【1-37】前線都市ファルエル 冒険者ギルド 地下封印室 / 我が侭
「我々を呼び出すとは、実に良いご身分だな」
「評議会がドラゴンの襲撃に対応するためどれほど忙しいか、分かっているのかね?」
高圧的な声が矢のように降ってくる。
冷たくて広くて高い、煎餅缶みたいな部屋の中。例によってシャラの周囲には冒険者が配され、上の方の窓から誰かが見下ろしている。
シャラは再び冒険者ギルドの地下にて、ファルエル評議会と対峙していた。
「でも、必要だと思ったからここに集まってくれたわけですよね。全員じゃないにしても」
苛立たしげな、しかし否定ではない沈黙が返った。
この会談はシャラの側から呼びかけたものだった。
街が大混乱の状況で評議会がどれだけ忙しいか。だというのにシャラがランドルフを通じて話を持ちかけると、評議会はその日のうちに応じた。
「皆さんの時間を無駄にはできませんので、結論から言います。
……ラウルの『魔封じ』に対抗する手段が用意できました」
どよめきが降って来た。
シャラは高いところに向かって、例の鱗を一枚だけ掲げ、ひけらかす。
「これです。ぶっつけ本番なんで効果は未検証ですが、おそらく身につけていれば『魔封じ』を無効化できます」
「それは、大量に作れるのか?」
「増産はほぼ不可能です。製法は企業秘密とさせてください。
残念ながら、数は限られます」
いくつある、ということは言わなかった。
数をごまかしてシャラの手元に残す事も考えられるからだ。
「結構。なら、あるだけ買い取ろう。いくら欲しいんだね?」
不快感が顔に出ないようシャラは堪えた。
半分は本気だろうが半分は挑発だ。
「これがあれば、俺はまたブレスを使えます。
……俺を戦わせてください」
「貴様は何か勘違いしているようだな? 自分がどうしても必要な存在だとでも思っているのか?
あのブレスは確かに強い。だがな、大砲一つに頼る防衛戦はその時点で破綻している。街中に竜王を含めたドラゴンが十頭も現れるような、対処不能な異常事態なら別としてだ……普通にドラゴンが攻めてくるのならば我らは群として堅実に戦う方が勝ちに近い」
「では、俺は『お守り』を皆さんに渡して後方にすっこんでいろと?」
「一人の冒険者として戦列に加わるのであればそれを止めはしまい。
竜化できずとも、その膂力は発揮できるであろうからな」
評議会の判断は単純明快。
戦術的な有用性はあくまでもシャラより普通の術師の方が上であり、『魔封じ』を破る手段があるのであれば、まずそちらに回すべきだという考えだ。
シャラは曲がりなりにもドラゴンとして魔力を持っているため、触媒無しで魔法を使えるという優位性はあるのだが、魔法の技量そのものは人族の術師と比べて特に優れているわけではない。
『魔封じ』破りの手段があれば半竜形態での格闘もこなせるが、それだって別に強くはない。ランドルフとの戦いで証明済みだ。
だから、切り札があるなら寄越せと。
――それも、一理あるんだとは思う。だけど……
だけど。しかし。それでも。
「なら、もし……俺が『お守り』を渡さないと言ったら?」
「我々を脅すつもりなら無駄なことだ。効果に確証が得られない以上、その『お守り』があったとしてもどうせ、魔法抜きの防衛を想定せざるを得ないのだからな」
「勝算はあるんですね」
「当然だ」
強がりとばかりも思えぬ、堂々とした言い切り。
それを聞いてシャラは……少しだけ、笑った。
「ああ……安心しました。だったら俺は我が侭が言える」
「何?」
この『お守り』に賭けざるを得ないような、この『お守り』があってようやく微かな希望が見えるような、そんな切迫しきった状況なのだとしたら、シャラはこれを渡さざるを得なかっただろう。
だが、そうでないとしたら。
「『すぐ隣に居た恩人を守れなかったヘッポコドラゴン』のままで居たくはないんですよ。
世間体的にも、俺の誇りの問題としても」
シャラはこの街を守ることに加えて、そこに自分の願いを付け足せる。
このファルエルの街を守るのではない。
シャラの手で、このファルエルの街を守りたいのだ。
「それに、俺が戦いから逃げられない理由はもう一つあります。
……きっと、俺が居ないところで戦いが終わってしまったら、謎が謎のままで残ってしまう」
「何だ、それは?」
「時が来ればお話しします。まだ俺も把握しきれてはいませんので。
ただ、今は亡きガイレイの企みが、この街に根を張っていたことを掴みかけている……とだけ」
「そんな雲を掴むように曖昧な話のために我らが動けるか!」
勿体ぶったようにも聞こえるシャラの言い方に苛立ったか、怒鳴り声が降ってくる。
しかしシャラとしてもこう言うより他に無いのだから仕方ない。
まさか『封印されたグレイ家の地下室に現れた第三竜王から妙な話を聞きました』なんて正直に言うことはできないし。
「立場上そういう意見になるのは理解しますよ。
でも、それではただの岩なのか、途方もなく巨大な爆弾なのか、どっちだか分からないものの上に家を建てて住むことになります」
「要領を得んな。こちらの答えは変わらんぞ。我らに任せておけ」
「……承諾できません。俺は、どうあっても戦わなければいけないんです」
シャラはきっぱり言い放つ。
結果として街が守られてめでたしめでたし……ではなく、シャラは『人族の守護者』という名誉と居場所が欲しい。
もし何かガイレイの企みが不発弾のように埋まっていたとしても、それがファルエルに関係あるかは分からない。それを知りたいと思う原動力さえ、人族への心配よりまずはシャラ自身の好奇心と危機感に過ぎないからだ。
これは、ただの我が侭である。
そうと自覚しながらも、シャラはその我が侭を貫いた。
そのくらいの報酬はあっても良いはずだと。
「……俺は、自分一人で戦えるなんて思うほど自惚れてはいません。この場に居る皆さんは、冗談みたいに強い俺の親戚共からずっと街を守っていたわけで……それは本当にすごい事だと思うんです。だから協力して街を守りたい」
「今し方、お前がそれを拒否したんだろう!?」
ヒステリックな非難の声が上がるが、シャラにはどこ吹く風だった。
シャラは協力がしたいのであって、奉仕がしたいわけではない。
「協力するための前提を整えてきます。しばし、時間を頂けますか」
地下室を出て行くシャラが、止められることは無かった。




