【1-24】ソィエル平原西部 / 愛玩と哀願
いくつか計算違いがあった。
「あーん、綺麗な黒髪ー。すべすべー」
「あのー……」
まずここは、狭い国土に交通網をバリバリ発達させた日本ではないし、人族は普通、ドラゴンのような便利な翼も持たない。そのため移動の時間は長く退屈になりがちで、必然的に人々は暇つぶしに飢える。
「柔っこいお手々ねぇ。私なんかタコだらけよ。でもあなた、この手から鉤爪を出せるのよね?」
「そのー……」
また冒険者という人々は、傾向として言うなら怖い物知らずで順応性が高い。少なくとも普通に街の中で生きている人々よりは余程。
「いやあ気になりますね! ドラゴンの生態についてまさかドラゴンから聞ける機会があろうとは! どうか学問の発展のためにご協力ください! まず好みの異性のタイプは!?」
「えっと……」
そしてこの場には高ランクの冒険者ばかりが集まっており、その中にはシャラの監視をしていた者が少なからず居て、『恐ろしい』とは言い難いシャラの気性を把握していた。ヴァルターがそうであったように。
「きゃっ! この子すごい過激なおパンツ!」
「ちょっとー!?」
二台の馬車に詰め込まれ、任務地へ赴く道中。
シャラが女性陣のオモチャにされるまで三十分と掛からなかった。
「この世界に人権という概念はまだ無いのですか」
藁か何かが詰まっているらしいクッションの上にシャラは座っていて、その周囲、至近距離に女性冒険者たちが集まって膝に抱くなり撫でさするなりしてシャラを愛でていた。
客観的に見ればそれはハーレムのような図ではあったが、主観的な気分としては蛇の壺に放り込まれた生き餌の気分だった。
「ねえねえ、雌のドラゴンって群れの中でどういう生活してるの?」
「ああそれは確かに興味深いですねえ。雄に比べると雌のドラゴンの文化は未だに謎が多い!」
金髪ショートの少女剣士と、ビン底眼鏡の怪しい女学者がシャラに迫る。
雌のドラゴンが人族の前に姿を現すことは稀なのだ。
生殖能力が低いドラゴンにとって、母体たる雌はなるべく戦わせず温存するもの。一夫多妻も普通なので、戦いを生き延びた強い雄が複数の雌を従える形となる。
そんなこんなで人族世界では雄より雌のドラゴンの方が謎多き存在となっているのだが、その謎を追ってシャラに当たるならお門違いだ。
「残念ながら、俺を『雌のドラゴン』だと思って質問してるならご期待には添えかねますね」
「どうして?」
「まさか男の子だったり!?」
「じゃなくて……いや、半分当たりですけど」
答えにくい質問を当たり障り無くいなすにも限界があるわけで、耐えかねたシャラは音を上げぶっちゃける。
「一週間前までは雄だったんですよ。しかもほぼ成体の。
追放に際してガイレイに呪いを掛けられてこんな姿にされたんです。
だから俺を『女の子』って考えるのは止めた方が良いかと思います……いろんな意味で」
質問攻めもそうだが、こうやってくっついてくるのもあくまでシャラが女の子だと思ってのことだろう。
それはなんだか騙しているような気がして早めに誤解を解いておくべきだとシャラは考えた。後々バレるより、この方が傷も浅くて済むだろうと。
シャラのカミングアウトに、女性陣のほとんど(シャラの監視についていた者は知っていたようだ)はぽかんと口を開けて唖然とする。
だが、馬車が揺れる音だけが聞こえる数秒間の静寂の後、彼女たちは爆発した。
「待ってあなた元々男って「呪いって何!?どうい「これはなんとも奇想天外!男性と女性の「ああそっか、なんか納得し「元はどんな男だっ「ドラゴンの魔法!?原理は!?「したあなたに男女の感覚がどのように違うか伺いた」妙にがさつな印象あるもの」可愛いのは元が美形だから!?」ガイレイを倒したのに消えないの!?」お相手の有無を問わず行為に及んだ経験」だとしたらあなたほぼ男の子って」特に関係無いの!?」ガイレイを倒したのに消えないの!?」違いがありましたか!?」格好に抵抗無いの!?」
「ぎゃーす!?」
先程までの3倍くらいの勢いで揉みくちゃにされながらシャラは質問攻めにされる。
「シャラちゃん、油ぶっかけても炎は消されへんで」
馬車の反対側に背をもたせかけて座るマイアレイアが呆れた顔をしていた。
「ツッコミが的確すぎてぐうの音も出ねえでごわす。
……ところで今、誰かドサクサ紛れに酷いこと言いませんでした?」
「大丈夫。安心して。あなたがちゃんと女の子として生きられるように、手取り足取り教えてあげるから」
外見的にはシャラと変わらない年齢に見える、ピンク髪ツインドリルの女ドワーフ戦士がシャラの手を取り目を潤ませて言う。
背後から覗き込む女性陣数人が重々しく頷いていた。
「あの、なんでそんな良い話みたいなニュアンスに? 俺むしろ元に戻る方法とか探す方が……」
「そんな方法、あるとは限らないんじゃない?」
「どっちにしても今日明日で元に戻れるわけじゃないと思うし」
「そんなに可愛いのに元に戻っちゃ勿体ないわ。ああ、でも元の姿も見てみたい!」
きゃいきゃいと勝手に盛り上がるお姉様方に、シャラはただ圧倒されていた。
彼女らの行動原理は極めて単純に言い表せる。
『シャラが可愛い』と。
「美しさは罪や言うけど、可愛いのも罪なんやな」
「うぎぎぎ」
嫌われるよりはマシだ。ひとまず受け容れられてはいるのだから悪くない……
そう自分に言い聞かせるシャラだったが、何か根本的に間違っているような気もした。
「おい、お前ら! 楽しいおしゃべりの時間はそこまでだ」
御者の隣に座っていた重装鎧の戦士が馬車の中を振り返って声を張り上げる。
「なんやなんや?」
「連中、俺らの接近を嗅ぎつけたようだ。お出ましだぜ」
和やか(?)だった馬車の空気は一瞬にして塗り替えられた。
冒険者たちは即座に得物を手にし、次いで前方を覗き込み、出遅れた者は後ろの出入り口から即座に飛び出せる体勢を取る。
馬車が走るのは、のどかで緑豊かな草原に刻まれた轍だけの道だ。前線都市ファルエルよりも東に当たるこの場所は人族の居住領域ではないが、『黒の群れ』に対抗するための前線基地や探索拠点がいくつか存在し、そこと行き来する人々があるのだ。
むせ返るほどの草の香りがする風を、不気味な羽音が乱す。
編隊飛行する黒い影が前方の空に現れていた。




