後謀
細長い人影……目を凝らすと、艶のある赤でタイトなパンツスーツが辺りの光を反射している。
体型と服装、そして理由はともかくこの場に一人無事でいること……それらを勘案すると、あれは十中八九……
第一課の長、エステルで間違いない。
「どうする? 私は今、貴女の指示しか聞かない」
前の座席から聞こえたマリエの物言いは、メイの胸中を強く締め付けるようだった。
先ほどまでは、局長の指示を受けてメイを足止めしようとしていた。
そんな彼女が、今はメイの指示しか聞かないという。
それはつまり……
局長はもう居ない、または指示を出せるような状態ではないのだろうと察して……口にしているのだ……
そう、痛感してしまって。
「ま…………話……を……」
そう痛感すると……胸が苦しくて、頭が重くて、力が入らなくて……涙すら出てきそうで、メイはうまく声が出せなかった。
……いや、これではダメだ。
この場に今、無事でいること……
それは、あの女が一枚噛んでいる……この現況に、関与している可能性があることを意味する。
そうだ、今はまだ……あの女の前で弱音は吐けない……!
メイは歯を食いしばって自分の胸元を叩いた。胸の内の、苦しみを誤魔化すように。
そして意識して目を見開き、背筋を伸ばした。
……今はまだ、闘わなきゃ。
「まず……話を聞きましょう。『第一発見者は疑え』ともいうし、確実じゃないけど」
第一課長エステルがこの状況に間違いなく関与していると断定はできないが、逆に何も知らない可能性は低いだろう、とメイは考えている。
あの女、エステル課長……
関与していないとしたら……他の誰が、ここまでの事態を引き起こせるのだろうか?
それに無関係だとしても……騒乱の動きをまるで察せないような人物とは思えない。
察して放置してたのなら……この事態を喜び、状況次第で動いてくるかもしれない。
もちろん、これが事故ではなく事件だと決め付けるのは早計だろうけど。
だけど、事故の可能性──こんな巨大な……高エネルギーの暴発が、事故……偶然の重なりで、この場所で起こる可能性──それは、相当に低いはず。
メイは半信半疑……というにはだいぶ疑い側に寄ったスタンスだが、とにかくエステルに話を聞くことにする。
「わかった、私は少し離れて見張っておく……どうやら武器は用意していない」
マリエが、細長い人影に横付けする格好で浮揚艇を止めた。そこからメイだけが降りて、エステルに声をかける。
「お疲れ様です、エステル課長」
「遅かったのね、メイさん。けど無事でなにより」
エステルが声をかけたメイの側へ身体を向けながら、会釈する。
「いえ、私のことなど……あ、失礼。エステル課長も……」
「バカンスに出かけたとこに緊急通信を受けてすぐ引き返したんだけど、まさかこんなことになってるなんて……メイさんはどこに?」
エステルは自ら近々の行動を話しつつ、メイへも問いかけてきた。
「私は、彼女と通信棟で作業してました。局長の指示で……そこで爆発を知って、ここへ」
「通信棟? ふうん……」
メイはマリエを手で指しながら、正直に答えた。それを聞いたエステルが少し表情を固くしながら眉を寄せ、腕を組んでいた。
私を疑っている……のか? けど、他人を疑っているということは……逆に考えれば、この事態には関与していない可能性が高いのか?
「……ま、貴女が無事だというのは確か、か」
メイの思考をよそに……エステルは腕を組んだまま呟いて、なぜか微笑んでいた。
「さて、これからだけど……私が来たときには、起爆粒子や爆轟物質の残存を確認できなかった。未知の新兵器が使われた可能性が高いわね。そして、地表面はご覧の有り様」
「と、いうことは……? 誰もいないということは、外部からの攻撃も想定しにく……」
と、メイは思い出した。
第六課には、機密性の高い開発案件を進めるための地下施設がある……という話を。
「……第六課?」
「知ってるのね……そう、第六課の地下設備、あそこをあたりましょう」
エステルは背中からツールバッグを取り出している。
「残念だけど、地上は……この有り様では、生存者も見つからなさそうだしね。けど私達だけでは、異界出張組の帰還拠点を復旧するのも大変だからね」
「早めに事態を収拾しつつ、管理局の機能も復旧させないと……か」
メイはエステルと話し合ってはいたが、その声が弱いのを自覚していた。
なぜなら、管理局機能の復旧……その点までは、メイには考えられなかったから。
メイにとっては、そんなことよりも……大事なことがあるから。
「そういうこと……どちらにしても、第六課に乗りこむのが最優先でしょうね」
エステルが冷静な声でメイに語りかけながら、ツールバッグから携帯型の浮揚艇を出現させる。
「歩いても大して変わらないかもしれないけどね……あ、武装は持ってる?」
「第六課へ行くのなら、大丈夫です」
メイはエステルの冷静さに、少しいらだちを覚えていた。
この女、現状に無関係だとして……なぜそんなに冷静なの?
友人知人や部下達も、爆発に巻き込まれただろうに。
長として、冷静でいようというのは分からないでもないけど……
「そう、じゃあすぐ向かいましょう」
「マリエ、第六課の技術棟の場所……分かる?」
メイはエステルの声と、浮揚艇の起動音を立てるのを背に……マリエの待つ浮揚艇に乗り込んだ。
と、メイが座席に着いたところで……伝言メッセージの未読を伝える通知が届いた。
伝言メッセージの未読通知? そんな機能あっただろうか?
「未読……? 運転中、そんなの読んでる場合じゃない」
マリエにも同じ通知が届いたらしい。
「けどメイは、今のうちに確認したほうがいいかもしれない」
マリエ、こんなときに妙なことを言うな……とメイは訝しんだ。
ただ訝しみはしたものの、素直にメッセージを見ておこうとメイは感じて……通知から本文を開いた。
メイへ
このメッセージが届いたということは、わたしはもう生きていないってことになるのかな。
ごめんね。もういっしょにねられないね。ごめんね。
けど許して。メイのためだから。メイに生きててほしいから。
わたしがいなくなっても、メイには生きててほしいから。
だから、わたしはわたしに出来ることをしておくから。
少しでも、私たちの敵を……減らしておくから。
許してくれるなら、管理局のこと……あの子のこと……よろしくね。
許してくれるなら、わたしもあのときのこと……許してあげるから。
「銀髪でアナベルってイケボのおっさんかな?」とか言ってくれたの、許してあげるから。
あとはよろしくね、メイ。
今までありがとう、メイ。
ほんとうに、ほんとうにありがとう。だいすきだよ、メイ。




