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【1-34】前線都市ファルエル グレイ家 封じられた書庫 / 真実の欠片

「と言うわけなんです。協力していただけませんか」

「協力って……」


 深々と礼をしてシャラが頭を上げると、マイアレイアとヴァルターは『何を今更』といった調子の呆れ半分の顔だった。


「そんなん言うまでもないやろ。ウチかてファルエルで仕事しとんのや。この街がのうなってもうたら困るし、知り合いもぎょうさん居るしな、守ったらなあかんわ」

「俺だって、そんな甘い覚悟で冒険者やってるわけじゃねーんだ。

 ドラゴンが攻めてくるって程度でビビりゃしねーよ。むしろそれでこそ俺の仕事があるってもんだ」


 ラウルを止めようと思うなら、少なくとも街の存亡が掛かっていて、命も懸かるだろう戦いになる。

 あくまでも仕事のためにこの街へ来ているだけである二人に協力を頼むのは虫のいい話だとシャラは思っていたのだが、思い切って頭を下げてみればこの返事だ。


「何より、俺らは仲間だろ。一応」

「せや。冒険者のパーティーは一蓮托生や。水くさいことは考えんと、一言『頼むわ』って言うたらええ」

「……ありがとうございます」


 仕事のために成り行きで組んだチームでしかないはずなのに、それを仲間と言ってくれる。

 それがシャラにはなんだかとても嬉しかった。

 三人は軽く拳を突き合わせた。


 * * *


 ラウルが攻め入ってきた諸々の事情を説明すると、流石に二人は目を丸くしていた。


「……したら、あいつシャラの異父兄っちゅーことかい?

 まあドラゴンの群れゆーたら全員親戚みたいなもんやけど……」

「しかもガイレイの力を受け継いでるって?」

「俺がガイレイを倒したとき、あいつ、生首を持ち帰ったじゃないですか。

 あれを使って何かやったのかな、とは思うんですが」

「だとすると、なかなかやべぇ相手だな」

「でも別に、こっちもノープランじゃないんです。

 ……マリアベルさんには『魔封じ』が効かなかった。何か対抗手段がある筈なんです」

「それが、この場所?」


 三人はシャラを先頭に、グレイ家の地下へ向かう暗い石階段を降りていた。


 階段の先にあるのは重厚な石扉。

 謎の封印が施されていた地下室だ。

 以前シャラはこの場所に近づいたとき、マリアベルから警告を受け、遠ざけられた。


「なんや、ケッタイなもん地下に隠しとったんやな」


 懐中電灯みたいな携行用魔力灯を掲げて、マイアレイアは眉根を寄せた。


「魔法で封印された秘密の地下室です。しかも……古い紙のニオイがした。研究の資料と記録を残した秘密の書庫みたいなものだと、思ってたんですが……」


 仮にそうだとしたら、マリアベルか、もしくは彼女の師匠たるエレナ・グレイが残した秘伝の魔術の記録でもあるのかも知れないとシャラは考えていた。

 彼女らは人だが『魔力持ち』という常より逸脱した存在だ。ドラゴンすら超える何らかの知識を秘しているかも知れない、というのも買いかぶりすぎではないはずだとシャラは思う。

 現にマリアベルは何らかの手段で、防衛兵団を総崩れにしてシャラすら戦闘不能にしたラウルの『魔封じ』を破っていたのだから。


「冒険者の技能とか、俺はからっきしダメなんで、罠とかあったらお願いします」

「専門とちゃうけどウチの領分やな。任しとき」


 どこからいつの間に取り出したのか、マリアベルの手には鍵開け道具らしき金具類や楔が握られていた。


「多分、そういう道具の出番が来る前に封印をどうするかなんですが」

「あー、まあそれはな。調べてみてあかんのやったら専門の術師を呼んだらええさかい」

「ギルドか防衛兵団には、どうにかできるやつが……」

「ん?」


 石扉にいくらか近づいたところでシャラは気が付いた。

 溢れ出る古書の香りが……先日より、遥かに濃い。


 それもそのはずで、封印されていたはずの石扉は半開きになっていた。


「……開いてる?」


 マリアベルの死によって封印が解けて、そのせいで扉が開いているのかとシャラは一瞬思った。

 しかし、それは多分違う。いかにも重そうな扉は、鍵が開いただけで勝手に半開きになるような構造には見えない。

 何者かが扉を開けでもしない限り。


 ――中に誰か居る!?


