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【1-30】前線都市ファルエル 上空 / 価値

 ドラゴンは一夫多妻。

 ただし夫婦の結びつきは緩く、雌のドラゴンは群れの事情次第で複数の雄との間に仔をもうける。


 仔を産み育てるのはドラゴンの群れにとって、群れぐるみでの計画を要する一大プロジェクトになる。大気中からの魔素吸収だけでは絶対に足りない量の魔力が必要になるからだ。ドラゴンが仔を為すための生殖術式は、それが特に顕著である。

 だからこそそうまでして苦労して生まれた無能のシャラに風当たりが強かったわけだが。


 どう頑張っても産まれてくる仔の数には限りがある。

 そこで、強い雄から順番に『何頭の仔を許すか』が決められ、『枠』が割り当てられるのだ。

 雄たちは、その範囲内でどの雌に自分の仔を産ませるか決めることになる。


 夫婦の繋がりが全体的に希薄なのと引き換えに、親子の繋がりは強い。

 親子の関係性は、群れの中で小さな派閥のように機能することもあった。


「力のある雄は多くの雌を娶れる。……正確には、雌に仔を産ませられる。

 それがドラゴンの群れにとって共通のルールだな。

 俺は群れの中の立場からしても三仔は望めた。まあ族長になれば遥かに『枠』が増えるだろうが」


 愕然とするシャラを前に、ラウルは蕩々と語る。


「俺の第一仔は力強きグムールに産ませる。これはもう決まっていたことだがな。

 取っ組み合えばグムールは俺にすら勝つだろう。きっと彼女のように逞しい仔が生まれるはずだ。

 第二仔は思慮深きルエリに産ませる。クソジジイの承認はまだ無かったが彼女からは色よい返事があった。

 産まれてくる仔はきっと、長じればあのクソジジイすら超える魔法の使い手となるだろう」


 ミスリルをも裂く鋭い爪が、シャラを指差した。


「その次は、お前だと考えていた。

 第二仔までは堅実に計画を立てたが、その次は賭けをしたい。

 その類い希なブレス能力、もし上手く受け継がせることができたなら我らの群れは新たな段階へ進めるやも知れん」

「……あの、ブレス……? 俺が、あれをできるって気付いてたのか!?」


 雄だったシャラをガイレイに性転換させ娶ろうとするイカレた思考は、ひとまず脇に置くとして。


 断じて、シャラはあんな能力を外に示した覚えは無い。

 ガイレイを一撃で殺せるような能力があると知っていたら、卑屈に脅えながら生きる必要はなかった。あんな風に馬鹿にされ、疎まれることもなかっただろう。

 群れの誰も……シャラ自身ですら、知らなかった。

 しかしラウルは、でまかせで適当なことを言っているようには思えない。


「お前はドラゴンの姿を数秒しか保てないほどに魔力量が少なかった。

 ……だと言うのに、半竜化状態でもまともなブレスが使えただろう?」

「そんなことで……?」


 事実上竜化不可能と言えるシャラは、群れでもまともに戦闘訓練をできていない。

 まあ、ドラゴンは自然と己の闘い方を知るものだし、エーテルの身体がなまるという事もありえないので大した訓練は必要無いのだが、『慣れ』を手に入れるため取っ組み合ったり、シメることが決まった変異体を若年者に狩らせることくらいある。シャラはそれすらこなせなかった。


 その代わり、半竜形態でも何かできることがないかとシャラなりに模索していた。

 その特訓に付き合ってくれたのがラウルだ。

 おかげで爪や尻尾での格闘戦、そして半竜形態でのブレスなど……一応シャラもその程度はできるようになったが、喩えるならそれは小学生が自転車に乗るために特訓をしたというレベルの話でしかなく、普通のドラゴンが普通にできていることをシャラも多少できるようになっただけだった。みんな、半竜形態でブレスくらい吐けるし、半竜形態で取っ組み合えば魔力量の差からシャラは他のドラゴンと比較して圧倒的に弱い。


 その筈だった。


「信じられないほど貧相な魔力しか無いのに、他のドラゴンと同じだけのブレスを使う……そう考えれば答えは出る。

 そもそも、平凡なドラゴンは居ても能無しのドラゴンなど居ないのさ。生殖術式を読み解いて俺は知った。ドラゴンはそう創られていると……

 極度の能無しに見えるなら、何か隠れた才能が……天地をひっくり返すほどの一芸がある。

 ブレスに限った、異常なまでの魔力変換効率! そして魔力収束能力!

