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怪物夜行

 何度もメイの横を通り過ぎていく車輪付きの物体たち……そのうちの一つが、メイの横で止まった。


「くぁwせdrftgyふじこlp」

 その物体の窓から顔だけを出した人型の生命体が、メイの側を向きながらなにやら声を上げている。


 明らかに、自分への呼びかけ……メイは急ぎアプリの自動翻訳を適用する。言語、とくに会話情報は事前調査で得ておいた分だけだから万全な翻訳はまだできないだろうが……



 メイは翻訳アプリによる言語野への干渉、それに伴う辛い頭痛──何かが頭の中に染みこんできて、そこにそのまま棲み着いたかのような重く鈍い──痛みを受け入れる。


「ねーおねーさん、なんでこんなとこ歩いてんの?」

 その苦痛に見合った成果……現地人らしき男の言葉を、概ね訳せたらしい。



 ……何が言いたいのだろうか?

 この道路は、徒歩で往くべき場ではないということだろうか?

 確かに、メイの他に道路を歩いていた人影は一つたりとも目にしていないが……


 などと、黙ったまま考えていると……


「なあ、無視すんなよ〜」

「へへ、まあこれならカイブツじゃねえか、たぶん大丈夫だな」

「あー、よく見たら大丈夫ってかもうやっちまいたい系じゃね? どうせ死ぬんなら最後くらいさ」

 現地人が二人、道路へ降りてきてメイを囲んだ。


「そういうコト……にしても、なんでこんなとこ歩いてんの? 登山ってカッコでもないし」

「もしかしておねーさん()、ここで死んじゃう人……とか?」

 現地人の一人は、そう言いながら……乗っていた物体から金属らしき棒状の物体を取り出していた。


 その、先端がやや太くなった棒状の形には見覚えがないのだが、やはりなぜだか懐かしく思う……本来であればそんな事を考えている場合でもないのだが。


 なんにせよ、その物体にも現地人にも……とくに警戒すべき力は感じなかった。

 そのため相手の暴力を警戒するよりも、メイはまず現地人から話を聞きたくなった。


「私が死んじゃう人? なぜそう思うの?」

 メイは問いかけてみた。

 しかし現地人たちは、その質問に応えなかった。


「俺たちもさ、今日ここで怪物に殺されちゃうらしくってさ」

 その代わりに、現地人の一人が……奇妙なことを言い出した。


「まあいいじゃん、そんなの……らあ゛ぁっ!!」

 その間にもう一人の現地人が手にしていた得物を両手に持ち、顔の近くで一瞬構えて……横に振り出した!


「チョマテヨ顔はまだ」


 顔はまだ? 狙うなと言うのか? なぜ?



 現地人の力をまるで警戒していなかったメイは、丸腰のほうの現地人の言葉が気にかかり……その方向へ顔を向けてしまった。

 すると、無防備な状態で顔面に横殴りを受けて……


 何の痛みも感じることなく、その場に立っていた。


「えっ?」

「話を聞いてくれないの?」

 メイは得物を引っ込めて震える現地人に手を伸ばす。


「え、わ、く、来るな、来るなっ! うわああっ!?」

 現地人は怯えた様子で何度も得物をメイの頭へ振り下ろす。

 それは何度も何度もメイの頭に当たっているが、もちろん痛みはない。


「ちょっと、落ち着きなさい」

 メイはやむを得ず、現地人の腕を(つか)んで押さえようとしたが……現地人は(おのの)いて、得物を振り下ろしながら後ずさっていく。

 しかしその後ずさりはやがて、彼らの乗っていた物体に阻まれた。これ幸いとメイは手を伸ばしたが、そこでも現地人が不用意に暴れたせいで……メイの手元が狂い、首の辺りを握りしめてしまった。


「ひやっやめりゅげっ」

 現地人の悲鳴とほぼ同時に、手に何かを砕いた音と感覚が伝わってきた。


 あ、やっちゃったかなこれ……


「か、かっい……ぶ……っ…………」

 現地人は首をかばうように手をやりながら倒れ込み、絞り出したような(うめ)き声をこぼして痙攣(けいれん)している。


「うっうわあああばっバケモノだああっっ」

 と、もう一人の現地人は悲鳴をあげながらメイに背を向け、駆け出していた。


「あっ、待って!?」

 メイはせめてもう一人から話を聞きたくて、現地人を呼び止め……しかし熱線銃を出すべき状況とも思えず声をかけただけだったが、その声をかき消すように


 プァップァップァァーーン!

 と、低い音が響いた。

 車輪付きの物体がメイとすれ違った際に鳴らしていた、合図するような音……その中でも一際低く唸るような音が。


 その音の方向へ目を向けると、大きな車輪付きの物体が何かを擦らせたような鳴き声をあげながら現地人に襲いかかり……鈍い衝突音と共にその全身を叩き潰していた。


 止まっていた物体の先、叩き潰されて倒れた現地人を遠巻きに見てみると、辺りに体内のあれこれらしきものが散乱しており……即死したのだろうと考えられた。

 と、別の現地人らしき人影が物体の前上部から道路へ降りてきた。


 ここで自分と、もう一つの死体を見つけられると面倒だ……と判断したメイは、咄嗟(とっさ)に脇の草むらへ飛びこんで身を隠した。

 そして少しの間待ち構えて、現地人がこちらを追ってくる様子でないことを確かめてから……草むらを突き抜けて道沿いを下ることにした。




 メイは下りて行きながら、奇妙なことを言って死んでいった現地人たちのことを考えていた。


 メイに絡んできた二人、今日ここでの死を予告されていたという現地人が……メイの目の前で死んだ。と言っても、一人はメイが殺してしまったのだが。


 「今日、ここで死ぬ」という予言……それが正確に死を予知しているとして、そもそもここに来なければ済む……防げる話じゃないのか?

 なんでここへ来ていたのだ? 逃げればよかったんじゃないのか?

 変な話だ。あれが、「予言」により心を乱された者の末路なのだろうか?

 まずは、他の現地人にも話を聞いてみるべきだろうか。




 草の生い茂る中を、どれだけ進んだかはよく分からないが……夜が明けて辺りが明るくなりだしたころ、草むらが開け……眼前に角ばった建造物群が見えた。

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