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おまけ 9月のお楽しみ会にて

 9月の最後の日曜日、時刻は夜7時。

 「ハイツ一期一会」のリビングルームに集合している管理人と住人たち。これより、新しく共同生活を送ることになる、七瀬川由依の歓迎会という名のお楽しみ会が開催される。

 テーブルの上に飾られたおいしそうな料理たち。そのごちそうに、お酒やソフトドリンクたちが彩りを添えてくれる。

 楽しくも賑やかに催される月に一度のお楽しみ会。その模様を、ちょっと一風変わったスタイルでお伝えしよう。


 一桑 ―「はーい、それでは、これから由依さんの歓迎会を始めます。まずは、由依さんから簡単に自己紹介してもらいますね。」

 幹事役を務める真人がそう促すと、由依は慎ましやかに席を立つ。

 七瀬川―「わたくし、七瀬川由依と申します。高校三年生です。右も左もわからない未熟者ですので、これから何かとご教示いただければと思っています。よろしくお願いします。」

 パチパチと拍手で歓迎する真人と他の住人たち。それでは乾杯しましょうと、真人の一言とともに、みんながグラスを掲げて祝杯を上げる。

 全員 ―「かんぱ~~い!」

 盛大な乾杯も終わり、いよいよお楽しみ会の幕が開けた。

 豪勢な料理を口に運び、ドリンクに酔いしれるひと時。入居したての由依にとって、それはとても新鮮な光景であった。

 一桑 ―「由依さん、遠慮しないでいっぱい食べてね。」

 七瀬川―「あ、はい。ありがとうございます。管理人さん。」

 二ヶ咲―「この料理はね、わたしたちみんなの行き付けのお店のものなの。どう、おいしいでしょう?」

 七瀬川―「本当ですね。味付けが程よくて、どれもとてもおいしいです。」

 ここらへんで、住人たちにも簡単な自己紹介をしてもらうことにした真人。

 一桑 ―「みなさんにも一人ずつ自己紹介をお願いします。順番はどうしようかな。」

 四永 ―「じゃーね、年齢の若い順番からいこうかぁ。」

 六平 ―「ということは、あたしからかな?」

 五浦 ―「ちょっと待って。それ、何だか気分的に受け入れがたいわね。」

 三樹田―「一番の年長者が誰かバレちゃうからネ。フフフ。」

 五浦 ―「・・・ジュリー、黙りなさい。」

 あかりの気迫のこもった眼差しに、ジュリーは失礼しましたと押し黙る。

 話し合いの末、入居期間が長い人からというややこしい順番で決まった。管理人になりたての真人にしてみたら、住人たちが入居してきた順番を知るいい機会であった。


 一桑 ―「では、一番最初にここへやってきた人からどうぞ。」

 五浦 ―「もう・・・。結局、わたしからになるんじゃない。」

 ぶつくさ言いながら、憮然とした顔で自己紹介を始めるあかり。

 五浦 ―「わたしは五浦あかりよ。マイナーの出版社の雑誌で、したたかな漫画を連載しているわ。そういう職業柄、アパートにいる時間も長いから、わからないことがあれば聞いてちょうだいね。」

