【1-26】ソィエル平原西部 / 冴えたやり方
フレスヴェルグは、風を操る超巨大な鷲の魔物だ。
外見は白頭鷲に近いが、鮮やかな金茶色の装飾的な羽根が身体の所々に存在する。そして、何より大きい。ドラゴンの子どもとなら張り合えるくらいに大きい。
風を操る能力によってアクロバティックな飛行が可能なほか、かまいたちを起こして敵を切り裂いたり、突風を起こして人族の生活領域を破壊したり、天災と言ってもいいほどの能力を持つ。
原種ですらそれほどの存在だ。
そしてその変異体は、更に厄介な能力と奇抜な外見を手に入れていた。
黄金の剣山をスカーフにしたみたいに、ゆったりとした金の棘が首回りに存在している。
「俺、あいつだけは知ってます。切り札級の能力を持つ『変異体』だって話で。
……どういう原理か知らないですが半分石化毒鶏化してます。蹴爪、クチバシ、スカーフみたいな金の棘に石化の毒があって、果ては石化ブレスまで吐くそうです」
「マジかよ。……あいつが街に来てなくて良かったぜ」
「まさか睨まれるだけで石化とか言わねえよな?」
「そこまでは」
「そうかよ。だったら充分だ」
フレスヴェルグは緩やかに羽ばたいて滞空し、鋭く精悍な目でこちらを睨み付けていた。
敵意や殺気は感じさせるが、なかなか向かってくる気配が無い。
「……下りて来ないな」
「あれでは魔法も射程外だぞ」
「こっちから飛んでくのは……相手がフレスヴェルグほどの大物じゃ、きちぃか」
「しかし、これじゃ向こうも仕掛けられん……」
と、思っていたが。
フレスヴェルグは高く鳴くと、一際大きく力強く羽ばたく。
何かがばらりと広がった。空という一枚の絵に砂をこぼしたかのように。
「何だ……?」
ばらまかれた『何か』は冒険者たちの方へ降って来た。
撃ち出された矢のように、風切り音を立てて。
「≪対衝大障壁≫!」
防御の魔法が行使され、光の壁が屋根のように辺りを覆った。
まさに間一髪。
雹でも降って来たかのように、光の屋根は騒々しく乱打された。
「羽根!?」
割れかけた光の防御壁に、防御壁から外れた地面に、針山に突き刺された待ち針みたいに細かな羽毛が突き立っていた。
「おい、こんな技もあったのかよ!」
「ごめんなさい、俺も今知りました! って言うか、多分これも石化の応用です!」
よく見ると羽毛は芯の部分が石化しており、重みを増している。
羽ばたきによって毛を撒き散らしつつ己の能力で石化させ、風を操る能力で撃ち出しているということだろうか。
「まずいですね防御強度が足りません。全員守ろうと思ったら防御範囲を広げるしかなくて全弾命中しちゃうので削りきられます」
障壁を展開していたビン底眼鏡氏が早口に所感を述べる。
「あいつがツルッパゲになるまで羽根を防ぎきれるか!?」
「そこに積み上がってる死体を使ってもいいんなら行けると思いますけどね」
ビン底女史が指差したのは、今し方討ち取った変異体の死体の山だ。
加工前の魔力資源の山とも言える。ここから魔力を引っ張り出して使うことも一応可能だ。
フレスヴェルグの攻撃は、魔法で無から羽毛を生成しているわけでもなさそうなので、どこかに『弾切れ』がある筈。
それを待つという作戦が無いわけでもない。上手く行くかは別として。
「次が来るぞ!」
「おっさん、お前も防御に回ってくれ!」
フレスヴェルグがエールを出す応援団みたいに縦に横に大きく羽ばたいた。
先程よりも更に多い羽根が美しい放射状に広がる。
広がりすぎている。
――狙いがおかしい? こんなに広がったら広範囲にばらけすぎて俺らには当たらないんじゃ……
と、思ったのも束の間。
広がりすぎた弾幕は、途中から収束に転じ、カーブを付けて冒険者たちを狙う軌道となった。
「うわああっ!?」
暴力的なスコールが冒険者たちに襲いかかった。
魔法の障壁は全員を包むようにではなくて、若干離して屋根のように展開していたのだ。
それを迂回して滑り込んでくるような軌道で羽根が降ってきた。
「大丈夫か!? 石化してないか!?」
「石化は大丈夫みたいだけど……これ結構やばい威力だわ!」
自らの防具で防いだ者、盾手の陰で守られた者も居たが、ほとんど全員がダメージを受けていた。
歴戦の冒険者たちは、シャラほどではないにしても身体が丈夫だし、装備も高等なものを使っている。
少なくとも現時点で致命傷を負っている者は居ないようだが、このまま何度も攻撃を受けていてはどうなるか怪しい。
「≪治癒≫!」
治療師が回復魔法を振りまいて傷を塞いで回る。
「変化球もアリなのかよ……!
