一歩先へ、二人は
おことわり
この投稿部分では(本人了承のうえで)主人公が苦痛に悶えます。
この部分を読み飛ばしてもストーリー上問題がないように次部分を書きますので、本部分の描写が苦手と感じた場合は次回更新分からお読みいただければ幸いです。
「んっ……」
二人は互いの背に手を回す。
身長差があるため、自然と一方は肩から背に、もう一方は腋下から背に手を回す格好となる。
そして抱き寄せあう……と、メイは片手が背にかかっていない事に気付いた。
気付いたと同時に、腹にチクリと微かな痛みがあった。
……それが何をもたらすのかは分からないが、それはきっと彼女の「今日のおたのしみ」なのだろう。
耐えることはしても、避けることはしない。彼女の楽しみならば、すべて受け止める。
と……メイは心身を無防備に開いた、その直後に。
「っ!? うえ゛っ……?」
不意に、腹を強く押し込まれたような感覚がした!
そう感じた時には既に、胃の水分が喉の奥辺りまで上ってきていた。
胸から喉奥まで、それが通ったところはどこも酸い臭いとイガイガしたざわつきに満たされてしまっている。
「ゔん、んぐっ……な、なに、これ……」
喉に力をこめて、目の前までこみ上げてきそうな熱く苦い汁をなんとか飲み下す。
「あれれ、どうしたのお? 飲みすぎちゃった?」
そんなメイに対して、局長は……もう少しで自身に吐瀉物をかけられてしまうかもしれない、という状況が分かっているかのような台詞を──それをまるで意に介せず、ただメイを気遣っているかのように語りかける。
飲み過ぎたはずはない。夜に逢えると、聞いていたのだから。
彼女に逢う前に酔い潰れて、寝てしまったら……勿体ないから。
局長の言葉を心中で否定するメイの視線の下に、嘔吐感の原因があった。
胸に隠れて手首辺りまでしか見えないが……その先が、再びメイの腹を押し込もうと、身体に伸びていた。
しかし、それは通るはずのない力である。
弱体化の毒罠がこの部屋中に、大量に仕掛けられていたとしても……それでも、彼女の腕力では私に有効打を与えることなどできないはず。
では、なぜ……?
メイの身体は無意識に、加えられた力に耐えようと腹筋を固めようとした。が、局長の手指は一切の抵抗感もなく内へ押し込まれる!
「う゛ぶっ……!?」
まるで胃を直接搾られているかのような圧痛とともに、内容物が喉へこみ上げてきた。しかし彼女を汚しては申し訳ないからと、手で口を押さえて体内の濁流に耐える。
「やわやわぼでぃ〜〜」
「ゆるゆるぼでぃ〜〜」
局長はそんな言葉をかけながら、今度は指ではなく拳大? のものでメイの腹を突いた。
その様子はメイには見えていないというか、今そこへ注意を払える余裕はない。耐えるだけで精一杯だ。
ただ事実として、効くはずのない力が先ほどよりも広く深く腸を潰してくる。
また彼女は途中で、もう少し下や横の部分をも責めようとしたが……それは全く効かなかった。
おそらく上腹部の小さな範囲だけが、無防備になっているのだろう。
しかしそんなことはもはやどうでもいい。
「よわよわぼでぃ〜〜」
「い゛っ、うえ゛……」
メイの顔が苦痛と悪心に歪む。
局長の顔も愉悦と好奇に歪む。
しかしそれを、メイは見ることができない。
う、まずい……もう舌の根あたりまで胃液が上ってきている。両手で口を押さえてはいるけど、このままでは鼻から抜けて出ちゃう。
それにしても……
もう彼女の表情を見る余裕もないけど、聞こえてくる声はとても楽しそうだ。
楽しんでいるのだろうか? もし、楽しいのなら……できる限り、受けてあげたい…………
と、いつしか責め手は止まっていた。
「う゛っ、う……あ……」
メイは一息ついた心地で、悪心が弱まるのを感じる。
今すぐに吐いてしまうということはなさそうだ。
「へぇ〜……めちゃくちゃ効いてんだね、これ……」
局長は二、三歩後ろへ下がり、自分の掌を見つめていた。
メイは局長が少し離れたのをきっかけに、膝を落として座りこむ。
そして腹痛に苦悶しながら顔を上げて局長を見ると、局長の掌で何かがキラりと光った。