 お前は他の全てと引き換えにブレスの才能を持って生まれてきたドラゴンだ!」


 ラウルは常に無く興奮した様子で言い切った。


 その説明は、腑に落ちないでもない。

 ゲームに喩えるなら、最大MPが10や20だったら消費MP50の魔法はどう頑張っても使えない。

 そして、燃料タンクの大きさだけが問題だったという話なら、それを外付けで補ってしまえばいいだけだ。

 竜王すら屠るほどの異常な才能が、果たして()()に生まれうるのか、という疑問はあるが……


 あのブレスこそがシャラの力。

 そしてラウルだけがシャラの持つ可能性に気づき、しかしそれを秘してきたのだ。


「だからお前の仔が欲しい。

 ……問題はお前が雄だったというただ一点だが、まあ解消されたな」

「そのために……俺を雌に変えさせたってのか……」

「すぐにとは言わんさ。

 わざわざ少女の姿にさせたんだ。年頃に成長する頃には雌の身体にも慣れているだろう。

 話はそれからだ」

「うげっ……!?」


 平然と言い放たれ、シャラは食べたばかりの晩飯を吐いてしまうかと思った。

 自分の存在を根幹から揺るがされる恐怖と、それを平然とやってのけるラウルの精神性に、二重で吐き気を催した。

 シャラは何故『少女』であったのか。『少女』でなければならなかったのか。それにさえ理由があった。


 嫌悪を込めてシャラはラウルを睨み付ける。

 これでは何もかもラウルの思い通りだ。だが、ここで屈したら本当に思い通りにされてしまうという恐怖がシャラの心を支えていた。


「……頭が良くて用意周到なのは知っていたが、ここまでぶっ飛んでる奴とは知らなかった。イカレてるぜ、お前」

「生意気なことを言うなよ、シャラ。

 お前の価値に気が付いていたのは、誰だ?」


 ラウルはシャラが睨んだ程度ではどこ吹く風で、皮肉げに目を細める。


「ガイレイはお前を能無しと見做して追放した。他のドラゴンたちも同じだ。

 ……お前自身すらもだ! 自分の価値と能力に気付かず、周りのドラゴンの顔色をうかがいながらビクビクオドオドと臆病なネズミのように生きてきた大間抜けだ!

 そんなお前が俺無しで生きていけるか!? できるわけがなかろう! その愚鈍さに付け込まれるのがオチだ!!」


 ラウルはままならぬ状況に苛立ってるようでもあった。

 それは、シャラに対する叱責でもあった。


 言い返す気勢も削がれ、シャラは一瞬怯む。

 ねじ曲がった自己中心的な考えであっても、その言葉には、シャラが今まで見てきたラウルの優しさと同じ色をしたものが一欠片存在していた。

 あるいは、これがドラゴンというものなのかも知れない。ドラゴンなりの思いやりではあるのかも知れない。個として強大すぎる力を持つ以上、人と同じようにものを考えるはずもないのだ。


 傲慢なる漆黒の竜は、シャラに向けて手を差し出す。

 貴婦人をエスコートする貴公子のように。


「だが……俺だけはお前の価値を理解していた。

 俺の妃となれ、シャラ。

 お前の価値を最も引き出せるのは俺だ。俺の手駒となれ。そして俺の仔を産め。

 さすれば! お前は俺の傍らで、俺と共に! この世の全てを手に入れるだろう!!」

「この世の全てだと? 世界征服でもする気か!?」

「そうとも。これは夢物語ではなく、ただの実現可能な計画に過ぎん。人は滅び、数多の竜は我が前に平伏するだろう。

 最も大きな障害は他の竜王どもだが、少なくとも『竜王を殺せる』ことは確かになった。そのための手段がお前だ。そして、やがて生まれ来るお前の仔だ」


 シャラは刃を突きつけられているような、銃口を突きつけられているような、崖っぷちに追い詰められているような磔で火を掛けられているようなその他諸々全部の気分を味わった。

 自分が世界を変える『爆弾』なのだと今更ながらに気が付いた。

 シャラ本人にその気があろうと無かろうと、シャラを使おうとする者は現れる。今のラウルのように。


 確かにシャラはガイレイを倒してこの街を守った。

 だがそれは果たして、人族の未来を拓いたと言えるのか。何かもっと、破滅的な事態を呼び寄せる鍵になるのではないかと……


「それが……ガイレイの呪縛から解き放たれた貴様の本性か、ラウル……!」

「うん?」


 宙空で向かい合う二人の下から、声がした。


 建物の屋上に人影があった。

 黒い三角帽子に禁欲的なローブを着た若い女性だ。


「我が古き友の名にかけて! 貴様のようなドラゴンをのさばらせてはおけん!」


 身体を引きずるように進み出たマリアベルは、ラウルに向かって杖を突きつけた。

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