閃後
ベッドで娘を寝かしつけて、自分もそのまま眠りについた……明くる日。
「あの、朝早くにすみません、ペドロ課長の指示で来たのですが」
インターホン越しの聞き慣れない声がメイを目覚めさせた。
「ん……すみませんが、子供が寝ているのでもう少し小声で……」
目を見開く前に枕元のサブ操作盤に触れて、一言だけ音声を返す。
一つ息を吐いて、目を開けたメイの視界には……眼の前で寝息を立てていたはずのタムの姿が見当たらない。
驚いて身体を起こしたところで、背中側から……寝間着の布地を掴まれている力を感じる。
部屋には、二人しかいないはず。つまり自分がいつの間にか寝返りを打って、タムに背を向けていたのだろう。
できればタムを起こさないように……メイはそっと背中に手をやって、布地にしがみつく小さな手を外した。
背中越しに聞こえる微かな息づかいに、変化はない。
メイはベッドから離れ、着衣が乱れていないことを確かめながらインターホンのメイン操作盤の前に移った。互いに内外の画像を見られるように。
「おはようございます、こちらは第九課のメイです……貴方は?」
「あ、失礼いたしました。私は第六課ペドロ課長の部下で、ジョニー・ビッグ=グッドという者です。おはようございます」
門前の、まだ暗い画面には……第六課所属の技術者にしては、大きな体格の男と、その後ろに何かの機械の一端が映っている。
「第六課のビッグ=グッドさんですね、ご用件は?」
「早ければ今日の昼にも、これが必要になるから朝必着で……とペドロ課長からの輸送指示を受け、お伺いしました」
画面に映る男は、メイたちの仮住まい……兼、仮設司令部まで何かを運んできたらしい。
画面端の時刻表示は、まだ日の出直後を指している。
「こんな朝早くから……ご苦労さまです。すぐ向かいますので、少しお待ちください」
嫌味、というわけではない。
指示を受けてやって来たこの男に、不満を言うべきではないだろうから。もし不満なら、それは指示した者へ向けるべきだろうから。
まして、今は局長代行なんて扱いなのだから……それなりの態度でいなければ。
メイは純粋に労うつもりで一声かけて……外へ駆け出した。
「最新型の睡眠導入装置、とのことです。こちらの説明書に詳細が……」
門の外には、一人が横になれそうなサイズの半円筒と、その周囲を覆う半透明の箱……棺のような機械が一つ置かれていた。
「睡眠導入……? これが必要になる、とペドロ課長が?」
「はい、子供でも問題なく使用可能だと……それを忘れずに直接お伝えせよ、というのがペドロ課長の指示です」
男の大きな身体が、手にした説明書を小さく見せる。
「と、いうことは……帰還拠点が動き出した?」
メイは差し出された説明書を受け取りながら、男に尋ねてみる。
子供でも使える旨を伝えろ、というのはきっと……私が仕事に集中できるよう、タムを寝かせるのに使ってほしい……という意味だろう。
「はい、昨日の夜に稼働させました。予定ではスローニン課長……第三課の隊が最初に帰還されるとのことです」
それも、朝必着……今日の昼頃までには仕事が入るからそのつもりでいろ、という含みも込めて。
そんなことくらい、はっきり言えばいいのに。
ペドロの態度は少し腑に落ちないが、届けられた装置を受け入れない理由はない。
少なくとも、異界からの帰還組に反乱者がいないことを確かめるまでは……油断できない。安全を確保できるまでは、タムに大人しくしていてほしいケースもあるだろう。
「分かりました、回答ありがとうございます。機械を室内に入れたいので、手伝ってもらえますか?」
メイはひとまず、手を動かすことにする。
「い、いえ! 閣下にそんなお手間を取らせるわけにはいきません」
しかしメイの申し出は退けられた。男はメイに断りを入れると、その身体ほどもある機械を一人で持ち上げる。
「……閣下、ね」
メイは思わず、ため息交じりに零していた。
閣下、などと呼ばれたうえに作業の手伝いも拒否されたことに……なんとなく気分が落ちこんで。
「どうかなさいましたか?」
「……気にしないでください、個人の感想です」
睡眠導入装置の説明書をざっと読んでから、食事と入浴。その後、装置にタムを寝かせて……一通り済んだころ、インターホン越しに声が……今度は聞き慣れた声が響いた。
「メイ……局長代行、第三課長が帰還しました。帰還の挨拶をしたいとのこと。すぐ会えますか」
「せっかくの機会ですからナ、会議室か司令室か……どちらを使いますかナ?」
メイは急ぎ門前の画像を確認する……しかしそこには、マリエとペドロしか映っていない。
「あれ? えっと……とりあえず、門を開けますね」
メイは当惑しながら、まだ不慣れな開門操作を行う。
「あ、そうか映ってませんナ……スローニン課長、失礼しますゾ」
それとほぼ同時にペドロが画面下に消えて、のち両手で緑色の人形のような生物の足を支えあげて画面に映していた。
「メイ課長、幾久シク」
「お久しぶりです、スローニン課長」
四人は司令部内の会議室に集まってみることにした。
一卓を囲もうと、スローニンはテーブルの上に立ち、ほか三人は着席する。
卓を囲んだ三人と卓上の一人は、すぐに口を開かず……しばらく無言で向き合っていた。
局長代行の立場上、そろそろ声をかけなきゃいけないか……とメイは話の切り出し方を考えようと……したところで、横からは手が伸び斜向かいからは視線が向いた。
横……マリエはメイの前に手を出して、指で机を叩く。
メイはその動きへ目を向けたため、斜向かいのペドロがどんな表情でメイへ合図を送ろうとしたかはわからないが……二人ともが、メイに早めの発言を促しているものと理解した。
二人ともせっかちだな……分かってるって。
「任務お疲れ様でした、スローニン課長……この『礎界』の現状、驚かれたかと思います」
メイは思いついたまま、当たり障りのなさそうな言葉で語りかけてみた。
メイは第九課長に任じられた叙任式以降、第三課長スローニンと話をしたことがない。
だがその外見は、叙任式で見て覚えている。メイの膝より少し高いくらいの背丈をした、緑色の皮膚をした小人のような姿をした人物。
そして、少なくとも叙任式のときには……メイの昇格に際し好意的な『誓詞』を述べた人物。
「全クダ……小生ハ何モ成セテイナイ」
どうやらスローニンは俯いているらしい。
と、突然スローニンが熱線銃を二丁取り出した!
メイはいち早く反応し、スローニンへ手を伸ばす!
……が、その手はスローニンを掴む直前で止めていた。
眉間にシワを寄せ顔を歪めながら、手にした熱線銃の先を自分の頭に当てているスローニンの姿が見えたから。




