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暗視の夜

 メイはあちこち歩き回り……敷地を囲っているものと(おぼ)しき柵の一部、少し低くなっている部分を見つけた。

 他の場所とは違い、柵の先も舗装されていたことから……ここが出入り口だったのだろうかと考え、柵を乗り越えて外へ出てみることにした。


 メイは柵に手をかけてよじ登り、乗り越えて……反対側へ飛び降りる。風を受けたスカートがふわりとはためいて、危うくめくれかけた。が、人の目もなければ特に問題はない。

 ともあれメイは首尾よく廃墟の外周へ出ることができた。


 廃墟の外……外縁の円形の広場も、その先で左右に伸びている道路も、細かな石を散らしたような材質でなだらかに舗装されている。

 真っすぐ道路へ進み出ると、その両脇には草木が無造作に茂っていた。



 さて、まずは霊長(ヒト)がいそうな……低地の建造物群へ向かってみよう。仕事しなきゃね。

 確か、ここからだと右側が低くなっていて、その先に角ばった建物が集まっていた。標的が今そこに居るかどうかは分からないけど、ヒトが集まっていれば何かしらの情報はあるだろう。

 とりあえず、行ってみよう。


 メイはところどころ舗装の割れた道を、のんびり歩き始めた。

 当面は端に茂る草木が邪魔にならないよう、道路の端に引かれた白線の内側を歩いてみる。



 しばらく歩いていると、ときおり『礎界(そかい)』で使われる車両(ウィーラー)……陸上用の乗り物に似た車輪付きの物体が、メイの横を走り去っていく。

 メイが使ったことのある車両よりもやや角ばった外観のそれは、何やら音と臭いを残して走り去っていく。

 その姿、音、臭い……どれもなぜか、懐かしい。


 無機質なのに力強い、風を切って走る佇まい。

 無機質なのに心躍る、鳴き声のような排出音。

 無機質なのに悪臭い、だが嫌ではない刺激臭。


 それらが妙に懐かしくて、メイはいつしか車輪付きの物体が通るのを楽しみに感じていた。


 また車輪付きの物体のうちいくつかは、メイとすれ違う前後に何か合図するような音を鳴らしていた。

 それは少し高かったり、重く低かったりと物体によって異なる音色をしていた。


 ただ、それが何を意味するのかメイにはよく分からなかった。そこで……次に通りかかった物体、メイを少し避けるようにすれ違っていく物体を注視してみることにした。

 すると、次にすれ違った物体の、その中から……メイへしかめっ面を向けるヒトの姿が見えた。



 ……なにか、怒られてる?

 けれど、足を止めてインネンを付けてくるヒトもいない。

 迷惑だけど、排除しようとするほどじゃない……ということだろうか?


 メイはそう考え込みながら、位置を変えずに歩いていた……

 と、突然、何かがぶつかった!


 身体の左側で木か何かが折れたような音がして、メイは振り向いた。

 振り向いた先では黒い物体が走り去っていくのと、足元に何かが転がっているのが見える。



 何かが手にかすったような気はする、先ほどの物体とぶつかったのだろうか? だとしたら、転がっているのは物体の部品の一部か?

 落としたままで大丈夫なのだろうか……


 メイはしばらく立ち止まり、黒い物体が戻ってくるのを待ってみた。しかし黒い物体は一向に戻る気配もなく、やがて日が落ち空が赤く染まりだした。

 延々と待っていても仕方がない、それほど暇な身でもない。

 メイはやむを得ず、再び歩き始めた。

 ただし、今後はなるべく現地人の邪魔をしないように、と……白線の外側を歩いてみることにした。


 道路の端を歩き続けていると、日が落ち辺りはすっかり暗闇に覆われた。

 ただし、闇の中でもときおり……車輪付きの物体が、闇の中に光を放ちながら道路を駆けていく。


 無線、おそらく電源を携帯しての照明自体は、別段珍しくない。それはメイにとっても既知の技術である。

 しかしメイは、闇を光で照らすのではなく……暗視ゴーグルで灯りを集めながら歩み続ける。

 闇夜の中でも、なるべく目立たずに……進むために。



 今回の任務は、ヒトの将来を『予言』し正確に言い当てることで現地の人心を惑わす男女二人組をこの異界から除くこと。

 それも、出来れば現地人によって殺害された、あるいは情報発信能力を奪われたものと誤認させつつ排除……と、いうもの。


 メイは過去にも似た活動をしたことがあるため、依頼内容自体はとくに難しくもないと考えている。

 ただ、『予言』により社会の不安感が増大し、治安悪化に歯止めがかからなくなった社会……というこの異界の分析結果には、少し懸念と興味を抱いていた。



 『予言』とやらが必ず的中するというのは信じがたいが、自分の将来を正確に知ることはそれほど怖いものなのだろうか?

 来たるべき将来を知れるなら……それを受け入れることも、それに抗い未来を変えようとすることもできるはずだ。

 むしろ明るい材料ではないのか? なぜ社会不安につながるのだ?


 そのことはひとまず置いておくとしても、標的の二人組がもし私の未来も知れるというのなら……正直興味がある。

 将来存在するだろう障害に、備えてみたい。私はそう思う。


 ……この異界のヒトたちは、そう考えないのだろうか?




 などなどと……考えながら歩き続けるメイの横へ、車両に似た物体が止まった。

 物体は移動を止めたまま、窓らしきものを開けて……中から声が聞こえてきた。

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