 シャラは半開きの石扉を一息に引き開けた。


 その瞬間、怒濤の勢いで古書の匂いが押し寄せてくる。

 同時、質量を感じるほどの威圧感に打たれ、全身の毛細血管が引き千切られていくように錯覚する。

 何かに喩えるのであれば、ガイレイと相対したときの感覚に近い。


 石扉の向こうはシャラが予想していた通り、本棚がいくつも並ぶ書庫のような部屋だった。板張りの空間を、魔力灯が暖かく照らし出していた。

 ただ本を詰め込んだ部屋というだけではなく、手前の空間には理科室にありそうな机だの、製図用の机みたいなものが置かれていて、正体不明の実験器具みたいなものを突っ込んだ棚もある。


 そして、そこに立つ人影が一つ。


「そう……エレナ・グレイは死んだのね」


 長身の女だった。

 蒼天の色をした艶やかな長い髪が、腰の裏まで流れ落ちている。


 背を向けていた彼女が振り向いた。外見だけは若い女だ。

 儚げで悲しげなのに、水彩の世界に彼女だけ油絵の具で描いたみたいに、別格の存在感を持つ。

 もし戦うことになったら、BGMに謎言語のコーラスが付いてサビの泣きメロでピアノが発狂しそうな雰囲気を纏っていた。


 髪と同じ色の目。雪のように白い肌。古代ギリシャの巫女装束みたいな白い服に、真鍮色をした正体不明の機械らしきガジェットをアクセサリーとして身につけている。


「誰だ、あんた」

「ツァーレ・スゥ・フィーラ。……第三竜王」

「『青の群れ』の長……!? どうしてこんな所に!!」


 女は、静かにとんでもないことを言った。


 『青の群れ』はここより北西の地に居を構える勢力。

 『黒の群れ』と同じ、人族世界の敵。

 ファルエルとはまた別の前線都市が、その侵攻を押しとどめている。

 その群れを率いるのが第三竜王、ツァーレ・スゥ・フィーラ。


 確かに彼女から感じる威圧感は、人族どころか並みのドラゴンとは存在の格が違う。

 しかし、だとしたら何故そんなものがここに居るか疑問だ。

 竜王同士が共同戦線を張ることはほぼ無い。

 さらに言うならば竜王が人前に姿を見せること自体、極めて稀だ。余程の重大局面を除けば、後方に留まり群れのドラゴンたちに命令をするばかり。

 この場に第三竜王が現れるというのは、何重にも奇妙なことだった。


「もしかして、貴女がシャラ?」

「……どうして俺の名前を?」


 事実上の肯定として、質問を返すシャラ。

 フィーラはシャラの質問に答えることなく、メランコリックに溜息をついた。


「呆れたわ……凱礼ガイレイは本当にあの計画を実行したのね。

 雄としては使えなかったから雌にするだなんて、無茶もいいとこだわ」

「なん……えっ? ちょ……どうしてそこでガイレイの名前が?

 あいつはラウルの口車に乗って、俺を女に……」


 何か、フィーラはとても妙なことを言った。

 シャラが女にされたことが、ガイレイの計画だと。しかもそれを部外者の彼女が知っていたと?

 シャラが知る限り、あれはラウルが己の目的を果たすためガイレイに吹き込んで焚き付けたものであったはずだが。


 困惑するシャラを見て、フィーラは頭を振った。

 蔑みと嘲りを込めつつも、悲しげに。


「……………………ああ、そう、そういう事。

 本当に呆れ果てたわ。黒衣くろこを気取っているうちに死んで、何も知らない操り人形だけ遺すなんて罪深いったらありゃしない」

「何を言っているのか、よく……」

「分からないのなら知らない方が良いわ」


 フィーラはぴしゃりと言い伏せる。取り付く島も無い。


 重ねて問う勇気は無かった。相手は竜王だ。機嫌を損ねるだけで殺されてしまう。

 特にシャラよりも背後の二人が危ない。曲がりなりにも同族であるシャラと違い、マイアレイアとヴァルターは人族だ。


 しかし、このまま会話を終えるには勿体ない。

 追放されてからというもの……あるいはその前からなのだろうか……シャラを巡る事情は、表面的な事象とは異なる何かが見え隠れしている。

 そして、その一端か、あるいは全てをフィーラは知っている。


「どうして……その、竜王が、こんな場所に?」


 シャラは質問を変えた。外堀から埋めるように事情を炙り出せないかと思って。

 これにはフィーラも答えた。


凱礼ガイレイが死んだことを悟って、エレナ・グレイに会いに来たのよ。間に合わなかったようだけれど」

「エレナ・グレイさんは三ヶ月前に体調を崩して死んだんです。

 今、この家に住んでたのはエレナさんの弟子のマリアベルさんで……」

「弟子? ……『魔力持ち』の?」

「あ、はい……だけど、そのマリアベルさんも、もう……」


 死んだ。シャラを守って。街を守るため。犠牲になって。何もできなかった。

 後悔の重さを感じるように項垂れるシャラ。


 だが、フィーラはそんなシャラを見て首をかしげるばかりだった。


「彼女こそエレナ・グレイよ。人間の命は短いもの、何百年も生きていたら怪しまれるでしょ?

 弟子を拾ってきたとか、一子相伝だとか適当に嘘をついて……年を取り過ぎたら若い姿に戻って、自分の弟子を名乗っていたの。

 実年齢は五百歳くらいだったはずよ」

「は、はあ……!?」


 彼女にとっては重大な秘密でも何でも無いようで、耳を疑うようなことをフィーラは平然と言った。

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