 七瀬川―「よろしくお願いします。あかりさんは漫画家なんですね。どんな漫画を描いてらっしゃるんですか?」

 四永 ―「確かぁ、ドッロドロした恋愛ものだったよねー?」

 五浦 ―「違う。」

 三樹田―「えーとネ。スペクタクルなSFものだったはずヨ。」

 五浦 ―「それも違う。」

 潤もジュリーも正解を知りつつ、あかりのことをいじって弄んでいる。いい加減にしなさいと、麗那が苦笑しながら、そんな意地悪な二人を諌めていた。

 一桑 ―「あかりさんはね、男臭いハードボイルド作品を描いているんだよ。絵のタッチが力強くて、物語もよく練り込まれていてね。おもしろいんだ、これが。」

 七瀬川―「ハードボイルドですか。ぜひとも読んでみたいな。」

 あかりは褒められて嬉しかったのだろうか、照れくさそうに、ドリンクをウーロン茶から日本酒へと切り替えていた。

 真人の解説を聞いていた奈都美と潤が、疑問を感じたのか、お互いに向き合って首を傾げている。

 六平 ―「あれ?マサ、あかりさんの漫画読んだことあるの?」

 四永 ―「おかしいねー、あたしだって、あかりの漫画読んだことないよぉ。」

 この二人の疑問に、麗那もそういえばといった感じで、あかりと真人に問いかける。

 二ヶ咲―「あかりは秘密主義だものね。わたしだってタイトルも知らないのに、どうしてマサくんだけ?」

 一桑 ―「そ、それはですね・・・。」

 五浦 ―「それはね、管理人に、わたしの漫画を採点してもらうためよ。」

 一桑 ―「まあ、採点というか、どちらかといえば感想といいますか。そんなところですね。」

 男性向け雑誌の漫画を連載するあかりにとって、真人のような身近な青年の声は、貴重であり有益な助言だったというわけだ。

 七瀬川―「・・・ということは、わたくしは読むことができないわけですね。」

 一桑 ―「うーん、あかりさんの思惑で言うと、そうなってしまうのかな。」

 とても悲しそうな顔をする由依を見るに見かねてか、あかりは哀れに思うあまり、つい心優しい一面をあらわにしてしまう。

 五浦 ―「いいわ。今度、わたしの部屋にいらっしゃい。こっそり読ませてあげる。」

 三樹田―「Oh、あかり、それは依怙贔屓だワ。わたしにも読ませなさいヨ。」

 四永 ―「あたしも読みたーい!いっぱいアドバイスしてあげるよぉ。」

 五浦 ―「ああ、あなたたちはダメ。どうせ、わたしのことおちょくるだけでしょうから。」

 澄ました顔で冷たく言い放ったあかりは、日本酒をちびりと飲んで頬を赤らめていた。

 ブーブー小言を並べるジュリーと潤を横目に、にこやかな表情を浮かべている由依。

 七瀬川―「みなさん、あかりさんには弱いんですね。見ていると、とてもおもしろい。」

 一桑 ―「いや実はね、あかりさんには漫画家という顔の他に、空手家という恐ろしい顔が・・・。」

 五浦 ―「管理人!次の自己紹介に行きなさい。」

 あかりの研ぎ澄まされた声におののき、真人はその戦慄に飛び上がりそうになった。そんなびくついた管理人のことを、由依は不思議そうな顔で眺めるのだった。


 一桑 ―「ははは、さーて、自己紹介を続けましょうかー。次は誰かな?」

 四永 ―「ああ、あたしかなぁ。」

 潤は待ってましたとばかりに、ニコニコしながら席を立つ。

 四永 ―「あたしは、四永潤だよぉ。お仕事は、キャバ嬢やってるんだぁ。」

 七瀬川―「きゃばじょう・・・?どんなお仕事なんですか?」

 四永 ―「キャバ嬢はねぇー、殿方に寄り添ってお酒を作って、おしゃべりしたりするのー。」

 男性の社交場を知らない清純派の由依に、潤はべらべらとキャバクラのシステムを指南する。だんだん内容が露骨になってきたので、真人は慌てふためき、はいここまで!と割って入る。

