あきれずに
「新しい朝が来た。希望の朝だ」
第一声。半開きの目で寝ぼけて、半開きの口で呟いていた。
あいかわらず、我ながら……何を言っているんだろうか。
メイは寝ぼけた頭でそう呆れながら、起床を意識して目を見開き……半身を起こす。
隣には、力の抜けた顔でよだれを垂らしながら枕の端を握りしめて眠るタム……娘の安らかな寝顔がそばにあった。
希望の朝……になるといいな。
メイはタムの寝顔を見たことでこみ上げてきた微笑みをかみ殺しながら、ベッドから離れる。そして二人分の朝食を用意してからタムを起こす。
「ごちそうさま〜」
「あれ、まだ残ってるじゃない、食べないの?」
「これたべたくない」
二人で朝食を取ったところ、タムはおかずのうち一品にはほとんど手を付けていなかった。
「ペピィ……どうして? ぜんぶ食べないとお腹がすくよ」
「やだおいしくないもん」
メイがその理由を聞くと、タムは俯きぎみに頬をふくらませてむくれていた。
ただ、その答えからメイは身体の不調ではなさそうだと少し安心した。
予め調べておいた子育て情報によると……ただ美味しくない、嫌いだと言うときはあまり早くから無理強いするべきでない。幼いうちは食事に苦手意識を持たせず楽しく食べることを優先し、好き嫌いについては成長を待ってから克服させたほうが良い……とのことだった。
加えて、現在管理局で配布されている緊急用保存食は多くの種族が適切に栄養を吸収できるよう体質面に配慮……どの食品を食べても栄養があまり偏らないように造られているらしい。そのため不足なく食べることが肝要だという。
メイはそれらの情報を参考に、対処を図る。
「ぷー」
「それなら、代わりにこっちを食べなさい」
すなわち、自分の皿からタムが食べ終えていた品を分け与えることで育ち盛りの彼女に十分な量を食べさせる。
「うん、これおいしいすき〜」
と、タムはすぐに取り分けられたおかずを頬張っていた。
「そう、よかった」
メイは満足気なタムの姿を見て、局長……タムの母親を思い出していた。
……そういえば、あの子も昔……ペピィが嫌いって言ってたっけ。
見た目だけでなく食べ物の好みも、よく似ているのかな。
三人で暮らせるようになったら、二人の好みに合わせていったほうがいい……かな?
食後、二人で歯を磨いてから……メイは一旦タムを睡眠装置に寝かせた。
仕事のたびに機械で寝かせるのも、子育てとしてあまりよろしくない気がしつつ。
寝る子は育つ、てのは聞くけど……寝させてばかりってのもなんとなく不安。ペドロ課長が来たら、相談してみようかな……
などと考えながら食器を片付けていると、ペドロより先に第三課長スローニンが訪ねてきた。
「すろーにんダ、朝早クニ申シ訳ナイ」
インターホンが示す玄関の画像には、誰も映っていない。
スローニン課長は身体が小さいことからそこには映らないため、スローニン一人で訪ねて来たものと分かる。
再度会いに来たということは、自害は思い止まってくれた可能性が高い……だろうか?
メイは玄関へ出てスローニンを出迎え、二人で会議室へ入った。するとスローニンは着席……いや椅子の座面に立って早々、話を切り出した。
「小生、恥ズカシナガラ、老骨ナレド……めい課長、イヤ代行ドノ、貴女ニ仕エテミタイト思イ至ッタ」
スローニンは器用にも椅子の背に飛び移り、そこで片膝を付いてみせる。
「……それは、管理局に残っていただけるということ……ですね?」
メイに仕えてみたい、というスローニンの物言いは少し引っかかるが……メイはホッと一息つきながら念を押す。
「シカシ、小生ハマダ悩ンデイル」
「悩み、というと?」
「課カラ反逆者ヲ出シテオイテ、ソノ責ヲ負ワヌ長ナド……貴女ノヨウナ主ノ麾下ニハ相応シクナイ筈ダ」
スローニンは自裁こそ止めたものの、部下がエステルの反乱に加担したことを気に病み、あくまで責任を取るべきだと考えているようだ。
それも、そうでなければメイの部下には相応しくないなどと言って。
ええっと……なんでそんな、そんな一日でそこまで人を分別があると買いかぶって、思い詰めてきちゃうの……?
ていうか……そんなあれこれ考え込んじゃう人が、よく今まで局長に従ってこれたもんだ。あの自由奔放な姿を見ていて、我慢の限界とかにはならなかったのか。
なんか、なんというか……よく分かんないなこの人も。
もしかして、昔から管理局の幹部たちは変な人たちばかりだったのか?
それはともかく、とりあえずこの場は適当に言いくるめるしかないかなあ……なにか考えないと。
メイは呆れ半分な心地になりつつも、スローニンを説得する方便をひねり出そうと頭を悩ませる……
「……スローニン課長のお考えはわかりました」
しかしあまり長く黙ってもいられないと、メイはゆっくりとスローニンへ語り始めた。
少し、時間稼ぎ……うん、あれだ思いついた。
「で、あれば……私は局長代行として……貴方の第三課長の任を解きます」
メイは思考を早めながら、語りを早めないよう意識する。
そんなメイの言葉に反応したのか、スローニンは静かに頷いていた。
実質のない降格……させてみよう。
「その理由は、部下が反乱に加担した件というよりは……第三課の管理官、ならびに戦闘要員を統率しきれなかったことから、人員管理能力の不足が疑われるためです」
とりあえず、他のとこに飛び火しなさそうな降格理由をちゃんと伝えて……
スローニンは言葉を繋ぐメイに視線を向けてから、徐にもう一度頷く。
「明日以降、スローニン課ちょ……管理官には第四課の顧問として着任していただきます」
副官って言っちゃうと、すぐバレそうだから……顧問って言い変えてみる。
「第四課ノ……顧問?」
と、それまでは黙ってメイの声に耳を傾けていたスローニンが、メイへ聞き返していた。
「はい、第四課は現在でも、サビナ・ハイム・アスピラシオン課長が行方不明のままです。が……第四課には何名か、若く活発で実績のある幹部候補がいます」
昨日ここに来てた馬面のウロスと、肉体派のドムーク。少なくともあの二人は、元課長……長いこと第三課をまとめてたスローニン課長に従ってくれそうな気がする。
「当面は、彼らの指導をお願いしたいのです」




