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【1-32】前線都市ファルエル 連ね鱗通り / 幕引き

 最初、シャラはラウルが未知のブレスでも吐いたのかと思った。


 そうではなかった。

 ラウルの腹の中で何かが膨れあがり、爆炎と閃光の飛沫がゲップのように口から噴き出したのだ。


「グボッ……! ゴボボッ!! グオオオオッ!!」


 水っぽく咳き込んだかと思うと、ラウルは空中でもんどりうちながら、信じられないほどの量の血を滝のように吐き出した。


「あり得ん! ゲフッ! ゴボッ……

 あの女……! 俺の中で自爆しやがった!」

「なっ……!?」


 ドラゴンと言えど、鱗と甲殻に包まれた外側より()()の方が脆いのは必定だ。物理的にはもちろん、魔法に対しても。

 そう、例えば、胃袋の中に転移してそこで魔法を使ったりしたら?


 当然、そんな無茶な攻撃が簡単にできるはずもない。

 ラウルの『魔封じ』を破る何らかの伏せ札が必要で、超絶的な技巧が必要で、弱点を突いたと言えどそれを有効打とするには相応の力が必要で、そして、命に引き換えようと事を為す覚悟と決意が必要だ。


 寂寥感に似た感情がシャラを苛む。頭で何か考えるより先に本能的な感覚として。

 マリアベルは死んだ。全ての力を振り絞った一撃と引き換えに。

 ……不思議と、シャラはドラゴンとしての直感でそれを理解した。

 ガイレイが死んだ時と同じだ。その場に存在していた重みが霧散する感覚。

 力ある者の死を、ドラゴンはこうして受け止めるのかも知れない。


「何故封じられなかった……! いや、違う、封じられるはずがない……! ゲフッ!

 この魔力……!! この呪い……!! 何故だ、何故だ、何故だ!!

 グオオオオオオオオ!!」


 苦悶するラウルが血を吐きながら叫ぶ。

 ほうけかけたシャラだったが、ふと、自らを包む力の気配を感じて我に返る。


 メキリ、と音を立ててシャラの喉に鱗が浮かんだ。


「拘束が解けた……!」


 ラウルが大ダメージを受けたことで『魔封じ』が解けていた。


 これでブレスが使える。

 シャラの喉から下顎辺りに掛けて、艶やかな漆黒の鱗が表出した。ブレスを使うための局所竜化だ。


 だが、シャラが触媒を励起するよりも早く。


「くそっ……! ぐぞおおおおっ! 諦めぬぞ……!!」


 大きく羽ばたいたかと思ったら、闇色の粒子を飛び散らせてラウルの姿は消え去った。


「……逃げた……」


 転移によって退いたようだ。

 形勢不利と見れば即座に退却。あっぱれな逃げざまだった。


 街を襲っていた他のドラゴンたちも、ラウルに遅れて逃げを打つ。

 それを捕まえて殺すような余力は人族側には既に無い。

 夜天高く舞い上がるドラゴンたちを、ただ見送るだけだ。何が起きたのかという戸惑いと共に。


 ドラゴンが居なくなれば、手下の魔物はじきに片付く。

 街は徐々に静けさを取り戻し、代わりに、怪我人の救護や火事の消火を指示する声が飛ぶようになる。

 それでもシャラは動けなかった。

 飛び降り自殺の三秒前みたいに屋上の端に立ち、全てが消え去った夜空を呆然と見上げていた。


「居た! 居たぞ!」

「シャラちゃん!」


 声が聞こえた。

 建物の下、眼下の通りにヴァルターとマイアレイアが居た。


 身軽く跳躍したマイアレイアは、建物の表面の凹凸や窓枠を足がかりにアクションゲームのRTAみたいな動きで飛び上がってくる。


「無事か!? 追っ払ったんか!?」

「俺じゃないんです。俺は……何もできなくて。マリアベルさんが……」


 それ以上は言葉にならずシャラは項垂れた。

 ラウルの吐き散らした血が、シャラの見下ろした先で大きな水たまりになっていた。


 * * *


 負傷者の救護に夜明けまで駆け回ったシャラは、朝食にはちょっと早いくらいの時間に冒険者ギルドへ呼び出された。


「まず、前提を共有するために状況分析の話から入らせてもらおうか」


 支部長室にて待ち構えていたランドルフは、シャラのテストをした時のような完全武装。

 ただし、頑強なはずの鎧には生々しい傷痕が刻まれ、アンダーウェアが肩口から覗くほどだった。魔法で治療したのか、ランドルフが怪我をしている様子は無かったが、鎧には血の痕がしっかり付いていた。