 一桑 ―「潤、由依さんは学生なんだから。身の程をわきまえないとダメだろ。」

 二ヶ咲―「そうよ、潤。過激な表現は控えなさいね。」

 四永 ―「ごめーん。つい調子に乗っちゃったよぉ。」

 潤はペロッと舌を出しつつも、すぐさま話題を切り替えて、戸惑っている由依に声を掛ける。

 四永 ―「ゆいゆいはさー、受験生なんだよねぇ?」

 七瀬川―「ゆいゆい・・・!?」

 三樹田―「フフフ、潤ったら、もう由依のことニックネームで呼んでるのネ。」

 六平 ―「しかも、由依ちゃんに了解もらってないところが、この子らしいよね。」

 四永 ―「あたしも今、美容学校に通ってるんだぁ。お勉強仲間だねー。」

 意気揚々と笑い声を弾ませる潤。その飛びっきりの明るさに、由依はすっかりペースを飲みこまれてしまったようだ。

 七瀬川―「美容学校ということは、お化粧とか勉強するんですか?」

 四永 ―「そうだよぉ。だから、ゆいゆいにも今度、愛らしいパッチリメイクを教えてあげる。そうしたらさー、あたしと一緒に男でも漁りに行こうねぇ?」

 またまた潤の節操のない発言に、真人が大慌ててで苦言を呈そうとした矢先だった。

 五浦 ―「潤。あなた、そこまでにしなさいね。」

 四永 ―「あわわ、い、痛い、痛いって、あかりぃ~。」

 あかりに頬っぺたを摘まれて、潤はゴメンゴメンと悲鳴を上げていた。この揺るぎない理性こそが、ある意味このアパートの秩序と言っても過言ではない。

 二ヶ咲―「由依ちゃん、潤のこと許してあげて。あの子、冗談は言うけど、人懐っこくて誰とでも仲良くしたがるの。」

 七瀬川―「あ、大丈夫です。わたくしも、みなさんと早く打ち解けたいですから。」

 五浦 ―「由依さん。もし、潤に悪戯されたらすぐにわたしに言うのよ。代わりにおしおきしてあげるから。」

 四永 ―「わーん、もう勘弁してよぉー。マサぁ、あんた、あかりの横暴を止めてよっ!」

 一桑 ―「な、何でオレが!?」

 ワイワイ賑やかなこの雰囲気の中で、由依の戸惑いもいつしか消え失せてしまっていた。そのぐらい、このリビングルームは、暖かくて和やかな空気が飽和していたのだろう。


 二ヶ咲―「それじゃあ、次はわたしの番だね。」

 麗那はすらりとしなやかに起立し、語りかけるような口調で自己紹介をする。

 二ヶ咲―「わたしは二ヶ咲麗那よ。ただいま、みんなに愛されるような、輝けるファッションモデル目指して修行中なの。」

 四永 ―「もー、十分輝いてるのに、センパイ、何言ってんですかぁー?」

 三樹田―「そうヨ。復帰してからというもの、メディアへの露出度上がってるじゃない。」

 そんなことないないと、麗那は照れ笑いで謙遜しているものの、モデル復帰後、今までよりも注目を集めていたのは、ここにいる誰もが認めていることだった。

 一桑 ―「そういえば、CMも決まったんですよね?しかも他のモデルと一緒じゃなく、たった一人きりの。」

 二ヶ咲―「うん、そうだけど。・・・でも、東京のローカルなCMだからね。」

 六平 ―「それでも、CMに出られるだけでもすごいと思うな。」

 五浦 ―「芽の出ないモデルもたくさんいるんだもの。これはこれで、すごいことよ。」

 住人たちから、羨望と尊敬の眼差しを浴びる麗那。新しい住人の由依もその中の一人であった。

 七瀬川―「わたくし、麗那さんのことは知ってました。学校の友達が、最近になって人気が沸騰してるモデルだと教えてくれたんです。そんな人と同じアパートで暮らすなんて、すごくびっくりしてます。」

 二ヶ咲―「光栄だわ。でもね、そんなにかしこまる必要はないよ。表向きはそうだけど、アパートではごく普通の、花嫁に憧れるお姉さんだからね。」

 愛嬌を振りまく麗那を横目にして、ジュリーとあかりの二人はニヤニヤと笑い合っている。

 三樹田―「毎晩、缶ビールを呷るのんべえなお姉さんだものネ。」

 五浦 ―「そうね。裂きイカとかチーズ鱈をこよなく愛する、ちょっとオヤジっぽいお姉さん。」

 二ヶ咲―「そこ、うるさいわよ。そんなにのんべえじゃないわ!失礼しちゃう。」

 麗那は口を尖らせて反論していたが、テーブルの上にはすでに、残り少ない乾き物のおつまみと、空っぽの缶ビールが二本も置いてあった。これでは説得力も何もあったものではない。

