【1-21】前線都市ファルエル グレイ家 寝室 / PM3時30分の幻想
結局、シャラがもう一度冒険者ギルドへ行って戻って来たとき、もうマリアベルは自力で帰宅していた。
「と言うわけで、これを貰ってきました」
とりあえずベッドで安静にしているマリアベルに、シャラは白銀色のドッグタグみたいなプレートを見せる。
冒険者ギルドにて発行された冒険者証だ。
プレートにはシャラの名前と、それを囲むいくつかの記号が刻まれている。
記号が意味するのは生年、種族(まさかドラゴンなんて普通あり得ないので『その他』として登録された)、性別(遺憾ながら『女』で登録された)、登録した冒険者ギルドの場所、登録職種(試験での戦い方が戦い方だったのでひとまず『格闘家』にされた)、冒険者等級などだ。
ちなみに、等級によって冒険者証の材質が変わったりはしない。
魔法的な加工がしやすくて頑丈なミスリル銀で統一されている。
マリアベルは冒険者証を受け取って、等級を表す記号に目を落とす。
「すごーい、いきなり第五等級?」
「……基礎スペックを考えたら下限だって釘刺されましたよ。
触媒無しで魔法使えて、爪と尻尾とブレスっていう強力な武器を持ってて、人とは段違いで能力が高くて、ガイレイを倒した実績もあって……ここまでチートだと本当は第七とか……竜王討伐の功績を考えたら第九でもいいはずだったって。
でも戦い方がまるでダメだし、冒険者としての経験も無いから第五等級で止めるしかなかったって」
「充分凄いわよ。第四等級か、良くて第五止まりで引退ってのが普通なんだから」
だいたい『冒険者』という仕事そのものが普通とは言い難いものではあるのだが、超常的な能力を持つわけでも伝説を作るわけでもなく、日々コツコツと地道な仕事をして糧を得る冒険者も結構居るわけで。そうした人々が辿り着く地位が、第四や第五であるという話だった。
投げ返してもらった冒険者証を、シャラも改めて観察する。
「冒険者証って案外シンプルなんですね」
「見た目は確かにシンプルよね。
重要なのは見た目じゃなくて、これが魔法的な割り符であるってことだから。
それでも照会先はこの街のギルド支部だから、偽造して他所の街で使われる危険はあるんだけど」
「ま、身分証明になるんならなんでもいいですよ。
それにこれで冒険者として堂々と仕事に参加できますし。
マリアベルさんの分も頑張ってきますから、ゆっくり休んでてください」
「そうね……」
マリアベルは肩をすくめた。
彼女は意外なほど顔色が良くなっていたけれど、たとえ一時的に体調が回復したとしても、あんな倒れ方をされた後では信用できない。
「体調はどうですか?」
「大丈夫よ。でも、足手まといになっちゃ悪いから、遠征には付いていかないことにしたわ」
「そうしてください。
……どうせ街に居るなら居るで病院巡りとかするんでしょうけど、気をつけてくださいよ?」
「場所が病院ならいつ倒れてもベッドがあるから大丈夫だって」
「笑えませんって……」
冗談ではなく本気なのだろうと、だいたい分かってしまうからシャラは笑えない。
マリアベルはきっと、そういう人だ。
体調が思わしくないのだからまず自分の事を考えてほしい。
しかしマリアベルにとって、自分がどうなろうと誰かを助けることの方が大切なのだ、きっと。
心配になると同時に、シャラはそんなマリアベルの気性を好ましく思った。こんな自己犠牲的な善性をドラゴンの群れの中で見た覚えは無かったから。
「そうだ、これ開けてみて」
マリアベルが指を鳴らすと、寝室のソファの上に置いてあった箱がふわりと浮かんで飛んできて、シャラの手に収まった。
「晴れて冒険者になったお祝い。
シャラに丁度良いサイズの冒険用鞄、買っといたよ」
「わあ! ありがとうござい………………ますか?」
箱を開けてみて、シャラは、大いなる疑問により硬直した。
箱形に近いフォルムの背負い鞄だ。
革を厚く縫い合わせた堅牢な構造をしており、鮮やかに艶やかに炎のように赤い。
ものすごく、前世で見覚えのある物体がそこには収まっていた。
「なんで疑問形?」
