【1-23】前線都市ファルエル 冒険者ギルド前 / パーティー結成
明くる朝。
冒険者ギルド前に物騒な人々が集まっていた。
冒険者は自らをアピールするために派手な格好をするのが常であるとかで、その傾向は高位の冒険者ほど顕著だ。
下の方の冒険者は、そもそも装備に掛けられる金も乏しいので、身につけるのは実用一点張りの量産品になりやすい。
翻って、高位冒険者は自分用の装備をオーダーメイドで誂えることが多く、性能とデザインを両立させた逸品を買えるだけの財力がある。
ガイレイが率いてきたほどの魔物を討伐に出ようというのだ。
粒ぞろいの冒険者を集めた冒険者ギルドの前は、勇者の最終装備みたいな鎧を着た戦士だの、アーティスティックな怪盗風衣装の盗賊、露出狂なのか疑いたくなる姿の女魔術師などなど、キャラクターデザインの見本市みたいな有様だった。
そんな中、注目を集める女子小学生が一人。
「ううう……視線が刺さる。ヒソヒソ声が胃に悪い……」
そういう方向性のヒソヒソではないと分かってはいるのだが、こういうシチュエーションが根本的に知的生命体にとってよくない。
ジャージ上下にランドセルという『体育の後着替えるのが面倒でそのまま帰ってきました』系小学生のスタイルをしたシャラだが、別に変な格好をしているからヒソヒソされているのではない。多分。
もうシャラの顔を知っている者も多いのだろう。話題のドラゴンがこんな場所に姿を現したら、そりゃあヒソヒソするに決まってる。
視線に耐えかね、シャラは集団の隅っこの方へ後ずさっていく。
だが、何かにランドセルがぶつかってシャラは跳ね返された。
「うわっと!」
「あ!? なんだてめ、ちゃんと周り見て……」
シャラが振り向くと、そこには法律とか割り算とか通用しなさそうな、武装した半裸のモヒカン男が居た。
彼はシャラを見下ろして、首をかしげた後に何故だか吹き出す。
「ぶほっ! おいおい、なんだよこのガキは!?
俺たちゃこれから魔物退治に行くんだ、お花畑へピクニックに行くんじゃねえんだぞ?」
まるっきり馬鹿にした調子でモヒカン男は言った。
周囲の視線が『オイオイオイ死ぬわアイツ』と言わんばかりの冷たい呆れを孕んだものになり、モヒカン男に突き刺さる。
そんな視線に気付いたモヒカン男は、若干引きつった笑顔でキョドキョドと見回した。
「……あ? なんだ? どした?」
「えーと……」
さて、どうすればいいのかとシャラは困り果てた。
微妙な身の上なので、手加減しようが何だろうが、『力を見せて認識を改めさせる』というありがちな暴力的解決は不可能。
と、なると無視するしかないのだろうが、シャラの反応が鈍かったことが気に食わないのか、モヒカン男は粘っこくガンを付けてくる。
「おいコラ、耳付いてんのかお嬢ちゃん。
お散歩気分で仕事場に入ってこられちゃ困るんだ。ガキのお守りしながら戦うなんてのは御免だぜ? 帰ってママのオッパイでも吸ってな!」
「うわ本当にこういう事言う人居るんだ。
じゃなくて、その……ぶつかっちゃったのはごめんなさい。でも俺も一応ちゃんと登録した冒険者で……」
その時、シャラとモヒカン男の間に割って入る者がある。そして、そいつはモヒカン男の顔面に何の前触れも無くグーパンをぶち込んだ。
「ぶぎゃ!?」
「えっ」
良い音がして、モヒカン男が吹っ飛んだ。
モヒカン男を殴り飛ばしたのは、ギリギリで『細マッチョ』とは言えない程度の山賊系筋肉男だった。
スキンヘッドが太陽を照り返す。
「いっっってえなクソ野郎、何しやがる!?」
「今のは聞き捨てならねえ。謝罪して撤回しろ。さもなくば俺が相手になる」
「だってめこの野郎! 腕一本ぐらいは覚悟しろよ!?」
シャラが何かをする暇も無く、モヒカンVSハゲの戦いが始まった。
拳が肉を穿つ重い音を響かせ合い、男二人が至近距離で殴り合う。
躍動する筋肉。しぶく鼻血。『血湧き肉躍る』とはこういう状態なのだろうか。違うかも知れない。
「やっちまえ!」
「ほら、そこで右だ!」
冒険者たちは固唾を飲んで見守る、かと思いきや半分くらいは野次馬としてはやし立てながら成り行きを見守っていた。
「ちょ、ちょっと待っ……俺そういうのいいんで……」
「やめとき、多分、止めた方が面倒なことになるで」
自分のせいで喧嘩が始まってしまったのだから止めなければならないような気がして、シャラは割って入ろうとする。しかし、そこでシャラのランドセルを掴んで止める者があった。
奔放にカールした新緑色のショートヘア、エメラルド色の目にとんがった耳。
ショートボウを腰に吊り下げたエルフの女性だ。
「あなたは……えっと、マイアレイアさん」
「あら嬉しい、覚えててくれたんやね!」
「それはもう」
入門審査の時にちょっとばかり世話になっただけだが、何しろ人の世界に来て最初に会った相手なのでかなり印象に残っている。エルフに対する幻想とか、そういうものをぶち壊してくれる軽さの訛り口調と共に。
そうこうしている間に乱闘には決着が付き、ボコボコにされたモヒカン男は伸びていた。
「なんだ、イキってたくせに口ほどにもねえ」
「て、めぇ……」
「俺たちゃこれから魔物退治に行くんだ、お花畑へピクニックに行くんじゃねえんだぞ?