 その現実を目の当りにした由依は、度肝を抜かれたように、口元に手を宛がい絶句していた。

 七瀬川―「すごいですね。まだ始まって間もないのに。」

 一桑 ―「この飲みっぷりには、オレは今でも驚かされるよ。これで酔った素振りを見せないから不思議なんだよね。」

 二ヶ咲―「顔に出てないだけ。二本も飲んだら、わたしだって酔っちゃうわよ。・・・ちょっぴりだけど。」

 一桑 ―「このペースで二本空けて、ちょっぴりなら、十分のんべえだと思いますよ?」

 大酒を喰らっても平然としている麗那を見て、モデル志望の潤は恨めしそうな顔でつぶやく。

 四永 ―「この酒豪ぶりでも、ぜんぜん太らないんだもんなぁ。いいよなぁ、センパイは。」

 六平 ―「だって麗那さんは仕事の合間にジム行ってるもん。寝てばっかりの潤と違うんだから。」

 四永 ―「ぶー、寝てばっかじゃないもーん!」

 二ヶ咲―「どんなに面倒で辛くても、美しくなる努力は惜しんではダメ。センパイからの一言、よく憶えておきなさい、潤。」

 ニコッと白い歯を見せて、麗那は誇らしげな笑顔を浮かべる。その美しき女性の見本を前にして、由依はボーっとしたままつい見惚れてしまうのだった。


 一桑 ―「はい、それじゃあ麗那さんの次は、必然的にジュリーさんかな。」

 三樹田―「そういうことネ。」

 若いくせによっこいしょと声を漏らしつつ、腰を上げながらフランクな感じで語り始めるジュリー。

 三樹田―「わたしは三樹田ジュリーね。生まれはアメリカだけど、由依と一緒で生粋の日本人ヨ。アルバイトしながらジャズソングを歌ってるの。機会があったら、カラオケで歌声を聴かせてあげるワ。」

 七瀬川―「ジャズソング?それは趣味で歌ってるんですか?」

 三樹田―「んー、趣味というよりは、もう生業ネ。それでメシ食ってるってヤツかしら。」

 ジュリーのアバウトな言い回しに首を捻っている由依。それを傍から見ていた真人が、その辺りについてわかりやすく説明する。

 一桑 ―「ジュリーさんはね、アマチュアのジャズバンドのボーカリストなんだよ。もともとフリーターなんだけど、ライブの仕事が増えてきて、最近はバンド活動が中心になったんだ。」

