扶子
想い人によく似た、少女の声。
メイは自然と……低い所から聞こえてきたそれに、目を向けていた。
想い人によく似た、白銀の髪。
想い人によく似た、細い肢体。
想い人によく似た、けれど少し低い背たけ。
想い人によく似た、けれど少し幼い顔つき。
「っ!? あなたは、ショ……」
メイは思わず訊ねかけて、しかし視覚が別の情報を捉えて……それがメイの口を止めていた。
想い人によく似た、金色の瞳……
それは、片目だけ。
もう片方の瞳は、あの煌めくような金色……ではなかった。
想い人とは、違う瞳。
「そのひとが……あたしの、ととさまなんだって」
しかしその瞳の色は、違う瞳と呼ぶにはあまりにも……身近なものだった。
紅い瞳。
深く暗い闇夜の空でも、静かにただし煌々と燃える赤色巨星のような……メイの瞳と同じ輝きを宿した瞳。
「かかさまはおねむだから、ととさまのところにいこうねって、あおおじさんにいわれたの」
かかさまがおねむだから、ととさまのところに?
……そうか。
「おねえさんしってる? メイってひと」
「わたしは……私が、メイです」
メイは声を振り絞っていた。
「……よろしくね」
……私が、この子の父親……きっとそうなのだろう。
あの子にそっくりな髪、顔つき、体つき。
あの子と同じ金色の瞳、私と同じ紅い瞳。
あの子と、私のこども。
あの子が願った、私とのこども。
……それなら。私は。護らなきゃいけない。
私のこどもだから、ではない。
あの子のこどもだから。
メイは直感していた。目に映る少女の言葉が、事実か否かを考えるまでもなく……
父親として、彼女を護っていかなければならないと。
メイは父親というものが、子に対してどう振る舞うのかをよく知らない。それでも……
彼女を安らかに過ごさせてやりたいと。
彼女を健やかな場で育んでやりたいと。
彼女のために、立ち上がらなければならないと。
心の底から、そんな思いが湧き上がって……それらが少しだけ、心身に力を入れてくれた。
「私はメイ。あなたのお名前は?」
「なまえ? ……わかんない……えと、これ」
少女は自分の名を知らないと答えつつ、メイへ口の開いた封筒を差し出した。
封筒の口から、その中に納まった一枚の便箋が見える。
彼女の名かなにか、書いてあるかもしれない?
メイは急ぎ便箋の記載を確かめる。
────この子は昨日、促成槽から出されたばかりで……まだ名前がありませんゾ。まずは名前を付けてやってくださいナ、お父さま。
では、よろしくですナ────
そう走り書きされた便箋には署名こそなかったが、特徴的な語尾が記載者……ペドロによる言伝であることを雄弁に物語る。
ま、これが誰の文かは……今は置いといて。
この子に名前を付ける、か……
何かに名を付けた、そんな経験はあっただろうか?
メイには、そういう経験が……とくに思い浮かばない。
そのためか、いま目の前にいる少女にどう名付けるのが良いのか……についても、どうにも分からない。
局長はこの子の名前、またはその候補を考えて……残していなかったのだろうか? ペドロの手紙に書かれていないということは、そういうことなのだろうけど……
残しておいてくれれば、迷わずその名を使ったのに。
あの子なら、私が苦手そうなことは、いつでも……知らぬ素振りをしながら、サッと解決しておいてくれたのに。
局長のことを思い出して、また……悲哀に深く囚われそうになる。
「どうしたの? ないてるの?」
「……大丈夫、なんでもないの。ごめんね」
これではいけない。少しでも、前向きにならないと。
そうだ。前向きに考えよう。
いま、私は生きている。そばに、この子がいる。
私と局長の……私の局長の、娘がいる。愛すべき娘がいる。
局長はおそらく、この愛すべき娘のために……
この愛すべき娘が、憂いなく生きていけるように……命を投げうったのだろう。
愛すべき娘を残す世界に、私も残して。もしかしたら、私を生き残らせる自体も望みの一つだったかもしれないけれど。
ともあれ、局長は……目的があって命を捨てた、そんな気がしてきた。
局長は、心から願った目的を果たすために……自らを犠牲にした、であるならば。
ならばそんな彼女に、できるだけ……安らぎを。冥福を。憂いのない他生を。
願いのため、自らの命を捧げた局長が……苦しむことも、悲しむこともないように。
「イシュタム……」
そう思えたとき、メイの口から無意識に……知らない単語がこぼれた。
あ、これいい響きかも。
……けど、これだと少し長い気もするな……
「タム……あなたに、タムという名を付けたい。それで良い?」
「タム? うん、あたしはいいよ」
メイは思わず、椅子から降りて膝をつき……目の前の少女を抱きしめていた。
「私はメイ、あなたの父親……これからよろしくね、タム」
「んぐ、いだいよととさまっ……」
昨日までとは違った熱さの涙が、頬を伝ったような気がした。
局長が懸けた命、それに見合うだけの……それ以上の意義を、これからこの子と二人で育んでいかなければ。
……いや、育んでいきたい。




