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惨残

 早く、早く行かなければ。


 メイは記録保管庫の一室から飛び出し、武器も持たぬまま駆け出していた。



 爆発がした方向は、音からして……指令本棟や使座堂(アポストリス)といった管理局の主要施設や、管理官舎などがある方向……だと思う。急ごう。


 まず通信棟から出ようと出入り口へ走ると、ドアの周りに少しヒビが入っていた。

 といってもそれは、思考が局長の安否一色となっているメイにとっては至極どうでもいい。

 ただ、出入り口のドアも爆発の衝撃で歪んだのか……開こうとする力に音を立てて抵抗を返す。


 ……こんなときに!


「じゃま!」

 メイは焦りからか、ドアを強く突き飛ばしていた。



 通信棟から外へ飛び出たメイは爆発音が起こったらしい側……左へ向き直し、目視確認しようと……して、すぐに異常に気付いた。いや、気付かされた。


 無いのだ。


「っ……!?」


 どこにも無い。

 あるはずの、見えるはずの建物が。

 視界の先に無いのだ。指令本棟が。

 管理局の敷地内なら大抵の場所から見えるはずの、指令本棟の上端が。


 まさか、やはり、あの爆発……


 胸が潰されたように痛む。

 全身の皮膚が感覚を失う。

 膝の力が抜けてよろけ、後ずさる。

 動揺と涙で視界が揺れ、立ち(くら)む。



 あの子は、相応の理由がない限り……常に指令本棟か使座堂、管理官舎に……

 再び想像してしまった最悪の事態が、一瞬にして思考を塗りつぶす。


 頭が真っ白になる。何も考えられない。

 何も考えられない、けど分かっている。

 早く行かなければ。あの子のところに。


 何も考えられないまま、指令本棟があった方向を真っすぐに見つめ……メイは走り出していた。



 どれほど走り続けられたのだろうか、メイには分からない。


「あ゛、あれっ……」

 ただ、足が止まってしまった。

 激しく動いたことで、先ほど受けた腹へのダメージが強調されたのか……身体が動かない。


「うぐっ……早っ、早く……」

 腹が痛んで思うように息を継げないせいか、身体の重さも感じる。


 そんなことではダメなのに。

 こんなくらいでへたってちゃダメなのに。

 早く行かなきゃ、あの子を助けなきゃダメなのに。


「ゔ……なんで……動いてよ……」

 メイの意志とは裏腹に、身体は弱々しく膝をついてしまう。


 さもありなん、腹部への深く強い打撃は深刻なダメージとなり、それは長く蓄積し……後に響く。それも、強者による的確な、連続した打撃ともなれば一層のこと。

 それはメイであっても例外ではない。むしろ……相応の実力者に不意を付かれ、防御も整いきらぬまま散々に打たれたのだから当然である。


 しかし、そんなことは……今のメイにとっては言い訳でしかない。


 私はどうして、何のためにここにいるの!?

 私が行かなくて、誰があの子を助けるの!?

 私は、私は、あの子のために


「ん゛っ、ぐ……」

 やはり身体はうまく動かなくて、全身が震える。

 手足が腹の内側へ引き寄せられているようで、言うことを聞いてくれない。


 私は、あの子を……

 あの子を、護らなきゃ……護りたいの!!


「うああああっ!!」

 それでもメイは立ち上がった。雄叫びを上げながら立ち上がった。

 そして、痛む身体へ鞭打つように自分の腿を(はた)き……再び走り出そうと力を込めた!


 と、そのとき……少し冷たい風が背中越しに吹きつけた。


「乗って、走ってるような場合じゃない」

 浮揚艇(エアリー)が音もなくメイの横へ現れて、動きを止めたそれはクラクションを鳴らしてメイへ合図を送ってきた。


「マリエ……」

 振り向くと、小型の軽装浮揚艇……そこに乗っていたのはマリエだった。

 彼女は急いで駆けつけてくれたのか、ヘルメットをしていない。ヘルメットを忘れたために露わなその顔は、泣き腫らしたのかひどく(まぶた)がむくんでいる。


「せめて、私が連れて行くから」

「……ありがとう」

 まだ少し声が出しづらかったが、それでもメイは礼を言いたかった。


 こんな酷い顔、初めて見た。いつも同じ顔と表情で、パッチリ整ってるはずなのに。

 なぜか分からないけど、彼女も辛い思いをしてるのだろう。それでも、来てくれた。

 助けに来てくれて……本当に、ありがとう。



 メイは浮揚艇の後部座席に座って、指令本棟へ……ヘルメットは無しで。


「緊急事態だし、仕方ないよね」

 座席で一息つけたせいか、軽口を叩ける程度には心身とも落ち着くことができた。


「そう……緊急だから、速度制限も守らない。つかまって」


 速度違反を伝える警告(アラート)が、車体全体へひっきりなしに響き続ける。

 それと風を切る音とを置き去りにしながら、全速力で走り抜けていく。



 しばらく走り続けたところで、マリエは浮揚艇のスピードを落とした。

 後部座席のメイからは見えないが、おそらく位置情報表示画面で管理局の建物に近付いたことを確かめたのだろう。


 メイは前方から横へ流れていく辺りの景色に目を向けてみた。すると……何の建物かは忘れたが、こちら側に傾いた建物が目に入った。つまり、この先が爆心地だろう……

 更に進むと、瓦礫(がれき)のような山……


「厚生棟がない……」

 普段、建物が存在する状態でしか見ていないためメイには合点がいかなかったが……地図を見られるマリエは、瓦礫が厚生棟だった場所のものと気付いたらしい。


「先へ行こう」

 メイは(おのの)きつつ、震えを止めようと手すりを強く握って……マリエに促した。


 厚生棟ですらこの様子ということは……これより先、は…………



 メイの抱いた不安は、狂いなく的中してしまった。

 厚生棟の少し先、厚生棟より細かく砕けた管理官舎の残骸を見たのち……メイ達の目に入ったのは平坦な露地ばかりであった。


 ただ一つ、細長い身体をした人影を除いて。

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