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【1-38】前線都市ファルエル 冒険者ギルド ロビー / 街エルフ100年

 磨き上げられた鏡のような石床は、色つきのタイルを組み合わせていくつかのシンボルらしき絵図を構成する。

 広々とした清浄な空間にカウンターが並び、お仕着せを纏った係員たちがキビキビと応対する。

 大銀行のロビーもかくやという光景だが、そこを訪れる客は物騒で奇抜な装いをした冒険者たちと、その依頼者や商売相手だ。


 冒険者ギルド・ファルエル支部のロビーは、このような時だからこそ一際慌ただしく賑わいを見せていた。

 そんなロビーの、受付カウンターの一つ前にシャラたちは居た。


「……と言うわけで、現状発行可能な『触媒購入証』はこれだけになります」

「シケとるなー。まあ、この状況やししゃあないか」


 出された書類を見てマイアレイアは渋い顔だ。

 人族世界を成立させる要である触媒は流通管理が為されていて、購入には許可証が必要だ。冒険者の場合は冒険者ギルドから触媒の購入許可証を発行してもらう必要がある。

 ただし、購入可能な数は冒険者の等級や職種クラスによって変わるし、触媒が不足する状況であれば……たとえば大規模な戦いの直後で街全体の触媒在庫が減り、さらに近日中にドラゴンが攻めてくると見込まれるために防衛兵団が備えなければならない状況では……冒険者個人が手元に置ける触媒の数は減る。

 ギルドから発行された購入証は、マイアレイアが満足できる量ではなかったようだ。シャラがあのブレスを使うには、割と法外な量の人工触媒が必要であり、それを手に入れることはできなかった。


「ま、ええわ。

 それよりも、ちと大口の査定の話があんねん。シャラが倒したガイレイの身体な、あれどないなっとん。ギルドが回収しとったはずやろ?」


 マイアレイアが切り出すと、紺色のブレザー風制服を着た受付嬢は面食らったような、急に手に余る話をぶつけられて困惑したような顔をする。


「ギルド所属の冒険者が魔物を倒した場合、そっから採れた触媒はあくまで討伐者に権利があるはずや。

 シャラは紛れもない冒険者資格持ち。諸々煩雑にせぇへんため、事後的に冒険者になったもんにも制度の遡及適用があったはずやな? 触媒の査定もそれやった筈やで」

「た、只今ご確認致します」


 逃げ去るようにカウンターを飛び出した受付嬢は、数分後、ランドルフの後に続いて帰ってきた。

 海賊船長のような雰囲気の支部長マスターは、さすがに鎧は脱いでいたが、スーツとかではなくて鎧のアンダーウェアらしきものを着ていた。


「やあ、さっきぶり」

「あ、はい。どうも」

「いきなり支部長マスターのお出ましかい。……ま、金額的にはそれだけの大事やな」

「本来なら私の手にも余る出来事さ。七大竜王の一角が討伐されるだなんて間違いなく歴史に刻まれる出来事なんだから」


 ランドルフは気安く会釈をする。

 彼は先程、シャラが評議会と対決していたときも高い窓の向こうに居たはずだが、それはそれだ。


「ウチらの希望は、触媒や。

 ガイレイを解体バラして手に入れた触媒……ギルドの手数料抜いた分、そっくり返してくれへんか?」

「無理だ」

「即答っすか!?」


 寸の間も置かずにランドルフは答える。


「魔物を討伐して触媒を手に入れた冒険者が主張できるのは、あくまで触媒を換金した際の収入だ。

 触媒はギルドに引き渡された時点で流通管理の対象となる。

 規定上は、触媒をそのまま返す方が例外的処理だ。この非常時、例外的に放出してもいい触媒は一欠片も無い」

「普段はいくらでも応じるくせに……」

「そりゃ普段は触媒の備蓄に余裕があるし、現物よりも金を要求する冒険者の方が多いから問題無いんだ。

 ……ラウルに首を持ち去られたのは残念だが、竜王の骸ともなれば強力な『封竜楔』の材料になる。研究所送りにする分も取り分けてあるし、既にいくらかは魔力を抽出して街側に売約済みだ」


