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育路

 さて、取り急ぎ……どうすればいいのだろうか。

 この子を育むために、何をすべきなのだろうか。


 子供を持つどころか、ペットを飼ったこともないメイにはよく分からない。

 それならば、自分が子供だった頃のことを思い返せば何かしらのヒントを得られるのでは? と考えてみたが……


 なぜか、自分が子供の頃のことを……よく覚えていない。

 確かに考えてみれば、管理局へ来る直前の記憶すら曖昧なのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。


 まあそれはそれで、問題ではあるけど……それは、今どうでもいいこと。

 それに、だからといって立ち止まってもいられない。

 タム……ついさっきそう名付けた、この娘のために……

 この娘を、健やかに育てるために……私は動かないと。



「えっと……お腹空いてる?」

「ううん」

 メイは、いつの間にかテーブルに乗っていた酒瓶数本を退かせながらタムへ問いかける。

 その返事を聞いて、また別の問いかけを……


「ん〜……寒くない? 寒いなら、服を買いに……」


 いや、どこへ買いに行くというのだ。購買棟は廃墟と化しているだろうに。

 考え直して、提案を変える。


「えっと……うーん……」

 三度めで、メイは早くも言葉に詰まりだす。

 言葉に詰まったところで、今更になって自身の酒臭さを自覚し……


「あ、そうだなんか飲む?」

「おやおや、子供に酒を飲ませてはいけませんゾ?」

 良いタイミングで、穏やかな男の声が聞こえてきた。ペドロが部屋を訪ねてきたようだ。

 

「あー、あおおじさんだー」

 彼のマッシュに整えられた青い髪からか、タムはペドロのことをそう呼んでいるらしい。


「フフ、ちゃんと迎え入れることができたようで、幸いですナ」

「でも、これからどうしたらいいのか……正直に言って、私にはよく分かりません」

「いや安心しましたゾ、一緒に暮らしていく強さがあれば……普段通りで大丈夫ですゾ」

 そう言われても、メイは困惑するほかない。

 普段通りと言われても、異界へ出張していないなら……大抵は酒瓶を手にするか、局長(ショボー)と共に過ごしていたから。

 しかしそれは、子供の生活ではない。そのくらいは解っている。


「端末がないから調べものもできない、この子をどう過ごさせれば良いのか……私には見当がつかないのです」

「ふむ、端末はすぐに用意しますゾ、住居については……昨日から仮設住宅を建て始めましたから、しばしお待ちくださいナ」


「ありがとうございます」

「ありがとう、あおおじさん」

 メイは礼を言いつつ軽く頭を下げた。その声に反応したのか、動作に反応したのかは分からないが……連れてタムも礼を言っていた。


 優しい子……なのかな。私たちの子にしては。


「平行して異界出張者用の帰還拠点(ターミナル)を仮設しているので、すぐにとは行きませんがナ……メイ課長はまっさきに入居できる予定ですゾ」

「優先的に? なぜ」

「あ、ああそれは……勝手ながらド・フォシーユ管理官の手をお借りしてましてナ……そのお詫びも兼ねて、ですナ」


 ……ん? どういうこと?

 この非常時に、指揮系統なんてこだわるもんでもない。

 ましてや、私はろくに働けていなかったのだから。


「そうですか、けど……そんなこと気にされずとも」

 メイはペドロの態度に違和感を覚えたが、深く問いただすことはしなかった。


「ならば……お二人への、誕生日プレゼント代わりとでも考えてくださいナ」

「プレゼント? 二人への?」


 ……二人? どういう意味だろうか……ま、放っておいてもいいか。

 ペドロの言葉に、またもメイは疑問を感じさせられたが……深く考えるのはやめておいた。


「あおおじさんはね、いろいろくれるんだよ」

 この子のことを気にかけてくれるのなら、それはありがたい……メイはそう捉えて、厚意に甘えることにする。


「そう、じゃあお礼を言おうか」

「はーい、ありがとう、あおおじさん」

「フフ……私には上々の親子と見えますゾ。では、さらばですナ」


 ペドロが去って数時間後、情報端末が届いた。

 メイはそれを使って子育てのノウハウ、親の心構えなど必要になりそうな情報をあれこれと調べてみた。

 そしてひとまずは、子供向けの食事の用意や入浴など、日頃の世話をこなしてみようと……二日を過ごした。




「ととさま、かみのけあらって」

 三日めの朝、メイより少し遅く起きたタムが銀髪の先を気にして……あちこちの毛先を小さな指でねじっていた。

 手触りから、ゴミでも付いているように感じているのだろうか。


「じゃあ、お風呂にしよっか」

 メイは一緒に入浴し、髪を洗ってやろうと立ち上がり……来客を知らせる電子音に呼び止められた。


「メイ課長、おはようございますですゾ」

「おはようございますペドロ課長、どうかしましたか?」

「お二人を新しい住居へご案内、ですナ」



 二人は入浴する時間もなく浮揚艇(エアリー)に乗せられ、仮建ての住宅とやらへ連れていかれた。

 しかしそこで目にした住居は……仮設住宅というには、やけにしっかりした造りに見えた。

 浮揚艇に運転手を残して、メイとタム、そしてペドロの三人が入口の前まで歩く……


「あの、ここは……仮設住宅では?」

「何か問題がありますかナ?」


 仮設にしては、入口のセキュリティが固そう。

 カードキーでのロックくらいはあってもおかしくないが、扉がずいぶん厚いように、重々しいように見える。

 そもそもその手前からして、浮揚艇が余裕をもって通れる幅の門……門内の十分な停泊スペース……


 振り返って門の裏側に目を向けると、そこにもセキュリティロックが完備されているのが遠目に見える。というか既に門が閉まりだしていた。

 また門の端からは壁が広がり、少なくとも住居の陰までは伸びているのが分かる。


「仮設住宅に門や二重ロック、壁までは要らないでしょう? それに、門から玄関までも広すぎるし」

「そりゃあ、ここは後日仮の司令部にもなりますからナ」

「え? 住宅じゃ……」


 仮とはいえ、司令部? そんな所に……


「指揮官どのの仮住まい兼司令部として、夜を徹して建てましたゾ」

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