二人は、きずなを
「ね、そろそろわたしたちも……家族ってやつに……なっちゃお?」
「いいでしょ、メイ?」
局長はまだ起き上がらないでいたメイの顔の前に半透明のケースを置いて見せる。
一旦メイにケースを見せてから再度手に取り、開封して……注射器とアンプル一本を取り出す。
なおこの薬剤は、元々種間交雑が可能な程度の、遺伝的に近い種の同性向け……要は『礎界』の生殖技術としては比較的陳腐なもので、現在ではあまり高価なものでもない。
「子供……ほしかったの?」
メイはまだ痛む身体を少し持ち上げて、局長を見上げる。
局長は半笑いなのかニヤついているのか、判断の付きづらい微妙な笑みを浮かべている。
「そうすると私、しばらく動けなくなるけど大丈夫?」
メイも一応、知識としては知っている。
液剤浸漬機と投薬管による体内外双方からの成長促進剤投与で、胎児の成長速度を約二十倍に加速させられる……約二十倍までなら、親子どちらにもリスクは無いらしい。
この場合、妊娠から出産までの約二百七十日を短縮して……十五日くらいお薬に浸かりっぱなしになる。
といっても、浸漬機を使わず注射と経口薬だけで成長促進させる場合でも……二、三十日は満足に動けなくなるはず。
どちらにしても、荒事に対応できない時期ができてしまうのは間違いない。
本当に大丈夫だろうか?
局長なら、主要な人物の感情も思考も把握しているはずだが。局内で時々漏れ聞こえる声、きな臭い噂が気になる。
いや、そのへんは私があまり心配しすぎても……意味ないか?
と、メイは悩みながら……それとは別に、違和感を覚えていた。
局長にしては珍しく……それを勝手に使わず、妊娠を強制しようともしない。
メイがはっきりと合意を口にするのを……待っているようであった。珍しく。
いつもの局長なら、さっさと薬を使って……私に襲いかかるだろうに。
どうかしたのだろうか? 事が事だし、さすがに気を遣ってるのか?
「ね、一度だけ……一度だけで、いいから……」
黙って考えこんでいるといつの間にか、局長の笑みが消えていた。
彼女の表情はまるで記憶にない、哀願するようなもので……彼女の金色の瞳も、記憶にないほど真っすぐなものに変わっていた。
そんな……やけにしおらしく、やけにマジメな局長の様子が、メイは気になった。
そんな態度に絆されるわけではないが、メイはどうも引っかかりを感じてならなかった。
別に、彼女との子供を作って産むことには……なんの不満もない。彼女がそうしたいのなら、喜んで協力するつもりでいる。
ただ、とても平静とは思えない彼女の態度が……どうしても気にかかる。
いや、普段通りではいられないほど……冷静ではいられないほど強く、それを願っているのだろう。なにがなんでも、受け入れてほしいのだろう。
メイはそう、考えを変えた。
「わかった、貴女がそうまで言うなら」
メイは再び身体を横たえて……
「今日ここで、貴女と子供をつくりましょう」
そう言い切って、目を閉じた。
「ありがとう、メイ。それじゃあ……」
メイは目を閉じたまま、局長の準備──薬剤を使い、その身へ一時的に雄性を得るのを待っていた。
いよいよか、と思うと胸がドキドキする。
私が母親になるのか、と思うと少し不安もよぎる。
けれど、彼女がそれを求めるのなら……私は喜んで受け入れる。喜んで母親になる。
彼女の子、一番好きな人の子供。
子供を産んで、二人で育てよう。
どんな子が産まれるのだろう?
どんな子に育っていくだろう?
あ、しばらくはお酒も我慢しなきゃ。
……と、メイは目を閉じたままあれこれと思いを巡らせていたが……
生殖細胞再構築って……こんなに時間かかるものなのか?
一向に事が進まなくて、焦れ始めた。
ちょうどその時、
「ちょっと、いつまでねてるの?」
局長から妙な突っ込みを受けた……と同時にメイは下腹部──恥骨の辺りにツンと、針が刺さったような痛みを感じた。
「えっ?」
メイは思わず目を開けて、その部分を確かめる。するとそこには感覚通り、確かに注射針が刺さっていた。
「いつ、だれがメイにうんでほしいって言った? はいこれ飲んで」
局長は片手で注射器のプランジャーを押し込みながら、もう片方の手でアンプルの先を折る。
「あ、私がそっち……おクスリ使え、って意味だったの?」
それはそれで大丈夫なのか、とメイは不安を覚える。
局長の小さな身体で、妊娠出産が可能なのか? と。
「だいじょうぶ、そのへんはしっかりメディカルチェックしてもらったから」
どうやら思考を読み取られたらしい。それにしても、なかなか用意周到。
「だいたい局としても、そのほうがいいでしょ? 私は身動きとれなくても仕事できるけど、メイはそうじゃない」
その辺りのことも考えていたのか。彼女は思っていたより、管理局のことも真面目に考えているらしい。
少しは見習わなきゃいけないか。
「そうだよ〜、局長さまと同じように、キリキリ働いてよ?」
「そうするわ……!?」
彼女の言葉に、現状以上の働きを覚悟しようとしたメイだったが……身体が急に熱を帯びて、それどころではなくなった。
飲み薬の効果だろうか? すぐにでも彼女に、この欲求をぶつけたい!
ああ、けれど今の私はそのための身体をしていない! あっ何かが来た!?
熱くて、ギチっとしたものが集まった! ……少し痛い。
そこを見てもいないけど、なぜか分かる。
これを、この娘にぶつけたい!
どうしようもなく、止めようもなく……!
ぶつける方法も、なんとなく分かる。
なぜ分かるのかわからないけど……どうしたいか、どうすれば良いかはなんとなく分かっている。
なぜかわからないけど、ちゃんと出来てる……気がする!
驚くほどスムーズに、それは完遂された。
薬剤の効果なのか、別の要因があったのかはよく分からないが……不可解なほどスムーズに、メイは一時的に得た雄性を活かし、満たしていた。
「……これで上手くいったね。すぐに促成機に入るから、メイともしばらくおわかれかな」
そして、どんな理由があったのかまるで分からないが……その最中、メイを見つめる局長の瞳がやけに物憂げな、感傷的な色を帯びていたように感じていた。
今回の投稿をもって、本章『善玉、悪玉、卑劣漢 と、女管理官』を結びます。
(次回投稿の際には、次の章が立ちます)