 七瀬川―「すごいですね。わたくし、ジャズはたまに聴いたりします。ちなみに、バンドの名前は何ていうんですか?」

 四永 ―「ローリングダンサーだったっけぇ?」

 三樹田―「ローリングサンダーよ。わたし、転がりながらダンスなんてしないわヨ。」

 そんな下らないジョークはさておき、ジュリーは表情そのままに話を続ける。

 三樹田―「近所の商店街にある楽器店で、ライブの練習とかしてるから見に来るといいネ。」

 七瀬川―「ありがとうございます。ぜひともお邪魔させてください。」

 一桑 ―「あ、その時はオレも付き合うよ。オレもジュリーさんの歌声聴きたいし。」

 二ヶ咲―「生で聴いたら、きっとびっくりしちゃうよ。こんな細い体格のくせに、重厚感のある歌声を披露するんだから。」

 五浦 ―「そうね。・・・でもジュリーから言わせると、昔の方が上手だったのよね?」

 七瀬川―「昔・・・?」

 由依の真意を問うような目を向けられて、ジュリーは缶チューハイを口にしつつ答える。

 三樹田―「ああ、まだウェイトがあった頃の話ヨ。今はあの頃よりお腹に力が入らないからネ。」

 六平 ―「そういえば、ジュリーって、昔、太ってたんだもんね。」

 三樹田―「そうヨ。綺麗で素敵な女性でありたいから、常に体を動かして、この体型を維持してるの。」

 理想的な女性像を語るジュリーであったが、度重なる居酒屋通いがたたり、ほぼ毎日、シェイプアップ体操を余儀なくされている。

 そんな苦労話をそばで聞いていた潤が、おかしいなーと言いながら、頭を傾げて口出ししてくる。

 四永 ―「ジュリーはさぁ、ジャズを上手に歌うことが理想じゃないの?だったらぁ、太っていた方がよくない?」

 一桑 ―「言われてみるとそうだね。ジュリーさん、どうです?昔みたいに太ってみたら?」

 三樹田―「・・・マサ。レディーに向かって言ってくれるわネ?地獄の沙汰まで、お酒付き合わせるわヨ。」

 ジュリーの冷たく突き刺すような目つきが、真人の全身を一瞬で凍りつかせた。その後、ごめんなさい、もう言いませんと、気弱な管理人は平謝りする運命であった。

 クスクスと微笑む他の住人たちと一緒になって、由依も悪いと思いながらも、つい笑い声を漏らしていた。


 六平 ―「それじゃあ、最後はあたしだね!」

 元気に満ち溢れる声を上げて、奈都美はスクッと軽やかな動きで席を立つ。

 六平 ―「あたしの名前は六平奈都美。プロのサッカーチームに所属してるんだ。そういう立場だから、スポーツトレーニングのノウハウもあるんで、運動したい時は気軽に声を掛けてね。」

 七瀬川―「奈都美さんもプロなんですね。わたしくは運動音痴なので羨ましいです。」

 一桑 ―「それなら、いろいろとアドバイスを受けるといいよ。でも、奈都美は結構鬼コーチだけどね。」

 六平 ―「それはマサにだけだよ。由依ちゃんには、とっても親切丁寧に教えてあげる。」

 奈都美はニヤッと悪戯っぽく笑った。真人は時々、サッカーの練習に付き合わされているが、そのハードぶりときたら、筋肉が悲鳴を上げるほどの苦痛を味わうのだという。

 七瀬川―「奈都美さんは年齢も近いですし、これから、いろいろと教えてください。」

 六平 ―「うん、任せといて!」

 これ見よがしに、ジュリーと潤はにやけながら、いかにもわざとらしく声を潜めて由依に囁きかける。

 三樹田―「由依、奈都美に男の相談はNoよ。この子、色恋関係はからっきしだからネ。」

 四永 ―「あとねー、機械とかもダメ。奈都美ってぇ、携帯電話も使えないぐらいメカ音痴だから。」

 六平 ―「う、うるさいな!外野は黙っててよ、もう。」

 七瀬川―「・・・携帯電話を使えない!?それは本当ですか?」

 六平 ―「あ、あのね、使えないというか、そういうんじゃなくて・・・。」

 あまりの恥ずかしさに、しどろもどろになってしまう奈都美。メカ音痴のその時の目線は、同じく携帯電話に疎い真人の顔に向けられていた。

 一桑 ―「な、何でオレのこと見てんの!?」

 六平 ―「キミだって携帯の操作、苦手じゃないの!あたしの気持ちを代弁してよっ。」

 一桑 ―「無茶言うなよ、おいおい。」

 まぁまぁまぁと、落ち着き払って事態の収拾にあたる麗那。ここはわたしに任せなさいと、奈都美のちょっぴりむず痒い気持ちを代弁する。

 二ヶ咲―「奈都美はね、携帯電話でメール打つよりもサッカーが好きなの。電話するよりもボールを追いかけていたいの。そういうことだよね?」

 五浦 ―「麗那。あなた、それ答えになってないわよ。しかも、論点ずれてるし。」

 六平 ―「・・・麗那さ~~ん。」

 年上のお姉さんたちにすっかり見放されてしまい、苦笑しながら嘆く奈都美であった。

 由依の強張りを少しでもほぐそうと、ここで颯爽と登場したのが、奈都美の同年代でよき理解者である管理人の真人だ。

 一桑 ―「由依さん。奈都美はそれぐらいサッカーという夢を追い続けていたんだ。ちょっと現代風の女性っぽくないけど、そういうかわいいところも含めて仲良くしてね。」

 七瀬川―「は、はい。奈都美さん、よろしくお願いします。」

 六平 ―「・・・う、うん!よろしくね。」

 かわいらしく微笑んでいる奈都美。それを見守るように、満面の笑顔で取り囲む他の住人たち。この心温まる親近感に触れて、由依はとても穏やかな気持ちを抱いていた。


 一桑 ―「あとね、そこのソファで寝てる住人も紹介しておくね。」

 七瀬川―「あ、猫ちゃんですか。」

 ソファの上で丸くなっている猫のニャンダフルは、このアパートのマスコットである。しゃべることはできないものの、猫のくせに表情が豊かで、なぜか心が通じ合う不思議なペットだ。

