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そつなしに

「ほんと、うれしいです! いつか……楽しみにしてますね、局長!!」

「いや、だから私は代こ」

「あっ、本当にありがとうございました!! 失礼します!!」

 管理官(キュレイター)リリアセウスは満面の笑みを浮かべながら礼を言って、その顔のままで深く頭を下げる。そして頭を上げるや否や、(きびす)を返し駆け出すように退出していった。



「結局、最後まで局長扱い……誤解が独り歩きしなければいいのですが」

 直情径行、いかにも若者らしい勢いで去っていったリリアセウスの、向こう見ずな背中を見て……メイは苦笑しながらこぼすしかなかった。


「そう深刻に考える必要もないと思いますゾ。まだあわてるような時間じゃない……ですナ」

 しかしペドロのほうでは、特に何も感じていないらしく

……気楽な調子を見せる。


 どこかで聞いたような気がする、それでいて妙な説得力のある……そんな物言いに、メイはなんとなく納得しそうになった。


「……時間?」

 しかしすぐに、本当にそういう話か? と考え直してぽつりと(つぶや)いていた。


「そもそも、今は局内をまとめ上げることが優先でしょうナ。こまけぇこたぁいいんだよ! ……ですゾ」

 と、今度もペドロはどこかで聞いたような台詞を吐く。


 何か気になる言い方だけど……ま、それは確かにその通りだ。

 まずはとにかく、管理局を一枚岩に……局内さえちゃんとまとまってれば、多少の誤解なんて問題にはならないはず。


「それはそう……ですね、局がまとまらないと」

 今回はメイも、その台詞の耳触りに関係なく……ペドロの主張に納得していた。


「ん……ええ、そうですナ」

 と、その主張には納得したものの……メイは別の違和感を、ペドロの妙な間を含んだ呟きに感じていた。

 その気がかりが、しばらくの沈黙を生んだのち……


「そうそう、ペドロ課長」

 メイはペドロに(たず)ねておきたい別件を思い出して、だしぬけに切り出す。


「うちの娘、今日も睡眠装置を使わせているのですが大丈夫でしょうか? 寝させてばかりで少し心配になってきました」

「ふむ、お望みならば睡眠学習機能を追加できますゾ。アップデートのキューを送っておきますかナ?」

 うん、それはそれでありがたいけど……


「いや、それでもずっと寝てることには変わりが……」

 結局寝っぱなしなことには変わりない。運動不足にならないだろうか?

 メイは以前に調べた子育てノウハウから、娘の運動不足を懸念していた。


「なるほど身体面のご心配ですナ、申し訳ないですが暫くは……あと一月ほどは睡眠学習装置で我慢してくれませんかナ」

「一月? その後に、何が……」

 なぜか一月だけ待てと言うペドロに、メイは素直に聞き返してしまう。


「あと数日で仮設官舎……住宅の第一棟が完成しますゾ、そしたらすぐに託児室を使えるよう手配しますからナ」

「託児室?」

「ええ、以前に我が課内で要望がありましてナ。官舎を建て直すついでに試験導入してみようと思いましてナ」

 どうやらペドロには何かしら計画があるらしい。


「試験導入、ということは……実績はない?」

「過去の課長会合でも提案したのですが、流されていたのですゾ。今回がいい機会というと、語弊がありますがナ……あ、そうそう官舎といえば」

 ペドロが段々と早口になってきた。そう察したメイは、ひとまず聞き手に回る。


「今日も設営作業のためにド・フォシーユ管理官どのをお借りしてますゾ。事後で申し訳ないですが、ご報告ですナ……もし問題があれば、呼び戻しますゾ」

 今日マリエが来なかったのは、そういうことだからか。


「それは構いませんが、やはり人手が足りていない……?」

 元気なら別に気にしない。


「それもあるのですが、ここを建てたときも多大な貢献をしてくれてましてナ、とても助かっているのですゾ」

「ああ見えて、凄い体力してますからね」

「いやいやそれがですナ、作業員としてだけでなく指揮者としての手腕も見事でしてナ……そこで今日もお力を借りているのですゾ」

 ……指揮も上手い? なんか意外。無言で作業してそうなのに。

 あ、そういえば……マリエは元気みたいだけど、レイナは無事だったのか? 第三課の生存者……調べてみなきゃ。

 けど第三課というと、その前に……スローニン課長の辞令書かなきゃ……て、あっ……


「ペドロ課長、別件で一応確認したいのですが……」

「どうされましたかナ?」

「課長の解任は、儀礼なしでも……辞令の公表だけで良かったですよね?」

「はいナ、正式な昇任ともなれば必要ですがナ……」

「そうですか、安心しました」

「ま、使座堂(アポストリス)を新造するまではどのみちですナ……いやしかし、新しい使座堂の杮落(こけらお)としともなれば、格というものが……」


 格? いったい何を言って……



 と、疑問を浮かべたメイの思考を来訪者が妨げる。


「さーせーん、メイやん……メイ課長に会いにきたんですけどっ」

 来訪者の立ち位置が悪いのか、玄関前カメラの画像には赤毛の房だけが映っていた。

 すぐに横位置補正がかかり、来訪者の顔が映し出される。

 ……といっても、メイは誰が来たのかを……挨拶(あいさつ)の時点で察している。

 自分のことを「メイやん」などと呼ぶ者は……後にも先にも一人しかいないのだから。


「あ、メイやん!」

「無事だったのね、良かった」

「ローニンのおっちゃんいなくなるってマ?」

 インターホン越しのレイナが、知らないようで聞き覚えのある名を口にする。


「ローニン?」

「ああ、うちのリーダー、課長のさ……ちっさいおっちゃん」

 レイナは第三課に所属している。つまり「ローニン」とは……第三課長だったスローニンの渾名(あだな)なのだろう。

 彼女は相変わらず、独特なセンスをしている。


「いなくなるというか、第四課に異動することになったの」

「マ? あーあ、ローニンばよならかぁ」

「とりあえず、中入らない?」

 いつまでも立ち話をしている必要はない、メイは友人との再会を楽しむことにした。

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