配材
「そう、ペドロ課長……貴方がこの惨状の、黒幕!!」
エステルは高らかに自説を唱えた……
「くっ、プッ……フフフっ、アッハッハッハッハ!!」
しかしエステルの推理は、拡声器越しの男声に笑い飛ばされる。
「何がおかしいのです、ペドロ課長!?」
笑い声に対し、エステルが語気を荒げた。相当に不愉快なのだろう。
不快なのはメイも同じであった。そんな、大笑いしているような場合じゃない。
しかし、エステルの推測も……局長と個人的に交友のあったペドロが反旗を翻すとは、メイには考えにくかった。
その意味で、それはあまりにも的外れな推測に思えて……それもそれで少し不快だった。
「ハハっ、いやぁ申し訳ない……だが可笑しくてたまりませんナ」
「あっさり見破られたこと、が?」
「いや?」
拡声器越しに、指を鳴らす音がした。数秒遅れて、虚空に映像が描画……地上のメイ達へ向けた映像が表示される。
「……悪役の下手な茶番、芝居を眺めることが、ですナ」
映像では……
小銃を構えた男と女が室内ではち合わせ、銃を下ろしながら顔を見合わせていた。
「ああ、エステルのとこの副官か……なあ、棟内に敵兵がいない。どういうことなんだ? エステルから何か聞いていないか」
「え? 標的に近侍する職員は、アウグス課長の部隊が予め拘束したのではないのですか?」
「そんなバカな! 俺はエステルと同時に攻め込んで、確実に棟内を制圧する手はずと聞いているぞ? そのエステルはどこにいる?」
体格の良い二人は周りを見回しながら、なにやら言い合っている。
「エステル様は増援に備えて、後詰めに回ると聞いています。気になる人がいるとかで」
「後詰め、増援? そんなもの、先に局長を殺ってしまえば恐れるに足りん! 今さら何を怖気づいてんだあのガリ女」
「あの、わたしの前でエステル様の悪口は……」
「あ、ああそうだなスマン……ま、俺にとっちゃ出し抜くチャンスだ」
「させません! それならエステル様に代わり、わたしが先に!」
「へッ、早い者勝ちってか!?」
二人は分かれて走り出した。映像は男のほうにフォーカスし、階段を駆け上がる姿を画面に捉えている。
また画面右下に浮かぶ数字から、映像が今日のものだと分かる。
「ここか、局長……いや、元局長、アナベル!!」
堅固なドアの前にたどり着いた男が熱線を撃ってドアのロックを壊し、重いはずのドアを勢いよく蹴破った。
「よっし、俺がこのクーデターを成功させた! 俺の勝ちだな、エステル!!」
男が踏み込み銃口を向けた先では……男より二回り以上小さな銀髪の少女が、膝立ちの姿勢で青白く輝く球体を抱きかかえていた。
少女は神妙な顔つきで、一心に何かを祈るような……まっすぐな視線を球体の上部に向けている。
その瞳に、恐怖や憤怒といった感情の濁りはまったく見えない。
「なんだそれは? そんなもので、何ができる……?」
少女は表情を崩さぬまま、何かを呟いて目を閉じた。
それに呼応するかのように、球体の青白い輝きが急速に拡がり、画面中を覆い尽くした…………
あの唇の動きは……同じだ。
あのとき、私を受け止めながら……私の名を呼んだのと。
再び拡声器越しに指を鳴らす音が聞こえて……それを合図に映像は消え失せていた。
「さて、弁明の機会は必要ですかナ?」
「メイ課長、これは捏造よ。騙されちゃいけない」
「……本当に、下手ですね」
「え?」
「この短時間で、動画を捏造するなんて不可能」
あんなしおらしい表情をした局長は、一度しか……見たことがない。
あんな顔をしてたのは、あの時だけだ。
二人で、子供を作りたいと……私に懇願してきた、あの時だけだ。
あの子は、余程の事態でもない限り……私以外の前であんな表情なんか、しないはずだ。
だから……あんな表情をしたところを、事前に撮られているはずがない。
それに、動画編集で誰かの表情を変えて自然に動かせるなんて……聞いたこともない。
あのしおらしい表情までは、捏造できないはずだ。
「短時間ってそんな、冷静に考えましょう。動画なんて事前に用意しておけば済む話でしょう? 第六課の技術力で手早く編集して、タイムスタンプだってその気になれば……」
「それに……人には真似られないもの、取り繕えないものがある。貴女には分からないのかもしれないけど」
もはやメイは、エステルこそが本件の首謀者だと……確信していた。
で、あればエステルは、仇の一人……
「はぁ~……ま、そこまで上手くはいかないか」
と、エステルが突然メイの側へ振り向いた!
それとほぼ同時、なにやら胸騒ぎがしたメイは飛び退いていた。
そのメイの目前を、艶のある赤と黒の線がかすめていた!
「流石ね」
「そちらこそ」
頭を狙った回し蹴り……どうやらエステルは演技をやめ、開き直り……実力行使に切り替えたらしい。
「生き残りは、殺すよりも……最後くらいは、いや貴女くらいは自分で、確実に屈服させるように……料理しましょ」
エステルの右手が上下にブレた。
「ぐっ!? っ……」
すぐさま、メイの両脚に焼けるような痛みが走った!
撃たれた!? 早い……それに、距離を取ることも狙って蹴りを出していたのか? 強いな……
メイは熱線銃で撃たれた左膝が笑うのを、何とか堪える。
堪えつつ、身体の基幹部を貫かれないように霊的防御を集中させる……
「やっぱり、イイ声ね……じゃあ次は」
「っ!? い゛っ……」
脚を撃たれているせいで反応が遅れた。
メイは飛び退いて避けることができず、今度は左肩を貫かれる!
「ふふ、かわいい……次は右かな?」
「くっ……何を」
何を楽しんでいるんだ? とメイは痛みよりも苛立ちを強く抱くが……
「やめろッ!!」
マリエの声。
「いつっ、なんで!?」
と、別の熱線が脇腹を焼いた。
今度は後ろから撃たれた!? どういうこと……って、ああ……
メイは思わず振り返った……ところで、マリエの射撃能力の低さを思い出した。
間にいるメイを避けながら奥のエステルを撃つなんて芸当は、射撃の苦手な彼女には当然難しい。
そっか、ま……マリエの腕じゃね……
というメイの納得をよそに、何かが爆ぜたような音が発されていた。
「チッ!? 直撃!?」
マリエの一射は、見事にエステルの持っていた小型熱線銃を撃ち抜き爆破していたのだ。
「え、当たった……?」
当たった。確かに当たった。
ただしメイの脇腹を引っかいた先で、ではあるが。
「へえ、部下も優秀、か……羨ましいものね」
「余計なことは言わないしね……たまに痛いトコ突いてくれるけど」
メイはエステルを睨みながら、二歩ほど間を詰める。
それに合わせてか、マリエが駆け出しエステルの斜め後ろに飛び込んでいた。
「ありがとう、けどこの先は……私一人でやらせてほしい。ごめん、マリエ」




