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ヴォヤージュ2XXX

 未来的な建物……という表現は、少なくともこの異界では見られない、話し手が知らない類の建築だとすぐに分かる外観だから……か。

 まさか、『礎界(そかい)』のことを言っているのだろうか? そこでの大規模な破壊? 誰がそんなことを?


 そんな与太話を信じろと……いや……もう少し詳しく聞いてみるか。

 西城(さいじょう)の話が、適当なホラ話とは限らない。ほんとうに将来、その状況を迎える可能性があるのなら……意識はしておきたい。


 だから、なるべく……話を聞き出してみよう。

 とりあえず、気になるとこから。



「そこに……子どもはいますか?」

 西城の話を聞こうと考えたメイが初めに気にしたのは……局長(ショボー)のことだった。

 メイにとっては直属の上司である。いや、それ以上に……

 本質的には怠け者の類であるメイが、そこそこの蓄えと退職年金の受給資格を得た今でも管理局に勤めている理由。


 愛すべき……代え難き恋人。

 よくある言い方をすれば、かけがえのない人。


 彼女がいるから、彼女の役に立てるから、管理局に勤めている。

 もし管理局に彼女がいないなら、そこに所属する理由など無い。


 メイが管理局にいる理由は、間違いなく……局長の存在である。



「お、乗ってくれる……のがッ、いや子供はいなかっハァッ……三人とも、お、大人に見えたよ」

 西城はときおり苦しそうに息を整えながら、それでも何やら満足そうな目をして答える。

 それを聞いて、メイは少しギクリと……嫌な予感がした。


 どこかへ避難しているとか、別の異界での出来事とかならいいのだけど……

 それなら、なぜ私が泣きそうな顔をしていたと言うのだ?



「なぜ私が泣きそうな顔をしている、と?」

「そッ……れは、そう見えただけで、理由(ワケ)まではな……」

 懸念したことをストレートに尋ねてみたが、かわされた。


「そう……その、三人の特徴は?」

 メイは話を続けようと、話題を変えてみる。


「ああ、一人はアンタだろ、でもう一人は……細長ゲホッ、テカテカの服着た、髪の……短……い……」

 西城はまた語りだしてくれたが、口の動きが少しずつ遅れ弱まりだした。


「髪の短い?」

 メイは質問を足すが……


「あガハッ、グ、ゴボッ……ッ…………」

 答えは返ってこなかった。

 メイは西城を見下ろすのを止めて、天を仰いで……ため息をついた。


「たぶん、もう目を覚まさへんよ。というか、このまま休ませたってくれへんかな?」

 メイが上を向いていたうちに、東條が西城の横で膝を下ろしていた。


「ごめんな、マキシ……」

 東條は横たわる西城の身体に、涙のしずくを落としている。


「言えんかったんや、ふたりとも()()で死ぬ……なんてな」

 どこか、幼子に優しく語りかけるような雰囲気。


「だって、教えたらマキシはたぶん……わたしだけでも逃げろって言うやろ?」

 優しく相手を諭すような穏やかさで、東條は語りかける。


「気にかけてくれるのはうれしいけど、それはあんまし意味がないんや……わたしはもう……」

「なぜ意味……」

 メイは口をはさみかけて、口をつぐんだ。

 そこに触れる必要も、触れる権利もないと考えて。


「そんなん……わたしには言えんかったんや。病気やから、なんて言っても余計な心配させてまうだけやろから」


「それに、どうしたって、わたしはじきに……あっ」

 東條はなぜか右によろめいて手を付き、それでも身体を支えられず倒れ込んだ。


「お騒がせしてごめんな、もう身体が思うように動かせんくなってきてるんよ」



「ふふ、わたしもお姉さんに『見えたもの』を教えとこうかな。最期くらい、マキシとおんなじにして」

「……なら、同じように教えてもらいましょうか」

 倒れたまま会話を続けようとする東條からも、メイは未来の話とやらを聞き出すことにした。


「シンプルな部屋……お姉さんの部屋やろか? 家具も見たことない造りしとる、いっぺん見てみたかったわあ」

 しかし東條の話は、西城のそれと異なっていた。また……


「ヒドい顔して、ひとりでお酒飲んで泣いてるみたい。髪もボサボサなってるし、やつれててせっかくの美人さんが台無しやんなあ……それだけ辛い思いをしてるんやろか」

 辛い思い?

 東條の話は、西城よりも明確にメイを不安にさせる。


「できたら、なぐさめてあげたいなって可哀そうに思うくらいには、辛そう。けどそれは、わたしには無理なことやから」



 酒は楽しく飲むもの、メイはいつもそれを心がけている。

 しかし東條が見たというメイの姿は、まるで違っている。


 それが、何を意味しているのか……

 西城の語った未来と、繋がりがあるのだろうか……?


 メイがそれほど憔悴(しょうすい)するような事態、など……いくつも思い付くものでもない。

 ……まったくの出鱈目(でたらめ)であればいいのだが。そう思いたくなる。



「なあお姉さん、これだけは忘れんといてな」

「え、はい、分かりました」

 不安な考えに陥りそうだったところ、メイは東條から呼びかけられて思わず同意の言葉を口にしていた。



「生きてさえいれば、死なないでいられるうちは……絶対にチャンスはある、ってことを」


「わたしからお姉さん……メイさんへの遺言やと思って……会ったばかりでそんなん言うのもなんやけど……お姉さんのこと、なんかわからんけど気になるから……っ……」


 東條の話し声は徐々に弱々しく……そして途切れた。




 メイは外に出て廃工場を崩壊させ、標的の二人を巻き込んだ。

 そして二人の生体反応が消えたのを確認してから、一人『礎界』へと帰還した。

 依頼解決の達成感よりも明確に支配的な、不安感を振り切れないまま。

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