 七瀬川―「あはは、かわいい。よろしくね、ニャンダフル。」

 目を細めて愛らしく鳴くニャンダフル。どうやら、由依のことを住人として迎え入れてくれるようだ。


 一桑 ―「えーと、みなさんの紹介も終わったことですし、しばらくの間、おいしい料理のひと時としましょうか。」

 お楽しみ会を仕切る幹事のことを、住人一同が何か言いたげな目で凝視している。その視線を一手に浴びて、不安そうな顔色を浮かべる真人。

 一桑 ―「あの~。・・・何かございますでしょうか?」

 二ヶ咲―「ございますも何も、マサくんも自己紹介しなくちゃ。」

 真人が恐る恐る問いかけてみると、麗那から予想通りの答えが返ってきた。

 他の住人たちも、当然だろうと言わんばかりにうなづく。もちろん、新たな入居者の由依も例外ではない。

 一桑 ―「・・・いいですけど、みなさん、絶対に横槍入れてくるでしょう?」

 三樹田―「ウフフ、それがなかったら、おもしろくないでしょウ?」

 四永 ―「あたしたちだって、そうだったんだもん。あんただけ除外はずるいよぉ。」

 五浦 ―「嫌がるということは、それだけ後ろめたいことがあるってことかしらね。」

 六平 ―「もう観念しなよ。落ち込まない程度にいじってあげるから。」

 どういうわけか、住人たちはみんなウキウキ気分だ。ツッコミどころ満載の真人の自己紹介を心待ちにしているようだ。ツッコミを入れるつもりはないだろうが、由依もとても嬉しそうな表情で待ちわびている。