 シャラのブレスほど大量に魔法を使うなら、魔力抽出が早い人工触媒でないと不都合が生じるが、一般的な魔法の範疇なら生の触媒でもそこまで問題は無い。

 もしガイレイから採取した触媒を、他の冒険者たちが持つ人工触媒と交換してもらったなら充分な数の人工触媒が手に入るかも知れないと考えたのだが。


「触媒を押さえれば優位を取れると思ったかね? だとしたら考えが甘かったな」


 先程の経緯を知っているランドルフは苦笑する。

 シャラがブレスを使うには、まず大量の人工触媒を手に入れる必要があり、それを握っているのはファルエルの側なのだ。

 その弱みがある以上、シャラは強く出られない。


「せやったら銭でええわ」

「実は金額が大きすぎて、即金で払うことは不可能なのだが」

「約束手形でもええから仮払いできひんか。大口依頼の支払いと同じ形式でできるはずやな?」

「ああ、それなら出せる」


 すぐさま書類が整えられ、ランドルフとシャラはカウンター越しに向かい合う。

 何か色々と決まり文句的な文章が印刷されている賞状みたいな書類に、ランドルフは『タムル金貨27万4000枚相当』と金額を書き込み、サインをした。

 ギルドの回収したガイレイの骸が然るべき売り先に引き取られる度に相当額を、もしくは特定の期間が経過した時点でファルエル支部から一括で金を払う契約だ。


 マイアレイアが書類を確認し、頷く。

 受取人の欄にシャラはサインをした。


「……もろたで」

「何?」


 マイアレイアが企み顔で、牙を剥くように笑った。


支部長マスター。俺はこの金で冒険者を雇えるだけ雇います」

「つまり、ファルエルの街は冒険者を動かそ思うたらシャラに協力を求めるしかなくなるわけや。

 支払先はギルドやろ。債務の相殺になるわけやさかい、いけるはずやで」


 証文をひらりとかざし、シャラはランドルフに突きつける。


 秘められた魔力。武具やマジックアイテムや研究用サンプルなど素材としての価値。

 ガイレイの骸は予想通り、とんでもない大金に化けた。国中の冒険者を雇うことだってできるだろう。

 それを使って評議会を突き上げるというのが、マイアレイアとシャラの立てた作戦だった。


 いかに防衛兵団が居るとはいえど、総力での防衛戦になるのなら、対魔物の専門家たる超人集団の力を借りるのは当然のこと。冒険者の動きを握ってしまえば街側もシャラの顔色を伺わざるを得なくなる。


 予想外だったのか、さしものランドルフと言えどたじろいだ。


「それは……させない。そんな依頼を冒険者ギルドとして通すわけにはいかない。

 それと、もし君たちがギルドを通さず私的にギルドメンバーを使うようなら、それは"東王国"ロウシェンの名の下に罰せられるぞ」

「そー言うと思うとったわ。せやけどな、これからみんな()()()()ウチらを助けるんや。

 冒険者が自発的に人助けした場合、それを事後承認的に依頼と見做して依頼料を請求できる制度があるやろ?

 こら元々、義心から人助けする冒険者に依頼減らされへんためにギルドが作ったクソ制度やけどな。制度に則って動いとんのやから文句は言われへんで」


 ランドルフはあまりのことに驚き呆れた様子だった。


 冒険者の善意に頼って、もしくは弱みを握るなどして仕事をさせようとする者も世の中には存在する。

 それではギルドとしては商売あがったりなので、()()()()を防ぐ制度をギルドは考えだし、国に認めさせていた。

 もっとも、この制度によって冒険者の善意に助けられた貧者からもギルドが取り立てを行うようになり、より悲惨な事態を招いているのではないかという批判もあるのだが。


 支払い能力があることを示せば、後払いだろうとシャラに付いてくる冒険者は出てくるはず。冒険者たちにしてみれば、防衛戦の報酬を払うのがファルエルではなくシャラになるだけだ。

 悪意を想定して設計された制度は、善意と自己犠牲によって踏み躙られるものだった。

 どちらが社会として健全な形であるかは、また別として。


「もし、この件で冒険者ギルドが事後承諾で依頼出さへんかったら、そら『冒険者ギルドの仕事に値しない』っちゅー事をギルドが認めることにらるわけやから、そしたらそれはそれでウチらお咎め無しになるやろ。

 ギルドの独占に当たらん内容やったら、ウチらが勝手に銭払うても無関係のギルドに口挟まれる謂われは無いわけやからな」

「……冒険者たちが、それに納得して従うとでも?」

「納得させたるんや」


 マイアレイアが景気づけのようにシャラの肩をひっぱたく。


「このシャラがな!」

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