 彼もまた、昨夜の戦いの後今まで働きづめのようで、フルマラソン三週くらい余裕なんじゃないかと思える豪傑も流石に疲労の色が濃かった。


 ヤケクソのように砂糖を溶かしてある、エネルギー補給用と思しきお茶を出されてシャラはそれを啜る。甘いやら苦いやら判然としなかった。


「個体名・ラウル。

 かのドラゴンは知っての通り、先日の襲撃にも参加していた」


 ランドルフは資料の束をめくりながら述べる。

 ドラゴンと戦う人々は、群れの内側の情報を探り、個体単位での戦闘履歴をだいたい把握している。

 魔力を回復しているドラゴンが何頭居るか、それを把握して始めて作戦が立てられるのだ。

 まあ、未だ若く人族の前に姿を現してもいなかったシャラなどは『仮称・黒73番幼体』というディストピアみのある名称のデータになっていたりするのだが、それでも誕生自体は把握されていたというのだから人族も馬鹿にしたものではない。


「知っての通り、街へやってきたドラゴンは『封竜楔』の影響を受けて魔力を浪費させられる。

 この短期間に再度の攻撃を行ってくるなどおかしいのだが……そのカラクリにはもう見当が付いている。

 君たちが『変異体』の討伐に向かっていた森だが、先程、観測員から報告が届いてね。

 君たちの倒した変異体以外は見当たらなくなっていたそうだ。代わりに、森の中には何か巨大なものが暴れたような戦闘の痕跡や、魔力を帯びた血肉の断片が発見された。

 魔力補給のため、ラウルに食われたものと思われる。おそらくラウルが陸上の変異体を狩っている間に、飛べる奴らは逃げ出したんだろう」

「でも、勝手にそんなことしたら……いや、そうか、罰を下すガイレイがもう居ないんだ。

 それどころか他のドラゴンは、逃げるときに置いてきた変異体が減っている事なんか気が付いてすら居ないかも知れない」

「『黒の群れ』としての継戦能力を考えたらあり得ない判断だ。だが……内部的な権力闘争のため独断で使ったというなら分かる。ラウルは今を乗りきれば良いと考えているんだ。

 これは人族全体から見ればありがたいことですらある。長い目で見れば『黒の群れ』がさらに弱体化するのだからな。だが、今このファルエルにとっては非常にまずい」


 あの大混乱の中でもシャラとラウルの会話をちゃっかり観測していたらしい。

 ランドルフの表情は、険しい。


 もしドラゴンの群れが街一つ滅ぼすために力と兵を使い切ってしまったとしたら、その群れは瞬く間に人族世界からの反撃を受けて滅びることだろう。でなくても後々祟ってくる。

 『黒の群れ』は今、ラウルの勝手によってその状況に近づきつつあった。

 愚かな判断だ。しかし、だとしてもファルエルの人々にとって眼前に差し迫った脅威である事は何の変わりも無い。


 鉄格子を嵌めた狭い窓の向こうには、きな臭い風が漂っていた。

 二度の襲撃によって荒らされたファルエルの街並みは大地震とハリケーンが同時に襲ってきた後みたいな有様だ。


「先日の襲撃による、防衛設備と人的な被害。

 そして此度、防衛設備に魔力を供給する導管が破壊された。これは触媒から吸い上げた魔力を一時貯蔵し、足りない場所へ流すためのものでな……現状、『弾切れ』への対処が極めて困難な状態にある」

「兵器を動かすこと自体はできるんですか?」

「可能だ。期待されるだけの役割を果たせるかは分からないがね」


 要するに『かなり苦しい』という意味だとシャラは理解した。


「援軍部隊の到着は早くても明後日になる。まあ正確には、これはガイレイの襲撃で受けた人的被害の補填だから昨日の被害の埋め合わせにまではならないが。

 防衛設備の方も問題だ。魔力導管の応急処置だけでも最低三日はかかる。

 ……私がラウルなら明日までに再度、この街を襲撃する」

「来られるんでしょうか。あれだけの傷を負って……」

「極論、魔力さえ補給できるなら傷などどうとでもなるだろう。

 向こうだって、普通なら攻撃なんて考えられないほどの消耗を強いられているわけだが、今の『黒の群れ』は普通じゃない。

 それで、こんな言い方をするのもなんだがな。今のこの街はドラゴンが一頭来るだけで危険だ」


 ランドルフが言わんとすることをシャラは理解する。

 もし群れに賛同者が居なかったとしても、ラウル単独で再度攻撃を仕掛けてきたらそれだけで危険だということだ。

 ひやりと冷たい汗が背筋を伝ったような気がした。


「戦友を悼む暇もないな」


 ランドルフはくたびれた様子で溜息をつく。

 その溜息がのし掛かってきたかのように、シャラは肩が重かった。


「……マリアベルさんは……」

「状況は概ね把握している。

 辛い話になるかも知れないが……詳しく語ってくれないだろうか。何があったのか」


 ランドルフは空になっていた二人分のカップに自ら茶を注ぐと、砂糖をたっぷり溶かしてから片方をシャラに突き出した。

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