 渋々椅子から腰を上げた真人は、コホンと一つ咳払いをしてから語り始める。

 一桑 ―「オレは一桑真人です。今更言うのも変だけど、このアパートの管理人してます。・・・オレの紹介はこんなところで・・・。」

 二ヶ咲―「ダーメ!ちゃんとなさい。」

 一桑 ―「・・・ですよね、やっぱり。」

 麗那にダメ出しされてしまい、困惑しながら自己紹介を続ける真人。

 一桑 ―「アパートのことはもちろんだけど、オレも大学受験を目指す同志なんで、勉強のことも気軽に相談してもらえると嬉しいな。」

 三樹田―「エー?本当のところは、由依に、相談に乗ってもらいたいんじゃないノ?」

 一桑 ―「い、いや、そんなことは決して・・・。」

 お互いに能力を伸ばせるのなら、お互いに相談し合ったりして、協力するのもいいのではないかと、真人は言い訳がましく持論を展開していた。

 七瀬川―「管理人さんは、趣味とかあるんですか?」

 一桑 ―「趣味?・・・えーと、そうだな。趣味があるとしたらねー。」

 四永 ―「マサの趣味ってぇ、お掃除じゃん。」

 一桑 ―「それは管理人の仕事だろ、趣味じゃない!」

 真人は全面否定しながらも、掃除清掃がすっかり板に付き、プロフェッショナルと呼ばれたりすることに、ちょっとした優越感を抱かずにはいられなかった。

 一桑 ―「趣味とはちょっと違うかも知れないけど、オレ、料理が好きなんだ。とはいっても、手軽なものしか作れないけどね。」

 七瀬川―「お料理ですか。それは立派な趣味だと思いますよ。」

 五浦 ―「こんなアパートにいるものだから、おつまみ料理ばかり覚えちゃってるわよね?」

 一桑 ―「・・・だって、麗那さんとかジュリーさんがねだるんですもん。」

 乾き物ばかりじゃ飽きちゃうもーんと、愛くるしく甘えるような声を上げる麗那とジュリー。酒豪の二人にせがまれると、断るに断れない人の良さを露呈してしまう真人だった。

 七瀬川―「管理人さんは、住人のみなさんに優しいんですね。」

 一桑 ―「いや、ははは。優しさだけが取り柄というか、何というか・・・。」

 六平 ―「マサの場合、その優しさが仇になることの方が多いかもね。」

 一桑 ―「またそういうこと言うー。もうオレの印象、ぶち壊しじゃん。」

 住人たちのさりげないツッコミに、真人はすっかり途方に暮れていた。いじられやすい性質なので、それも無理はないのだが。

 笑った方がいいのかも、落ち込んだ方がいいのかもわからない由依は、真人と住人たちの顔色を伺いながら戸惑うばかりだった。

 二ヶ咲―「これはね、わたしたちの愛情の裏返しなの。」

 七瀬川―「・・・え?」

 困惑していた由依に、そっと話しかけた麗那。住人たちのリーダーのその表情は、とても穏やかで、晴れやかな笑顔であった。

 二ヶ咲―「マサくんはね、わたしたち住人にとって最高の管理人なのよ。」

 三樹田―「YES。マサは、そこらへんの管理人とはわけが違うヨ。」

 四永 ―「一言で言うならぁ、管理人の鏡っていうヤツだねー。」

 五浦 ―「このアパートになくてはならない、必要不可欠な管理人。」

 六平 ―「こんな管理人だからね、由依ちゃん、何でも頼って大丈夫だよ。」

 住人たちの一つ一つの褒め言葉は、真人の落胆した心を大きく揺れ動かした。ただ、一人の男としてではなく、一人の管理人としての称賛だったことに、ちょっぴり残念な気持ちもあった。

 住人たちの絶賛の声に感銘を受けた由依は、尊ぶような、敬うような瞳で、管理人である真人を直視していた。

 七瀬川―「管理人さんはやっぱり素晴らしい人なんですね。おじいちゃんのおっしゃっていた通りです。」

 一桑 ―「え、おじいちゃん?・・・もしかして、それってオレのじいちゃんのこと?」

 七瀬川―「はい、そうです。」

 真人はこの時、ある疑問を抱く。ここにいる女子高校生が、どうして祖父である八戸居太郎と知り合いなのだろうかと。

 一桑 ―「あの、由依さん、一つ尋ねていいかな?」

 七瀬川―「はい、どうぞ。」

 一桑 ―「由依さんと、オレのじいちゃんはどういう知り合いなの?どういうつながりなのかな?」

 真人がそれとなく問いかけると、住人たちも興味津々で耳をそば立てる。由依は女子高校生らしく、微笑ましい満面の笑顔で答えてくれた。

 七瀬川―「わたくしとおじいちゃんは、お友達同士なんです。」

 一桑 ―「・・・は?」

 絶句する真人。住人たちも口をあんぐりと開けたまま硬直する。

 友達同士というただならぬ不穏な空気を感じ取った真人、そして住人たちは、由依にその真相についてすぐさま問いただしてしまった。

 七瀬川―「わたくしとおじいちゃんの最初の出会いは、この町内の老人慰安会の席上です。わたくし、学校の部活動の企画で、その集会で小さい演劇を実演したんです。」

 一桑 ―「ああ、そういえば、じいちゃんから聞いたことあるな。近所の高校生の演劇を見学してきたって。」

 二ヶ咲―「へー。ちなみにどんな演劇をやったの?由依ちゃん、もしかして主人公だったりするの?」

 七瀬川―「その演劇はオリジナル作品でして。・・・恥ずかしながら、わたくしが原案を考えたんです。」

 由依の意外な告白に、驚嘆の声を上げる真人と住人たち。詳しく聞くと、原案のみならず、脚本や演出までたった一人でやってのけたという。

 その能力をさらに生かそうと、由依は大学に入学してから、本格的に演劇の勉強をするつもりなのだ。

 三樹田―「つまり、由依はディレクターというわけネ。カッコいいワ。」

 四永 ―「ゆいゆいってすっごいねー。そーんな才能あるんだぁ。」

 五浦 ―「原案だけでも大変でしょう。それなのに、演出や脚本まで手掛けるとは。」

 六平 ―「あたし、そういう文学的なの苦手だから、感心しちゃうなぁ。」

 七瀬川―「あ、本当に小さい演劇なんです。そんな大層なものでは。」

 恐れ多いとばかりに手を左右に振って、しきりに照れ笑いを浮かべている由依。

 一桑 ―「由依さん。それで、じいちゃんとはどんな感じて知り合ったの?」

 七瀬川―「あ、ごめんなさい。話が逸れてしまいましたね。」

 由依はペコリと頭を下げると、居太郎との出会いについて語り始める。

 七瀬川―「演劇が終演した後、おじいちゃんが、原案を考えたわたくしに声を掛けてきたんです。君のストーリーはおもしろい。しかし、暖かみが感じられないのが残念だ、と・・・。」

