運命の暗黒面
……現地時間を知る方法を調べて、用意しとけばよかったかな。
メイは少し待ちくたびれていた。
時間に遅れたはずはないので、ひたすら待っていれば『東條』が現れる……はずなのだが。
もちろん可能性として、掲示板に書き込んでいたのが偽者──『東條』を騙る愉快犯だったということも有り得る。
だが、あの書き込みが偽物で、既に予定時刻を過ぎているなら……『東條』に会えないと察して噴水から離れる者が一人くらいはいるはず。
もう少し待ってみるしかないか……
と、辺りの現地人がにわかにざわつき出した。予定の時間が近いのだろうか?
メイは周囲を警戒する。辺りではざわつきに連れて……噴水の西側から、少し脱力したような様子──フラフラした足取りで一人の女が現れ、まっすぐメイへ近づいてきた。
「東上してきたで、東條さんやよ〜」
そこには、黒い長髪を緩く束ねた女がいた。
女はまるでメイ一人へ語りかけるように顔を向け、手を振りながら名乗りあげた。
周りの十数名の視線が、東條を名乗る女とメイへ向けられる。
「……私にご用ですか?」
ひとまず、メイは目線を向けつつすっとぼけてみる。
おっとりした印象の、可愛らしい女だと感じつつ。
「そうやね……今日は見た感じ、お姉さんだけやな」
『東條』を名乗る女は、メイだけが今日の標的だと言って……メイの手を取ろうとした。
メイは様子見で、そのまま手を取らせてみる。
「ちょっとお話せえへん? ふたりで」
「マジか……はぁ〜あ」
「ほら見ろ、何ともなかったろ? ビビりすぎだっての」
「チッ、うっせーな……にしてもあの二人ちょっと似てるな」
「ああ……確かにいろいろ似てっし、レベル高けー」
「なんか、聞いてたのと違うような……まあいっか帰ろ」
「今日もダメか……」
今回は『予言』を得られないと察してか、噴水の周りに集まっていた現地人たちがぞろぞろと去っていった。
「とりあえず、座ろっか? イヤなら一人で座らせてもらうけど」
『東條』らしき女はそう言いながらメイから手を離し、噴水の縁に腰かけた。
メイは万一に備えて、立ったまま話を聞くことにする。
「ごめんな、ちょっと疲れててな」
女は腰かけて早々にうつむき、ため息を吐いていた。その様子は、若々しい容姿には不似合いとも思えた。
「貴女には、人の将来や……死が予言できると聞いています」
しかし、それはメイに関係のないことである。メイは率直に話を振ろうとした。
「いきなりそれ? まあええけど……」
女は顔を上げて、苦笑いしながらメイと目を合わせた……
「……って、あれ……これは……?」
メイと目を合わせて静止し……一、二秒経ったところで、何かに驚いた。
女はそれを隠さなかった。
「私の顔がどうかしましたか?」
「メイ……さん? は、いったい……」
女のつぶやきに、メイも驚いた。
メイはまだ、女に名乗っていないはず。なぜ名を知っているのだ。
「やっぱり、お姉さんは……それなら、今日…………」
何を言いたいのか分からないが、女はメイから目を離し……視線を落として、手を震わせていた。
目にしたメイの将来、末路に混乱しているのだろうか?
それとも、何か別の重大な問題が起こったのだろうか?
「東條、そいつから離れろ!」
と、横から怒声が聞こえた。その方向へ振り向くと、一人の男が猛然と駆け寄ってきた。
男はメイの数歩先で足を止めるとともに、両手に小型のナイフを持ち出して……片方をメイに突き付け、もう一方を身体の後ろへ引いた格好で構えている。
「マキシ……どうしたんや、そんな慌てて」
「そいつはおかしい、気づいてないのか東條!?」
「……言いたいことは分かるけど、女の人にいきなりナイフ向けるのは感心せんなあ」
いや、男でもいきなり刃物を突きつけちゃダメだろう……とメイは思いつつ、素早く辺りを見回した。
東條ともう一人──赤髪の男を除き、近くに現地人はいないようだが……離れた場所、遠目に見える範囲には多くの人の動きがみられる。
ここでは、熱線銃は使わないほうが無難か。
「え? いや、わかってんならよ……」
「ごめんな、マキシ……こっちにも事情があってな」
この二人、なぜもめているのだろうか。
マキシと呼ばれる男も、東條と同様メイに違和感を抱いたらしい。
また東條は、おそらくこの男にも何かを隠している。
「貴女のお仲間ですか? 仲間なら、ちゃんと話し合って意思疎通しておいたほうが」
ただ、当面はこの二人がメイの標的──ヒトの将来を『予言』し正確に言い当てることで現地の人心を惑わす男女二人組だと考えて良さそうだ。
メイはそう考えて、数歩下がった。下がりつつ、追跡用の超小型発信器を二人の身体に忍ばせようと……
「ああ、そうだな……その前に邪魔者を消してからな!」
男はメイへの警戒、臨戦態勢を解かない。
「俺の名は西城マキシ、いざ!」
いや、警戒を解かないどころか早速メイへ飛びかかって
「待ちいやマキシ!」
メイまであと一歩のところで、その全身がピタリと止まっていた。
見ると、東條の手が男の肩をがっしりとつかんでいる。
「なんで止めんだよ東條!?」
「ちょっと落ち着きや、こんなとこでやらかすつもり?」
東條は男を止め、なだめている。それはメイにとっても好都合である。
二人を排除するにしても、ここでは目立ちすぎて任務の要望に沿わないだろうから。
「ちっ、仕方ねえな……明日の夜、下花枠の廃工場に来いよ。逃げねえよな?」
男は場所を指定して、メイを呼びつけようとしているらしい。それでいて、自分は早々にメイへ背を向けていた。
「くだりはなわく?」
その場所は、男にとっては定番の決闘場か何かなのだろうか? しかし土地勘のないメイにはまるで分からない。
「それはどこに」
「ああ、そんなん急に言われても分からんよね?」
聞き返そうとしたメイへ、東條が慣れた様子で紙切れを渡してきた。
「……人助けやと思って、来てくれへん? かな?」
人助け?