クソッ、シューティングゲームのボスみたいな事しやがって!」
顔を庇った腕に刺さった羽根を抜きつつ、シャラは毒づく。
何をどうやって変化球にしたのかは分からないが器用な奴だ。こちらが防御していると見るや、正面突破を図るのではなく技を見せつけてきた。
「今度羽根が飛んできたら総出で防御してくれ」
「防ぐだけじゃいつかはやられるんじゃないか!?」
「いや、その前に向こうからこっち来るみたいだぞ」
このまま羽根弾で削り殺す気かと思いきや、どうも満足いく結果ではなかったようで、フレスヴェルグは急降下してくる。
そして先程の半分くらいの高度まで来たところで再び滞空。
辺りには風の渦巻く音がして、シャラは漏れ出る魔力を感じ取った。
「ブレスだ!」
「あんな遠くから?」
「あいつはフレスヴェルグです、風を操って……」
『ブレスの中身を風に乗せてこちらを狙い撃つつもりでしょう! この距離はおそらくむこうの風操作の射程範囲内です、ブレスを吹き散らそうとこちらが風の魔法を使っても相殺されるか、下手すれば押し負けます。なので別の方法で防御を!』とシャラが言うまでもなく、冒険者たちは状況を察したようだ。
「なるほどブレスは風で防御するのが定石ですが難しそうですね。
では皆さんよろしく耐えてください。≪予防免疫≫!」
ナチュラルに早口なビン底女史が防御の魔法を使う。
シャラたち全員がぼんやりとした光に包まれた。
しかし、その途端にフレスヴェルグは大きく羽ばたいた。
「なっ!?」
「『羽根』も使ってきた!」
弾丸のように大量の羽毛を撃ち出すのと同時、フレスヴェルグは大きく頭をのけぞらせ、石色のブレスを吐いた。そのブレスは鋭い螺旋を描き、むしろレーザーか何かのように一直線に飛んでくる。
「「≪対衝障壁≫!」」
術師たちが光の壁を生みだした直後、石化ブレスと羽根弾の嵐が同時に襲いかかってきた。
だが、石化ブレスは直撃する直前に曖昧に散る。
風向きが変わった。
「ぐはっ!」
「きゃああ!?」
地面に巨大な傷痕がいくつも付けられた。
フレスヴェルグの風を操る能力によってカマイタチが発生したのだ。
それは形の無い巨剣が何本も振り下ろされたようなもの。
誰のものかも分からない血飛沫が乱れ飛んだ。
――こっちの出方を見て、途中で風をブレス運びからカマイタチに切り替えた!? こんな曲芸もできるのかよ……!
羽毛弾は光の障壁によって辛うじて防がれる。
しかしカマイタチの直撃で三人ほどが重傷を負っていた。
「こいつ……! さては仲間を捨て駒にして俺らの能力を把握しやがったな!」
「魔法の手数を見てたのかよ!」
「攻撃射程もな」
ヴァルターが言う通りで、フレスヴェルグは見事すぎるほどに間合いを調節していた。
こちらから魔法を当てるのが絶妙に厳しく、その他の遠隔攻撃手段も届かないか効果が薄い場所を旋回している。
再度、風の唸りがフレスヴェルグを取り巻き始める。
「まただ!」
「くっ、回復が間に合わない……!」
冒険者たちは武器や盾を構えて方円陣のように集まり、全周防御の態勢を取っていた。
治療の手が足りない。
いや、そもそもここで先程と同じコンボを決められたら、防ぎきれるだろうか?
「ブレスは俺が防ぎます! 代わりに≪元素障壁≫でカマイタチを防いでください!」
シャラは意を決し、光の屋根から外れてフレスヴェルグを見上げる。
フレスヴェルグはシャラを見ていたが、とりあえずこのまま攻撃を仕掛けてくる。
羽ばたきによって羽毛が舞い散り、同時、石化のブレスが放たれた。
魔力が練り上げられる。ベキ、パキ、と音を立て、シャラの首から下顎に掛けては漆黒の鱗に覆われた。
そして。
「アアアアアアア――――ッ!!」
打ち下ろされる石色のブレス目がけ、シャラは鋭く輝くエネルギーのブレスを吹き付けて迎撃した。
霧吹きのように拡散しつつ飛んだブレスは、石化のブレスとぶつかり合って破裂のような爆発を起こす。相殺したのだ。
向かってきた羽毛弾もあるものは焼け落ち、あるものはエネルギーの爆圧に煽られて吹き飛んだ。
直後、風が唸る。
ブレスを乗せてきた風がカマイタチと化して襲いかかる。
「≪元素障壁≫!」
だが見えざる風の刃は周囲に展開された光の壁によって阻まれ、地面に半端な傷を付けただけで消滅した。
冒険者たちが歓声を上げる。
「すっげえ!」
「それがガイレイを倒したブレスか!?」
「省エネ版です! 威力と射程を犠牲に、拡散させて石化ブレスを相殺しました!」
今のブレスはシャラが貯蔵する魔力を使ったもの。実はシャラも、普通のブレスくらいなら触媒無しで吐くことができた。
「シャラ、触媒があれば最強ブレス使えるのか?」
ヴァルターが問う。
フレスヴェルグをシャラのブレスで撃墜することを考えたらしい。
「皆さんが人工触媒を寄付してくれるなら!
