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収業

『このような重大時に辞意を伝えるのは、申し訳なくも思うのですが』

 第五課長ジャムは目を伏せ、自身の思考を文章化した表示画面へ指を差している。


 孫ができたから、仕事を辞めて落ち着きたい……って気持ちは分かる。

 私だってそうしたい。孫じゃなくて娘だけどさ。


 それに体調も悪いんじゃ、なおさら……なんだろうけど。

 動けないわけじゃないんだから、もう少しだけでも管理局に留まって働いてほしい。

 けど、わざわざ夜遅くに会いに来てまで「辞めたい」って言うくらいだし……難しいのかな。



「いま、局側の意向を決めるのは……代行どのの仕事ですゾ」

 ペドロからの、発言を促す声を聞きながら……メイはマリエの第九課異動の件を思い出していた。


 あのときも、課全体の風紀を重んじながら……マリエへも配慮しているのを感じた。


 声を出さずとも、細やかな気遣いで第五課を統率してきたジャム課長……逃したくない。

 とりあえず、第四課の生き残りを何人か任せたい。それに……第三課のスローニン課長が残ってくれるかも不明な今、最悪の場合……第三課の課員もまとめてもらうことになるかもしれないのだから。


「第五課の統率、それに他課人員の再編……ジャム課長には今後も働いていただきたいです」

 ジャム課長にはなるべく、管理局に残ってほしい。それが本音。


「が、本人の意思を無視するのも……難しいでしょう」

 しかし、そう思いつつも……メイは辞意を曲げて残ってくれとは言い切れなかった。

 根っこの部分では自分と同じことを考えている、ジャムの気持ちが分かってしまうために。


「辞職願を拒否しない、それで良いですかナ? 代行どの」

 ペドロはあくまでもメイに決めさせたいのか、メイへ身体を向けて声を張る。

 眼鏡の縁を光らせて、どこか含みのある笑みを浮かべながら……


 メイはその笑みに、局長代行としての責務を告げられたときのような嫌らしさを感じていた。

 それを感じて、同時に……それを応用してみようとひらめいてしまった。



 あ、そっか……ちょっと試してみようかな。

 私がペドロ課長に匂わせられたのと、同じような感じで。

 すぐには辞めづらいように、エサで釣ってみよう。


 ……嫌なヤツになっちゃったのかな、私も。

 敵でもないジャム課長相手に、こんなこと考えるなんて。


「ただ、ジャム課長……」

 メイはジャムの返答が表示されるより先に、再び話を切り出した。


「今すぐに退職とは言わず、まずは腰の治療を試みてはいかがでしょう」

『治療?』

 ジャムの思考を表示する画面がそう切り替わったのを見て、メイはたたみかける。


「管理局に籍を置いているうちなら、幹部として第六課の技術……研究中の先端医療を受けられるはず」

 メイはジャムから、隣のペドロへと視線の向きを変えた。そしていつの間にかメイへの目線を外していたペドロから、再度視線を返されるまで待ってから……数度瞬きして見せた。


「民間の医療機関で治療を受けるより、ずっと効果的なはずです」


 伝わるかな? ま、伝わらないようなら……この場はジャム課長をストレートに引き止めといて、あとでペドロ課長へ説明するのも手だけど。


 ……と、ペドロはどうやらメイの意図に気付いてくれたらしい。


「ん……そうですナ、何が腰痛の原因か、また患部の状態次第ではありますがナ……ご要望なら、我ら第六課がなんとかしますゾ」

 ペドロからも協力を願い出てくれた。


「……我ながら、悪い話ではないと思います。進退を考えるのは、身体を治してからでも遅くないのでは?」

「代行どのからもお求めあり、とナ……第六課の科学力の粋、管理局が誇る自慢の医療技術……万難を排してでも、ジャム殿にお見せいたしますゾ」

 ジャムは話に興味を引かれたのか、顔を上げて……自信有りげに歯を見せるペドロへ向けていた。


『治療……ここ(しばら)くは付き合って当然の痛みと考えていたが……治せるならありがたい』

 表示されるジャムの思考は、退職よりも治療に向いたと思われた。


「せっかくなら、健康な身体を取り戻して悩みをなくしてから……お孫さんと暮らしてはいかがでしょう?」

『メイ課長のご提案はありがたい、今日のところは持ち帰って少し……数日ほど検討してみてもよいでしょうか?』

「結論が出るまで、退職も待ってくれるなら」



 一通り話し終えて、時計を見ると……既に深夜になっていた。それでもジャムは、まずは部下たちの下へ戻りたいと言って仮司令部を去っていった。


 ……何とか、一時的にではあるもののジャムの退職を引き止めることができた。

 メイはほっと胸を撫で下ろす。


「さて、これで……主要な局員への顔見せが終わりましたナ」

 ペドロの言う通り、今日は局長代行として様々な局員と話をした。

 今日で終わりではない、また明日からも……代行として振る舞わなければならない。それを考えると、まだ少し気が重い。

 それでも、今は立ち止まってもいられない。


「私も、今日はそろそろ帰る……水は差さない」

「そうですナ、ワタシもまた明日。娘さんによろしくですゾ……では、さらばですナ」


 局長代行としての一日の最後に、近しい二人が去るのを見送って……メイも自室に戻る。

 そして、すっかり遅くなってしまったが……タムを起こして、二人で軽く夕食を取り、シャワーを浴びて、髪を乾かして……肩を寄せあって眠りについた。

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