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塞考

「すんませ〜ん、なんかエラい人がこっちに集まってるからアイサツしてこいって言われてきますた」

「あ、それとできたらハサミかカミソリ貸してほしいッス、はやめに」


 指示を受けて仮設司令部を訪ねてきたにしては緊張感のない二人が、門前で二人して気の抜けた発言をしている。

 そしてその声はどちらも、メイにとって聞き覚えのある……叙任式で聞いた第四課長らしき声とは明らかに違っていた。


 ……あの時は確か、第四課長の姿が見えなかった。他の課長の身体で隠れてたのか、元々姿を見せてなかったのかは知らないけど。

 ただ声はしてた。

 挨拶したら「あ〜はいはい、よろしく」とかなんか適当な返事をされたはずだ。

 あの時、返事をしなかった……というか、声を出せなかったのが多分第五課長のジャム・イロコワ。だからあの投げやりな返事をしてたのが第四課長……のはずなんだけど、あの時の声色とはまるで違う。


 ま、ここで悩んでも仕方ないか。

 ここへ来るよう言われたということは……()()でも彼らは第四課の一隊を代表して来た、それなりの職位に就いている管理官(キュレイター)なのだろう。

 とりあえず話を聞こう。


「任務と長旅、遠路はるばるお疲れ様でした。私は管理局第九課長のメイです。貴方がたの、お名前とご所属は?」

「あっサーセン、オレは第四課のウロス・ケンタです。よろすくです」

「同じく第四課のドムーク・ムーク……ッス、なるはやでハサミかカミソリ貸してほしいッス、暑いッス……ハァ」

 白い馬面の男らしき姿がウロス、刃物が欲しいと言う大きな毛玉めいた物体がドムークと名乗った……やはり、どちらも第四課長ではないようだ。


「よろしくお願いしますね。ひとまず、カミソリを持ってそちらへ行きます」

「ワタシのものでよければ、すぐ用意できますゾ」



 門前……ペドロから渡された高周波振動刃カミソリがドムークの毛を断ち切るたびに、ドサッ、ザラッと……体毛がそれとは思えない音を立てながら地面に落ちていく。

 また毛が刈られるにつれて、落ちた毛やドムークの身体からムワリと温かく湿った空気が漂ってきた。


「はぁ〜気っ持ちいい……助かったッス、異界めっちゃ寒かったから冬毛が生えちゃったみたいッス」

 どうやら納得がいくまで毛を刈れたらしい。ドムークはペドロにカミソリを返した。


 体表に残った毛は短く、やわらかな薄茶色で、毛艶は刈り取られた冬毛? とはまるで違いキメ細かく鮮やかなものだった。

 また、それまで剛毛に隠れていた肢体のシルエットが体毛ごしにうっすらと見て取れる。その五体……首も、胸も、手も足も、かなり筋肉質で逞しそうな身体付きを想像させる。

 ただし、胸だけは逞しくも少し丸みを帯びていた。


「この毛はどうしますか? 捨ててもよければ、集めて処分しておきますが」

「捨てていいッスよ、ありがとうございまッス」

 久しぶりにムダ毛を脱ぎ捨てられて嬉しいのか、笑顔で応えるドムークの声もどこか弾んでいる。


「分かりました」

「いやいや、そんなことはこの疾風ペドロにお任せですゾ……代行どのは、先に会議室へお戻りくださいナ」

 メイはペドロの好意に甘え、二人を連れて会議室へ戻ることにした。



「ところで代行どのって言われたッスけど、何の代行ッスか?」

 会議室に戻るまでの短い間に、ドムークがメイへ(たず)ねてきた。


「現在、私は規定上……管理局長の代行をしています。というのも、局長はこの度の反乱で行方不明になってしまいました」

 メイは咄嗟(とっさ)に、局長は行方不明だと取り繕った。

 そう言っておいたほうが、後日局長が復帰したときに動きやすいと考えて。


「えっサーセン、じゃガチのマジでエラい人ってことですた? サーセン」

「いやウロスさん、たぶん反乱ってトコのが大事ッスよ。だいたい課長なんだから普通にうちらよりエラい人ッス」


 やはり、この二人の会話からはどうも気が抜けた印象を受ける。

 しかし、それならそれで……局内の事情にも疎そうだし、丁寧に説明しておいたほうが良さそう。


「会議室に着いたら、反乱についてもう少し説明します。それと、貴方がたの異界での働きについても聞かせてください……っと、着きました」

 メイは穏やかさを意識しながら話しきって、のち会議室の扉を開いた。

 二人は会議室に入ったあたりで、緊張したのか……表情を固くしていた。



 そんな、二人の話によると……

 第四課は、課員全員で異界侵入の準備をしていたが……侵入直前になって第四課長サビナ・ハイム・アスピラシオンが「任務についてエステルへ相談したいから先に行け」との指示があったという。

 そこで、ウロスやドムークらをリーダーとした先遣隊が先に動き、のちサビナ課長に従い『礎界(そかい)』に残っていた一隊と異界で合流する予定だったが……予定を数日過ぎても、ウロス達と合流できたのは課長以外の数人だけだった。

 二人はやむを得ず……戦力不足ではあったが、事前に聞いていた作戦通りに動いて多くの損害を出しながら任務を果たした……とのことだった。


「なるほど……大変でしたね。辛い報告をさせてすみません。一つ質問してもいいですか?」

 先ほど二人の表情が強張っていたのは……異界での苦闘、仲間を喪った悲しみを思い出したため……だったか。



 それはそうと、第四課長の動きを知るためには、ここに居る二人ではなく……


「はいッス」

「異界で貴方がたと合流できた課員は、無事に帰還できましたか? 生き残りがいれば、その方にも話を聞いてみたいのですが」

 サビナ課長に途中まで従っていた課員から話を聞くべきだろう。


 第四課長が、何を考えて異界に向かわなかったのか……

 エステルの反乱に同調したのか、単に心配事があって出発が遅れたうちに事が起こってしまったのか……確かめておきたい。

 エステルと同様に、局長の新兵器による大爆発を生き延びている可能性も……無くはないだろうから。


「あ、何人かいたはずッス」

「俺ら帰ったらこっち来てって言っとくます」

「ありがとうございます、ではこちらも『礎界』の現状を……」

 メイは努めて淡々と、エステルの反乱とその後数日について説明した。


「えっ、もしかして代行さんわりとヤベえ人でした? わっサーセン」

「めっちゃ強そうッス……いつか手合わせしてもらえまッスか?」

「何を……私に勝てる者でなければメイの相手なんかさせない……」




 会議を終え、課員の許へ戻る二人を見送ろうと外へ出ると……すっかり日が落ちていた。

 そろそろタムを起こして、食事でも取ろうか……と思い付いたメイは部屋へ戻ろうと(きびす)を返そうと……

 と、ペドロの声が聞こえる。


「はいナ、こちら疾風ペドロ……ジャム課長が? 分かりました、こちらへ向かわせてくれますかナ? では、さらばですナ」


 え、今から待つってこと……?

 もう夜だし、そろそろタムの世話に戻りたいんだけど……ちょっと疲れたな……


「明日じゃダメ?」

「急ぎお会いしたい、とのことでしてナ」

「代行とはいえ、局長は業務に精励しなければならない」


 多くの人と面会したこの一日は、まだまだ長かった。

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