「ランドセルですよね!? これ女子児童向けランドセルですよね!?」
「らんどせる?」
その物体はどこからどう見てもランドセルだった。
ドラゴンの群れの中で生きてきたシャラは、こちらの世界の人族社会については通り一遍の知識しか持たないが、ランドセルなんて物がこちらの世界にも存在するとは知らなかった。
実際のところ、用途や名前まで含めて考えればシャラが前世で見た『ランドセル』という概念には当てはまらない存在なのかも知れない。
……などと屁理屈的に考えてみても、これはランドセルに間違いなかった。
そう言えば、ランドセルはどっかの軍隊の使っていた背負い鞄が原典なのだという前世豆知識をシャラは思い出す。野外活動用の鞄としてチョイスするのはあながち間違っていないのかも知れないが、何かが致命的に間違っているという予感がする。
シャラはそれを試しに背負って、鏡の前に立ってみた。
おハイソな小学校の制服みたいな格好とランドセル、そして今の外見。
ベストマッチだった。
「似合う……違和感無く……」
「可愛い!」
「アリガトゴザイマス……」
シャラは無の心でお礼を言った。
「あとこれ、フィールドの探索に使う服。今持ってる服は、山歩きとかに向いてるのが少ないからついでに買い足しといたの」
続いて、折りたたまれた服が魔法で投げ渡される。
布地の質感はちょっと違うような気もするが、デザインは見覚えがあるものだった。
「シャラちゃんすっごい丈夫みたいだから、下手に着る物で防御力を考えて動きを妨げるよりも動きやすく……待って、どうかした?」
「…………予想通り過ぎて脱力してるだけです」
シャラはすてきなおようふくを前に脱力し、重力に耐えかねたように倒れ込む。
伸縮性に富んだ小豆色のイモジャージ上下。
厚手だが通気性の良い白いシャツ。
そして鮮やかな濃紺のブルマ。
どこからどう見ても体操着だった。
「居る……
俺みたいに地球から転生してきて、広めなくていいことを広めて俺を苦しめてる奴が多分この世界のどこかに居る……
いつか探し出して一発殴る……」
怒れるドラゴンはイカれた状況に拳と決意を固めた。
「尻尾とか羽根を出す穴が必要って事だったから、話を聞いた通りになるべく再現してみたんだけど、どう?」
「何やってんですか安静にしててくださいよ」
「まあ、多少の繕い物をするくらいなんてことないわよ」
シャツの肩甲骨辺りに両側二カ所、そしてブルマの尻部分には、スリット型ポケットと蓋付きポケットを足して割ったみたいな構造で穴を開ける改造が施されていた。
普段は閉じているが、羽根や尻尾が生えてくれば内側から穴を押し開ける構造だ。穴の部分に内側から手を通してみて、シャラはその開閉具合を確認する。
「……完璧ですね。マリアベルさん、こっちの技術でも食べていけるんじゃないですか?」
「あはは、術師を引退したらそれも悪くないかも」
マリアベルは冗談めかして笑った。
どうせなら体操着以外の服にこの技術を発揮してほしかったなと思うシャラだが、やってもらっている立場なので贅沢も言えない。
「と言うか、尻尾穴付きの下着は駄目でブルマならいいんですか?」
「それは下着と違うじゃない」
「分かるような分かんないような分かるような……」
群れの雌ドラゴンたちはどんな下着を身につけていたのだろうかと気になるシャラ。
結局シャラは、他のドラゴンたちのそういう姿を見ることすら無かった。
「あと、全く防具無しなのも不安な気がするから、私の作った呪符でよければ持っていって。
身体そのものの頑強さを上げるマジックアイテムだから、シャラちゃんには丁度良いと思うの」
マリアベルが指差す先のテーブルに丸っこい物体が置かれている。
甲虫の背中みたいにつやつやしていて、ぶら下げて身につけるためのヒモが付いていて。
それは防犯ブザーに似ていた。
「なんでこの世界は俺を女子小学生にしようとするんだよぉーっ!?」
「どうしたのシャラちゃん、枕が死んじゃう!」
「ナンデモナイデス……アリガトゴザイマス……」
ベッドに叩き付けた枕に顔を埋めて、シャラは無の心でお礼を言った。




