されている。
ちょっとした講義をするのに良さそうな、あまり日当たりが良くない部屋に、冒険者たちがドヤドヤと集まっていた。
剣を背負った戦士。ローブを着て杖を持った魔術師。なんだかよく分からないがとにかく派手な格好をした人。
鎧は脱ぎ着にも時間が掛かるので、いつ戦闘が始まるか分からない今は、日常生活には邪魔なはずの鎧を装備したままの者も居る。
ヴァルターとマイアレイアが声を掛けて呼び集めた冒険者たちだ。
部屋の椅子は瞬く間に全部埋まって、残りの者は壁に背を預けるなり、適当に床に座るなりする。先日の任務で一緒だった冒険者も居る。
「まずは皆さん、集まってくれてありがとうございます」
視線を一身に受け、黒板の前に立つシャラは切り出した。
防衛戦に参加するためには、彼らの協力を得なければならない。そのためには言葉によって説得する必要があった。
前世今世を通しても、シャラが人前で喋った経験は大して無い。
まあ今世では仕方ないとして。
前世でセールスマンでもしていたらこんな時に自信を持てたのかも知れないが、社会人としては毎日同じ顔と向き合って仕事をするような職場だったし、大勢の前で話をしたのは大学の卒論の発表会くらいだろうか。
しかし、苦手だとか気後れするなんて言ってる場合ではなかった。
「わたしはグエルガ・ズア・シャラ。
ガイレイを倒したドラゴン……ではありますが、実のところ魔力が少なすぎてまともに竜化することもできない、出来損ないのドラゴンです。
そのためわたしは群れの中では、生まれてからずっとゴミのように扱われ続け、遂に数日前、ガイレイから直々に追放を言い渡されました。
そして命懸けで危険地帯を抜けてこの街へ辿り着き、マリアベル・グレイさんの慈悲によって匿われました。
……正体を隠して勝手に住み着いた身の上で、このようなことを言うのも図々しいのでしょうけれど、わたしはこの街へ来て始めて、ドラゴンの持ち得ない人族特有の『優しさ』を知りました。街の人々が、誰とも知れないわたしに優しくしてくれたことが強く印象に残りました」
薄っぺらな胸に手を当て、シャラは言葉を紡ぐ。
話す内容はヴァルターに相談しつつ、事前にある程度考えていた。
『真っ先に引っ掻き回しそうなのはレイブンの野郎だ。
……まず泣き落とせ、群れに捨てられた話から入れ。
あいつの親父はどっかの金持ちだったらしいが、レイブンは愛人だったお袋諸共、親父に捨てられたんだと。荒っぽい野郎だが自分に似た境遇の奴には強く出られねえだろ』
ヴァルターの忠告がシャラの頭の中にリフレインする。
あの殺人鬼のような厳つさと裏腹に、ヴァルターは意外なコミュ力を垣間見せた。
顔が広い上、冒険者たちの気性をよく把握していたのだ。
壁に寄りかかって話を聞いていた、盗んだバイクとかで走り出しそうな刺々しい雰囲気の剣士が、ちらとシャラの方を見て目を逸らした。
興味を無くしたのではなく、内心の動揺を悟られたくなくて無関心っぽい態度を取っているのだと、何故かシャラには分かった。分かりやすかった。
「……既に聞いているかも知れませんが、また今日明日辺りにドラゴンの襲撃があるかも分からない状況です。
わたしは、この街を守りたいと思っています。ただ、その件で街側とは意見の擦れ違いがありまして……簡単に言いますと『手持ちのアイテムだけ寄越せ』というようなことを言われまして。
そこで皆さんのご協力を仰ぎたいんです。
既にヴァルターさんから概要は聞いていると思いますが……わたしが街側と交渉するため、皆さんは形式的に、わたしに雇われる形になっていただきたい。
実質的には何も変わりません、報酬を支払うのが防衛兵団でなくてわたしになるだけです。防衛兵団に指揮を委託しますので指示に従っていただくことになると思います」
シャラは切々と訴える。
確かに話す内容は事前に考えて来た。
冒険者たちのウケを狙うことも忘れていない。
だからって、演技というわけではない。紛れもないシャラの本心でもあるのだ。
