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【1-27】ソィエル平原西部 / 叱責

 ズタボロの翼でふらふらと滑空し、ほとんど墜落するようにシャラは緑の海に突っ込んだ。


「倒せた……」


 心臓の鼓動に合わせて全身が痛んだ。未だに身体のそこかしこにフレスヴェルグの羽毛が突き刺さっているけれど、それを引っこ抜くのさえかったるい。


 どうにかこうにか身体を裏返すと、青い空には呑気な雲が浮かんでいた。


「ちょっと、シャラちゃん! 大丈夫!?」

「大丈夫です。見た目は人間と変わらなくても丈夫にできてるんで……」


 冒険者たちが慌ただしくやってきて、シャラを取り囲んだ。


「≪治癒ヒーリング≫!」


 回復魔法が掛けられて、やっとシャラは起き上がる元気が出た。


「うわ、結構酷い」


 体操服は切り刻まれてボロボロになり、血まみれだ。

 身体の方はカマイタチの集中砲火を受けた傷が酷い。出血は少ないが、CEROが黙っていない程度には深い傷だ。それが全身満遍なく。


 ――人族だったら普通に死んでたな、この傷……


 あちこち切り刻まれてワイルドエロスになってしまった体操着と全身の傷の様子を確かめていると、シャラの前に膝を突く者がある。


 マイアレイアが幽霊のように蒼白な顔で、そこに居た。


「なんや、今の」

「何って……」

「なして無茶苦茶しよった」


 震えて血の気の失せた声で、彼女は詰問する。


「考える前に……身体が動いちゃいまして。守らなきゃ、って……」

「アホタレ。ちゃうやろ、今のは。なんや余計なこと考えとるな?

 あれは、『自分を投げ捨てへんかったらここに居られへん』思うとるもんの動きや。そういう顔やったわ」

「え…………」

「何考えとん。ドラゴンやからここに居るんが後ろめたいーとか思うとらんやろな」


 小さな悲鳴のように、シャラは息を呑む。

 その気持ちはシャラにとって、空気のように当たり前に存在しすぎて意識していないものだった。

 シャラは、自分は合理的な判断に基づいて戦ったと思っていた。違う。違った。根元の部分には卑屈な考えがあった。


 マイアレイアの目が、シャラを捕らえて放さない。


「べ、別に死ぬ気でやったわけじゃなくて。ほら俺、丈夫ですし……」

「物の見事に半死半生やないけ!!

 まかり間違うて死んでみぃ! 守られて遺された側がどう思うか考えた事あるんか!?

 大切やった人がゴミみたいに死んでもうて何も嬉しいことがあるかい! そら結局、他人の大事なもん踏み躙っとんのと変わらへんのやで!?

 誰かを大切にしたいんやったら、まず自分の事大切にせんかいアホボケカス!!」


 耳がキーンと鳴るほどに、暴風雨のように怒鳴りつけられ、シャラは呆然となった。

 マイアレイアは必死だった。エメラルド色をした双眸が湿っぽく光る。


 彼女の剣幕に気圧されたようになり、冒険者たちも活人画状態になる。

 草原を渡る優しい風の音だけ聞こえる沈黙の中で、シャラはようやく、叱られているのだと気が付いた。


「……ごめんなさい」

「……スマン。ウチも言い過ぎたわ」


 叱られたシャラよりも叱りつけたマイアレイアの方がヘコんでいる様子で、シャラはなんだかそのことがひたすら申し訳なく感じた。


 ふわりとシャラの肩に触れるものがある。

 シャラが脱ぎ捨てていたジャージの上衣をヴァルターが引っかけたのだ。


「……なんだ、その……俺らもそこまでさせる気は無かったんだよ」

「お前が失敗しても終わりじゃねぇんだ。人族の根性を舐めるなよ」

「んだ。そう簡単に命預けると思っただか?」

「お前みたいな子どもに全部背負わせて生き延びるような、玉無し野郎になった覚えはねぇんだがな」

「サメも居なかったしな」

「だが、まあ、よくやったよ! お陰様で皆助かった」

「おう! 流石ドラゴンってとこだな」


 冒険者たちは口々に、シャラを讃え、労い、そして少し申し訳なさそうに諫めた。


 それはきっと冒険者が冒険者に対する態度なのだろう。

 為すべき事の領分を超えて突っ走ってしまった後輩への。


 シャラは嬉しくて、情けなくて、震えて声が出なかった。


「ほら、こっち来て。馬車の中でちゃんと手当てするから」

「あ、はい……」


 女性陣に促されて立ち上がり、肩を貸されかけたシャラだが、すぐに『これだけ軽いんだから持って行く方が早い』と判断されたらしくお姫様抱っこで抱え上げられた。


「馬車はどうだ?」

「無事だ。馬は潰されちまったが、最悪、自走動力に切り替えりゃ帰れる。本当はこんな事に触媒使いたくないんだけどな……」

「燃費悪いんだよなこれ……終わったら代わりの馬を寄越してもらおうぜ」


 冒険者たちは早くも頭を切り替え、戦闘後の処理を始めていた。


 日曜大工の心得のある者たちが馬車の様子を確認している。

 あの死闘の最中、こちらの逃走を阻止するつもりだったのかフレスヴェルグは器用にも馬車馬を狙っていた。石化ブレスのお裾分けで彫像と化した馬たちは、羽毛弾を受けて砕かれていた。


 並行して、冒険者たちは積み上げられた魔物の死体を片付け始める。

 上半身を失ったフレスヴェルグの死体は四人がかりで引きずられてきた。


「どうする? これだけ血が流れたら、遅かれ早かれ他の変異体も嗅ぎつけて来ちまうぞ」

「だからって死体は放置できないだろ、解体バラして持って帰るんだから」

「仕方ねえ……ここを暫定キャンプにするか。来るなら来いってんだ」

「連中、向こうの森に居るんだろ? あそこの丘を見張りに使うぞ」

「とりあえずブツ切りにすりゃいいんだよな?」

「おーい、荷車組み立てるの手伝ってくれ」


 マイアレイアはそのどちらにも加わらず、じっと立ち尽くしているのを、馬車の中に運び込まれる間際、シャラは見た。

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