それはなんだ、と訊きたいところだったが……メイにはまだ言葉を発するだけの余力はない。
メイは満足に動けないまま、思考に苦痛を反芻させられる。
今、私は身体のどこも拘束されていないのに……動けない。
つまり、そういう力を与える彼女に……私の身体は支配されている。
もとより彼女に抗うつもりはないけれど、今は……もし抗おうとしたとしても、まったく逆らえそうにない。
今の私は、有無を言わさず、彼女の手の中……
一度そう解釈すると……吐きそうなほど腹を押し潰されて苦しいはずなのに、そのことがやけに心地好い。
一度そう、心地好いと考えてしまうと……背から頭へ真っ直ぐ筋を通されたような走りを感じて、蕩けて。
「いやー変な声聞けた、変な顔見れた!」
メイは吐き気がだいぶ治まったのを感じるものの、まだ口を開くには苦しく……
楽しいのか? と局長に目で訴える。
「まあまあ楽しいかな? いつもとちがったきたない声と引きつった顔……なんかおもしろい!」
視線の意図を察したのだろう、彼女の目は完全に笑っている。
メイはそう感じて、小さく笑うような息を吐いた。
楽しいなら、それは良かった。
「ちょっとつらそうだし、横になる?」
さて、局長は……「お楽しみ」中の彼女にしては珍しく、気遣うようなことを言う。
メイは言われるまま、右に倒れこんだ。
「あ、ぎゃく向きのほうがいいよ」
局長はそそくさと近寄ってきて、なぜか左向きに体勢を変えさせた。
確かに、右向きのときより身体が楽になった気がする。
楽になった気がした、その直後。
「い゛っ!? ちょ、ちょっと待っんゔんっ……」
先の押し搾られるような苦しさとは違った、鋭い痛みが腹の奥に!
「やっぱり……気をつけなきゃダメだよ〜」
「な、何があ゛っ……んくっ、いだぁ……い゛あっ」
先ほどとは違い吐き気こそ感じないが、それどころではない。指先を押し込まれた腹がキリキリと痛む。
その痛みはまるで、それだけに意識を集中させるような……考えるまでもなく身体と意識を引きつける、鋭く激しい痛み。
「かはっ、はっ……あ゛ぐ、や゛、やっ……」
腹の内を押され続けているせいか、満足に息を吸えない。
彼女はそこから、指先を上下左右にグリグリとねじ込む。指先がとくに右側、上側に刺さったとき……中が猛烈に痛んで、神経のほとんどがそこに引き寄せられる。
それがあまりに痛くて、耐えかねて……顔の前で拳を震わせ、脚をバタつかせながら悶えて……思わずあの言葉を漏らしそうになる。
「やめて」と言ってしまいそうになる。
二人でじゃれ合って、あるいは愛されているときにこの言葉を言うのは……この言葉だけが、「責めを止めてほしい」という合図である。
実際には、我を忘れてか気を失いかけてのうわ言でもない限り……メイの口からそれを零すことはない。
彼女が自分へ向けるものを、できるだけ許し、できるだけ多く、一身に受け入れる、全身を染められる……それがメイの愉しみ、悦びだから。
「なんかね、おさけ飲みすぎの人はこうされると弱いんだって」
「そ、そんぅゔぁっ、待っ……んぎっ、ぃ……」
これ以上耐えられそうにない、と心身を追い詰められながらも……逃げはしないし、その責め手を抑えることもしない。
メイはただ、局長を受け止める。
メイはただ、局長に身を委ねる。
それが彼女を満たすから。
「ねえ、体調にも気をつけてね? これからどんどん仕事してもらうんだからさぁ」
と、すっかり二人の世界に浸っていたメイの思考が、ある単語で引き戻された。
ん……仕事?
こういうときに、仕事の話をするなんて……めずらしいな。
そう疑問に感じていると、いつしか局長の手は止まっていた。
「さてと、いじめるのはこれくらいにして……今日はコレを使いたいの」
横たわるメイに局長が見せたのは、薬剤アンプル二本と注射器が収められた半透明のケース。
メイはそれを、実際に入手したことはない。だがその色合い、ケースのデザインには見覚えがある。
このケースの中身は、生殖細胞子再構築剤。
それを使いたいということはつまり、局長が求めているのは……
ふたりのこども。
「……いいよね?」