 一桑 ―「じいちゃんがそんなことを?・・・はは、演劇なんてろくに見ないくせに、ごめんね。」

 七瀬川―「いいえ。わたくしも本当のところ、物語に少しだけ物足りなさを感じていたんです。」

 二ヶ咲―「物足りなさって、どんなこと?」

 七瀬川―「みんなの演技から、熱意というか、情熱が伝わらなかったんです。」

 同じ部活のメンバーが台本通りに演技したつもりでも、メッセージそのものまでは、舞台の下で観覧している観客に伝わらなかったのではないか?由依はその時、舞台袖で控えながらそう感じていたそうだ。

 二ヶ咲―「さすがは演出まで手掛けてるだけに、由依ちゃんは、そういう感性にも長けているのね。」

 七瀬川―「いいえ、そんな。・・・それを気付かせたのは、おじいちゃんでしたから。」

 由依はその時のことを回想しながら、感慨深げに言葉を続けていく。

 七瀬川―「・・・君には、人と人との交流が足りない。物語というのは独りきりでは完成しない。人と触れ合い、親しみ合い、励まし合って形成されるものだ、と。」

 一桑 ―「あちゃー。じいちゃん、そんな小言みたいなこと言っちゃったのかぁ。孫として、祖父の失言を詫びさせてね。」

 とんでもないとばかりに、首を横に振っている由依。それをきっかけにして、女子高校生とお年寄りの年代差のある友好関係が始まったそうだ。

 一桑 ―「微笑ましいつながりだけど・・・。う~ん、やっぱり違和感はごまかせないなぁ。」

 二ヶ咲―「あら、とっても素敵なことだと思うよ。ああ見えても、マサくんのおじいさん、人情家だけに思いやりがあるのよ。」

 他の住人たちも一様に口を揃える。つくづく、居太郎の人気の高さに、驚きを隠せない真人であった。

 大学合格を目指している由依は、ようやく、このアパートへやってきた経緯について打ち明ける。

 七瀬川―「わたしくは丁度、受験勉強に集中できる環境が欲しくて、自宅の近所で、下宿先みたいなところを探していました。そのことをおじいちゃんにお話ししたら、このアパートを紹介されて。」

 このアパートには、由依の人生において足りない人と人との交流がある。一度見学して、それを直接肌で感じてみるといいと、居太郎は、悩めるお友達にそう勧めたのだという。

 一桑 ―「そうだったのかぁ。それでアパートの暖かみを感じて、引き寄せられるように、すぐに入居を決めちゃったわけだ。」

 七瀬川―「はい。・・・ちょっと頼りないけど、人がいい管理人がいるから、きっと気に入るだろうって、おじいちゃん言ってましたよ。」

 一桑 ―「う・・・。じいちゃん、余計なことまで言ってくれる。参ったな、もう。」

 一人苦笑いしている管理人の真人を、住人たちの賑やかな爆笑の渦が包み込んでいく。ここアパートのリビングルームに、ほんわかとした和やかなひと時が流れていくのだった。


 この楽しいお楽しみ会は程なくして、ここにいるみんなの思い出のままに閉幕する。しかしそれは、真人、麗那、ジュリー、潤、あかり、奈都美、そして由依を交えた七人の、笑いあり涙ありのドタバタ珍道中の幕開けでもあった。

 永らくのご愛読、そして最後まで読んでいただいた方には、心より厚く御礼申し上げます。

 恋愛というジャンルにはそぐわない部分もあろうかと思いますが、ご意見やご感想など、コメントを入れていただけると大変嬉しいです。

 このエピソードでも少し触れておりますが、このおはなしには続編があります。続編については、別タイトルで公開しますので、その際は、引き続きお付き合いいただけると幸いです。

 最後になりますが、このおはなしをご一読いただいたすべての読者様に感謝の気持ちを贈ります。どうも、ありがとうございました。

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