……あそこにある天然触媒だと多分無理です。あの大量の魔力を抽出するのに時間が掛かりすぎます」
「よしやれ!」「頼んだ!」「任せた!」
冒険者たちは頷き合い、即座に触媒を差し出した。
虹色の液体を収めたスチームパンク試験管みたいなものが次々と手渡される。
「判断軽すぎませんか!? もし外したら触媒不足でジリ貧ですよ」
「まあ冒険者って、勝ち目がある賭けならいくらでもしよるもんやし」
「あ、流石に自分が使う分は残してくださいね……?」
試験管みたいな人工触媒の容器が、シャラには重く感じた。
シャラは人族の敵であるドラゴンだ。だが彼らはシャラを信頼して命を預けた。
いや、命と言えるかは分からないが、とにかくこの状況で触媒の残量は何より気にすべき事項の一つ。それをシャラに託し、賭けたのだ。応えなければならない。
「なら、これ以上やられる前に行きます!」
「やっちまえ!」
シャラはランドセルを下ろし、その中に入っていた自分の人工触媒も抜き放つ。
人工触媒の束を抱え、シャラはフレスヴェルグに狙いを定めた。
フレスヴェルグは警戒した様子を見せつつ旋回していた。
攻撃を防がれたことを気にしているらしい。
だが、奴は攻撃の予備動作の間、動きを止める。そこを狙い撃つのがシャラの作戦だ。
――来た……!
間もなくフレスヴェルグは滞空状態になる。風が唸り、舞い上がる。
次の攻撃を仕掛けるつもりだ。
シャラは手にしていた触媒に呼びかけ、その力を解放した。
容器に収められた液体が輝きを失い、抽出された魔力がシャラの周りに渦巻き始める……
その時だ。
「なんだ? 逃げる気か?」
「まずい! ブレスを読まれた!」
フレスヴェルグが急にこちらに背を向け、一目散に高度を上げつつ距離を取り始めた。
まずいことに、触媒から引っ張り出した魔力はもう戻せない。
シャラはドラゴンとしては魔力の器が(ゲームに喩えるなら最大MPが)小さすぎて、こんな量の魔力を長時間保持しておくことは不可能だ。
今使わなければ、練り上げた魔力は霧散して浪費される。
いっそ適当にブレスをぶっ放してしまおうかとも思った。
だが、それで外したら無意味だ。
――あの必殺ブレスは、なるべく細く短時間に収束させて威力を上げてるんだ!
触媒の量もこないだより少ないから融通効かないし、避けられたら後が無い!
決断するまでの時間は刹那。
シャラは体操着シャツの背中から皮膜の翼を展開し、羽ばたいて舞い上がった。
みるみる高度を上げたシャラは空を裂くように飛翔し、逃げようとするフレスヴェルグに追いすがる。
ブレス用の魔力をギリギリまで翼に割り振って飛行能力を強化。
スピードは……シャラの方が若干速い!
――近すぎると風にやられるか!? なんとかギリギリまで近づく……!
フレスヴェルグが大きく羽ばたいた。
羽毛が飛び、それが背後のシャラ目がけて撃ち出される。
一直線な弾道。シャラはほんの少し左にズレて回避した。
それを肩越しに見て、フレスヴェルグが急旋回した。
「ん!?」
シャラの方を向いて滞空したフレスヴェルグは、滅茶苦茶な速度で羽ばたきまくる。
大輪の花か、あるいは曼荼羅タペストリーの模様みたいに大量の羽毛が舞い散って、それが全てシャラの方を向いた。
点描の絵か何かかと思われるほどの密度で羽毛弾が向かってくる。
あるものは一直線に、あるものはカーブを付けて、シャラを包み込むように。
そして、風が唸る。見えざる刃が迫るのをシャラは感じる。
――まだだ……!
外せない。
確実に当てる。
最も隙が大きくなる瞬間。狙うべきは、カマイタチが来る時。
羽ばたき風を切って突撃しつつ、空中でシャラは猫のように身を丸め、頭を抱えた。
羽毛の嵐が向かってくる。突き立つ。
衝撃。痛み。なるべく正面から見た面積が小さくなるよう、飛び込むように飛んだが、それでも皮膜の翼が引き裂かれ、エーテル実体の翼に穴が空く。修復に魔力を回す余裕は無い。
そこに続けてカマイタチが襲い来る。
奇怪な風が唸りを上げた。
腕が裂け、頬が裂け、足が裂け、血が流れ。
しかしシャラは生きていた。
迫る。
迫る。
迫る!
「…………ァァァァァアアアアアアアア――――――――ッ!!」
世界の全てが白黒に染まる閃光。
シャラが吐き出したブレスはフレスヴェルグの胸から上を蒸発させ、一瞬で絶命させていた。




