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戴公

「今なんて? 仮住まい、兼……?」

 聞き逃したわけではない。「指揮官殿の仮住まい兼司令部」と聞き取れた上で、あえてメイは聞き返した。視線は閉まる外門へ向けたまま。


 特別に数日泊まらせてやるが、他の仮設住居ができ次第そっちへ移動しろ……という意味ならいいんだけど。

 まあそんなわけないよなぁ、どうせ。



「ここが、仮の司令部を兼ねておりますゾ。あと数日もすれば異界出張者用の帰還拠点(ターミナル)が仮構築できて、今回無関係だった幹部たちが任地から戻アタタっ」

 ペドロの説明は、少し情報量を増して……増したところで説明が悲鳴に変わる。

 その声に振り向いてみると、タムがいつの間にかペドロの横に立って、その少し太い腿をつねり上げていた……


「もちもち〜」

「ちょっとタム、勝手に人の脚つねっちゃダメよ」

 メイは慌てて二人に駆け寄り、


「ぁ痛ぁ!?」

 ペドロの腿をつねるタムの手を外そうと、腕を引っぱった。しかしタムは手が外れるまで、肉をつねる力を抜かないでいた。

 こうなると、手が外れる瞬間が一番痛い。


「あたたた……」

「ぷー」

「ほら、痛そうじゃない……あおおじさんにご免なさい、は?」

「むー……ごめんなさ〜い」

 タムは謝罪こそ口にしたものの、納得していないのか……頬をふくれさせ、二人から離れるように玄関へ走っていった。


「すみません、ペドロ課長……で、ここはその時までに引き払えば問題ナシ、ってことですね?」

 二人になったところで、ひとまずメイはすっとぼけた問いを投げかけてみた。発言に自身の願望をこめつつも、けしてそうはならないのだろうと半ば諦めながら。


「退去されてしまっては問題ですナ、代行どの?」

 ペドロがつねられていた腿をさすりながら、メイを「代行」と呼ぶ。


「代行? なんの?」

 今度はすっとぼけたわけではないが……メイは思わず、シンプルに聞き返していた。


「代行、代行どの! 大隊指揮官どの! ……というわけですナ」

 ペドロから返ってきたその言葉は、少し懐かしい響きではあった。


「……何が、というわけですナ……なのですか」

 しかし説明になっていない。


「ほう、もっとはっきり言ってほしいのですかナ? 現時点で貴女が管理局長代行、同時に本隊の指揮官だと」

「え? なんで」

「ちょっと意外でしたゾ」

「えっ、なんで」

 メイはもはや、聞き返すことしかできなくなっていた。

 なぜ局長代行などと扱われているのかも、なぜ意外だなどと言われるのかも……メイには理解できなかった。


「貴女は自身の責務、機に臨んで成すべきこと……それらを人に求められるまでもなく察している、そんな印象ですからナ」

 確かに、メイはなんとなく察してはいる。


 異界出張組の課長……幹部たちに備えなければならない。

 彼ら全員が、エステルに同調していないなら……状況を説明し、今後について話し合えばいい。それ等については、私がいなくてもどうにでもなる。

 だがもし、もしも彼らの中にエステルと通じた者がいるなら……また戦って、討たねばならない。

 それは、私の仕事だろう。少なくとも、そういう者が居ないことを確かめることまでは。


「そう、私は技術屋。戦闘力も指揮能力もありませんからナ……それに、緊急対応人事規程にも書かれていますゾ。ほら……」

 緊急対応人事規程……


「え、前に読んだときは確か……」

 不測の事態により局長が指揮にあたれなくなった場合には、各課の長から番号昇順に代行指揮官を選出する……と書いてあったはず。

 そんな心配はないだろうと思いながら、二度ほど目を通した記憶があるが……


 だから、本来この場で局長の指揮権を代行するのは九課の私ではなく六課のペドロのはずだ。


「ほう、流石ですナ……しかしそれが、つい数日前に局長自ら改訂されましてナ」

 ペドロが規程の一節の写しをメイの眼前へ突きつける。

 そこには、曲がった取り消し線と汚い字で「昇順」を「降順」に書き換えた一節が写されていて……

 ただ、その汚い字はメイにも馴染みのある、十中八九局長の直筆で……


 これでは、九課のメイが常に代行者たるべしと指名されているようなもの……


「要は、貴女を第一位の代行者としてあるのですナ」

 ペドロの要約も、メイが考えた通りの内容。


「そんな、めちゃくちゃな……」

 メイはそう口にしたところで、局長ならそのくらいの暴挙は普通……だと、考えを変えていた。


 あの子はきっと、心のどこかで()()なる可能性も想定していたのだろう。それだったら、もっとしっかり対策を……徹底してほしかったけど。


 けれど……困ったな。 

 早めに管理局を辞めて、タムを連れて……どこか静かな星で二人暮らしてみたい。そう考えてたのに。

 ここでスムーズに局長代行を務めあげてしまったら、そのまま……なんてことだってあり得る。


 ……仕事が増える前に、さっさと逃げるか?


 メイは身の振り方を悩む必要に迫られた。


「あ、そうそうメイ課長……いや代行どの」

「はい?」

 と、ペドロの声に考えを妨げられる。


「地下の備蓄にも限りがありましてナ……しばらくは、管理局員にしか物資補給はできませんゾ」

 ……まさか、この男……


「管理局員以外の方には、数日は食糧を届けられなくなりますゾ……となると貴女はまだしも、ナ……」


 もし代行を投げ出すなら……娘が、タムが飢えて弱ってしまうぞ、とでも言いたいのか。

 なんてヒレツな……


 いや、まだ大丈夫だ。

 他の課長を持ち上げつつ戦後処理を済ませて、落ち着き次第退職届出して逃げちゃえば……

 しばらくは、そんな感じで様子見……かな。



「あ、それとメイ代行、もう一つ……」

「はい?」

「もう一つ、見ていただきたいもの、知っておいていただきたいことがありましてナ」

「はぁ……それも代行の業務、ですね?」

「いや、これはむしろ貴女個人のために」

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