誰彼構わず突っかかって調和を乱す。俺と殴り合ってあっさり負ける程度の実力しかねえ。
そんな足手まといのお守りをしながら戦うのは無理ってもんだぜ」
スキンヘッドの男は埃を払うように手を撃ち合わせて皮肉っぽく笑う。
「特に、相手の力量を見極められねえってのが致命的だ」
「あと情報に疎いってこともな。今この街に居てこの子のことを知らへんやなんて、アホの証明にしかならんわ」
マイアレイアが意地悪く笑い、ぱんぱかぱーん、とばかりに手をかざしてシャラを引き立てる。
「グエルガ・ズア・シャラ。
『黒の群れ』を追放され、竜王ガイレイを倒したドラゴンや」
「ど、どうもー……」
この展開はもはやギャグではないかと思いながら、ジャージ上下にランドセルのドラゴンは挨拶をした。
「あひっ……」
モヒカン男は名状しがたき声を上げ、誤魔化すようにヘラッとした笑いを浮かべたかと思うと、身体を引きずるように立ち上がり、ふらつきながらも脇目も振らず逃げ出した。
そしてギルド本部前には平和が戻った。
モヒカン男が見えなくなると、スキンヘッドの男はぐるりと振り向いてシャラに手を合わせ、頭を下げる。
「……余計なお節介だったら済まん!
ああいう手合いは適度に痛い目見せてやるのが一番早いんだ。でも、お前さんはそういうことしちゃまずい立場だろうと思って、割って入らせてもらった」
「いえ、あの……ありがとうございます」
強引ではあったが最適解の対応をしてくれたと言えるだろう。
お礼を言ってスキンヘッド男の顔を見ると……こっちも見覚えがあった。
「あ! でっかい箱持って歩いてた人!?」
「や、あの時は本当に申し訳ない」
大通りでシャラにぶつかって、持っていた荷物の下敷きにしてしまった男だった。
「実は俺、お前の見張りにも付いてたんだ。全身ガチガチに固めて顔も兜で隠してたし、会話するのも駄目って言われてたから分からなかったと思うけどな」
「そうだったんですか!?」
「おうよ。こう見えて俺はな、南の方でレッドドラゴンと何度か戦って、翼を斬り落としたこともある腕利きなんだぜ。その腕をギルドに見込まれてな」
ガッツポーズするスキンヘッドさんは意外にも凄腕の冒険者だったらしい。
そして、シャラの見張りをしていたという事は多少なりシャラのことを知っているという事でもある。
「じゃ、俺の本性もしっかりバレてるわけですね」
「あー、まあな……で、でもよ、宴会の時の演技も格好良かったぜ!?」
「なんかかえってみじめな気分になるのでフォローしないでいいです……」
この場合、むしろ取り繕わなくて済むのでシャラとしては気が楽なのだが、フォローされるとそれはそれで何か悲しかった。
なにしろ元人間だし、みそっかすだったし、ドラゴンにあるまじき小市民だ。『ドラゴン』という看板に見合わない自覚はあった。
「……ところでお前、もうどっかのパーティーに入ってるのか?」
「パーティー?」
「パーティーっちゅーのは冒険者が組むチームや。
この討伐は全員で集団行動言うても冒険者は普段からパーティー単位で動いとるさかい、実際はパーティー毎に動くことになるねん」
確かに言われてみれば、周囲の冒険者たちはなんとかなく数人ずつのグループに分かれていた。
「単独で参加しても、単独で身軽に動いたり、他所のパーティーの援護に入ったりはできるから仕事がないわけじゃないがな。やっぱ面倒だし。
つーわけで俺は、まだこの街でパーティー組んでない奴同士、マイアレイアと組んだんだ。
よかったらお前も俺らのパーティーに入らないか?」
「別にパーティー言うたかて永久的なもんとちゃうからな、ひとまずこの仕事の間だけでもどないや」
「願ってもないです。周りが知らない人ばっかりで声も掛けにくかったので」
二人の申し出に、一も二も無くシャラは飛びついた。
袖擦り合うも多生の縁と言う。
知らない人たちから独りでヒソヒソされ続けるよりは、ちょっとでも関わりがあった人とグループを作っておきたいというのが正直な気持ちだった。
シャラの返事を聞いてマイアレイアはガッツポーズする。
「よっしゃあ! ウチのパーティーがドラゴンもろたでぇ!
あらためてよろしゅうな、シャラちゃん。ウチはマイアレイアや!」
「俺はヴァルター。よろしくな!」
「よろしくお願いします!」
スキンヘッドさん改めヴァルターは、まださっきのモヒカン男の鼻血が付いてる拳を差し出して握手をしようとした。
そしてすぐ返り血に気が付いて、苦笑しながらそれを拭った。