傷だらけの太い腕を組み、最前列で話を聞いているひげもじゃの大男とシャラは目が合った。
鷲のように険しい目つきをしたドワーフだ。
『ガダメラは……良い奴とは言えねえが支部長も一目置いてて、この街の冒険者の間では顔役だ。半引退状態でお目付役を気取ってる。
こいつに気に入られるのも必須なんだが、まあ大丈夫だろ』
『なんで』
『お前みたいな女の子が趣味なんだ』
『このロリコンどもめ』
『なんで複数形なんだ。
つーか、ドワーフの女はみんな大人になっても外見的にお前ぐらいなんだから、他種族の基準で言えば歳が合わねえことになるだろ。あいつもそこんとこはわきまえてて、ドワーフ以外には手ぇ出さねえから安心しろ。
んで野郎ってのは単純だから、好みの女に頼み事されたら悪い気はしないもんだぜ。……って、お前も元々男ならこういう話は野暮かな。
あんま派手で冒険者らしい格好じゃなく、露骨すぎない範囲で普通に可愛い格好しとけ』
何が『派手』『冒険者らしい』に該当するかよく分からなかったので、とりあえずシャラはマリアベルから貰った中にあった、ヒマワリ畑が似合う純白のワンピースを着ていった。
ドワーフのの大男は真面目すぎるくらい真面目な顔だった。
頭の中で何を考えているかは不明だが。
「……マリアベルさんが亡くなったことは、もう皆さん聞いていることと思います。
襲ってきたドラゴンに対して自爆の魔法を仕掛け、追い返したんです。
わたしはその時、隣に居たのに何もできませんでした……」
胸を締め付けられるように思いながら、シャラは声を振り絞る。
『で、だ。冒険者ってのはなんだかんだ言ってみんな無法者の根無し草だ。
秩序だの使命なんてもんとは食い合わせが悪い、身勝手な奴らでな。
そいつらを動かそうと思ったら、奴らの義侠心に訴えるんだよ』
マリアベルの死を利用するみたいで、ちょっと気が進まないとは思う。
それでもシャラは、この決意を言葉にしなければならない。
彼女の死とは何だったのかを解き明かして、シャラの中でけじめを付けるために。
「わたしはマリアベルさんの仇を討ちたい。
それに、マリアベルさんと戦ったのは……群れでわたしがただ一頭、信頼していた兄だったんです。
元よりこの街を攻撃しているのは皆、わたしの生まれた『黒の群れ』のドラゴンたちではありますが……この戦いだけはわたしが決着を付けたいんです。
もしそれが、ただのわたしの我が侭だとしても」
いつしかシャラの手と声は、微かに震えていた。
「なので、どうか……お願いします」
そしてシャラは深々と頭を下げる。
結んでいた髪がぴょんと前に垂れた。
『他に爆弾は、マーガレットとリドマインだな。こいつらは『二人きりにしたらどっちかが死ぬ』ってレベルで仲が悪いから何か言われても片方だけ持ち上げるのは止せ。ダニエルには何か言われても適当に流せ。あいつは口悪いから半分くらいに聞いて話遮られないように流すんだ。ウィンストンは元防衛兵団でな、作戦のことではこいつの言うこと聞いとけ。それから……』
『難易度めちゃ高いじゃないですか』
『まあ半分くらいはもう知り合いなんだ、なんとかなるさ。
お前が真面目で善良なのは幸いだ。普通にしてりゃ、そうそう嫌がられる事ぁないだろよ』
山盛りのアドバイスは結局どれほど役にたったやら。
「顔、上げてくれや」
促したのはガダメラだ。
シャラが恐る恐る顔を上げたとき、怒りや呆れの視線を向けている者は無かった。
皆、高揚していた。
それが義憤であれ、同情心であれ、義侠心であれ。シャラのため力を尽くしてくれようとしていることは確かだった。
「俺たちゃ腰抜けでも薄情者でもねえ。
俺らの戦を余所者に、しかもドラゴンにそこまで言われて勝手に背負われて、放り出すわけにゃいかねえよ。
なあ、そうだろお前ら?」
「おう!」「もちろん!」「ふん……」「やったらあ!」
ガダメラが呼びかけると、型にはまらぬ冒険者らしく不揃いの、だが頼もしい応えがあった。




