壊疑
爆発の直前に届いていたものと思しき、局長からの個人メッセージが……浮揚艇の座席で揺られるメイの思考と感情をぐちゃぐちゃに乱した。
メイは思わずメッセージを閉じて、何秒かただ呆然と身を震わせて……戦慄き声を漏らして。
乱れきった頭で、何も考えられずに……もう一度メッセージを開いた。
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メイへ
このメッセージが届いたということは、わたしはもう生きていないってことになるのかな。
ごめんね。もういっしょにねられないね。ごめんね。
けど許して。メイのためだから。メイに生きててほしいから。
わたしがいなくなっても、メイには生きててほしいから。
だから、わたしはわたしに出来ることをしておくから。
少しでも、私たちの敵を……減らしておくから。
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メイには、メッセージの途中までしか読み返すことができなかった。
いや、もしかしたら最後まで文言を表示できていたかもしれないが……後半についてはまるで知覚できなかった。
つまり、あの子は自分の意思で……?
自分の意思で、自ら命を捨てて……?
己の命を引き換えにして、「敵」を?
なんで、そんなこと……
なんで、私を置いて……
なんで、私を使って……くれなかったのだ。
なんで、あの子が……命を捨ててしまったのだ。
なんで、私にそう……させてくれなかったのだ。
あの子が死ぬくらいなら、なぜ私を……
私が死んででも、あの子を護れれば……良いはずなのに。
なんで、私を置いて……逝ってしまうのだ。
なんで、相談もなしに……突っ走ってしまったのだ。
「敵」なんて、私に命じてくれれば……出来るだけでも、倒してみせたのに。
……「敵」…………
なにがなんだか、わからない。
ただ、あの子が自分の意志でこの大破壊を引き起こしたこと。
それは分かった。
あの子が自分の意志で、討つべき者たちを道連れにしたこと。
それは、判った。
私は、これから……何をすべきなのか。
それは、判っている。
けれど……けれど。
あの子のいない管理局で、『礎界』で……何をしたって……
あの子が死んでしまったのなら、もう会えもしないのなら……
あの子の笑顔も、真剣な顔も、いたずらっぽい声も、少し冷たい声も、甘ったるい声も、甘ったるい香りも、少し冷たい指も、細い肩、暖かな背中……どれも、何も、どこにもない。
そんなところで、何をしたって……
あの子がいないのなら、そんなところで……何をしても、そんなところで…………
私には何もない。
空しい、虚しい。哀しい、悲しい。寂しい、淋し
気付くと誰かに手首を引かれ、揺さぶられていた。
「メイ、この辺りで間違いない」
メイはマリエの声と手により、暗い渦に沈み込むような惑乱から救い上げられる。
「第六課の技術棟……ただ建物はない」
「……地面のどこかが……地下とつながってるはず……」
メイは我に返ってこそいるものの、気力はすっかり萎れていた。
浮揚艇から力なく降りながら、力なく呟く。
局長が、自らの意志で死亡したと……そうはっきりと知らされてしまっては最早どうしようもない。
確かな現実を認識して、なお落ち込まないでいるのは難しい。
と……
「痛っ? 何……」
「しっかりして。らしくない」
メイは明後日の方向を向くマリエに、足を踏まれていた。少し痛い。
「もうすぐ第一課長が来る」
「……ごめん」
メイはマリエの意図を察して、一言詫びを返した。
メイからも、エステルが向かってくるだろう方向からも顔を逸らしている、その理由までは想像できないまま。
マリエの言葉通り、長く待つこともなくエステルの浮揚艇が合流してきた。
「あら、私のこと待っててくれたの?」
「……地下との連結部、手分けして探したほうがいいと思うので」
やはり、エステル課長の口調はどこか軽い。これほどの惨状、巻き込まれた部下や知人だっているはずなのに。
メイはそう感じて、微かな苛立ちを覚えたが……
「その必要はありませんナ」
その苛立ちは、拡声器越しの男声にかき消された。
「ペドロ……課長?」
メイは声の主が、第六課長ペドロのものと察した。
声というよりは、その特徴的な口調で……ではあるが。
「課長どの、ご無事でしたか」
エステルもメイの反応を見てか、ペドロが無事だと捉えたようだ。
しかし……その態度からは、メイと合流したときの微笑みや喜ばしさ……そういったものを、一切感じ取れない。
それどころか、無事だったことをまるで歓迎していないような雰囲気とすら……メイは感じていた。
とは言えそれは、いま気にすべきことではなさそうだ。
「ひとまず、私たちと合流しましょう」
「合流して、まずは今後の方針を検討すべきね」
何者かによる管理局への攻撃、それに対抗したものと思われる局長の自爆……
より正確な状況の把握と、善後策の検討のためにはペドロ達第六課と協力すべきだろう。
メイもエステルも、ペドロへ語りかける意見は一致していた。
しかし。
「……遺憾ながら、それはできませんナ」
ペドロはメイ達との合流をはっきり拒んだ。
「え、どうして? どういうことでしょうか? 説明を……」
エステルがペドロを問い詰めようとしたが、途中で何かに気付いたように眉をひそめ、言葉を詰まらせ……
「っ、まさか!? 貴方たちは!?」
突然声を荒げて、そしてどこへともなく飛び退いた!
「こうなることを知っていて、地下に避難した……つまり!!」




