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変化へ、一歩一歩

 んっ、んぐっ、んっ、こくっ……


 カンッ


 ハーッ……



「おいし……やっぱ仕事明けはコレしかない……」


 『礎界(そかい)』へ帰還、さらに自室へと戻ったメイは異界での襲撃者の調査についてだけでも先に作業しよう……と意気込んだが、「まずは一杯」の誘惑に勝てなかった。

 今はまだ一本だけ……と少しだけ自分を戒めながら、缶入りの酒を一気に空けた。


 一本だけなら、あまり頭を使わない作業をする分には問題ない。

 メイはまず『監獄空間(ジェイルハウス)』に捕らえて放置していた襲撃者の生き残りを治安維持隊へ引き渡すことにした。

 というのも、あの生き残りの女にこれ以上尋問したところで、メイに対して正直に答えることはないだろう……と考えられたためであった。



 ま、あの女の気持ちは分かる。きっとあの帽子の生命体が、大事なパートナーだったのだろう。

 私だって、もし局長(ショボー)を誰かに殺されるなんてことが、もしあったら……私は、犯人のことを絶対に許さない。

 たとえ勝てない相手だとしても、全力で闘い続ける。どちらかが死ぬまで。和解はない。

 そんなの当たり前だ。自信が、それどころか確信がある。


「自信が確信に()……」

 いつもの癖なのか、妙な独り言が口をついて出かけた。


 メイは一人で呆れながら首を横に振って、『監獄空間』へ入る……だがその一角で襲撃者の女は、寝顔のように安らかな表情で事切れていた。

 身体のどこかに隠し持っていた毒物を、メイが目を離した隙に自身へ用いた……あるいは、予め導入しておいた自死用ナノマシンを作動させたか。

 しかし自害の方法など推察したところで、何か意義が生まれるわけでもない。


 メイは治安維持隊へのキャンセル連絡と、医療係への遺体引き渡し依頼書をまとめて送信……それから襲撃者たちの外見と聞きかじった愛称で局内人員データベースを検索してみた。

 また、メイの権限で管理局各課から集められるだけの発行書面データを取得して、それらが順次ヴィネアへエクスポートされるよう設定した。


 あとは人員データベース検索とヴィネアによる文書解析の結果を待ちつつ、本来の業務──異界でくすぶっていた『遣体(けんたい)』──についての報告書を作るのが当面の残務であった。

 急ぎで済ませるべき作業は特にない……それなら……飲み直すか、とメイは貯蔵庫から追加の酒を出そうとした。

 と、貯蔵庫に手をかけたあたりで電文が届いた。


【管理局第九課 メイ課長へ

 納品予定の新装備品の件並びにご利用中の情報処理知能体の件について情報交換をしたく、第六課研究棟へお越しくださいナ。

 本日昼のうちにお越しいただけるなら、新装備品をお値引きいたしますゾ。

 では、よろしくですナ。 第六課 ペドロ・ウラカン・デ・バルデス】




 発注済の高価な新装備品を値引きする──と言われると、今のメイは少し弱い。あれこれと請求されそうな『保育館』の修繕費を多少なりと相殺できるなら……と考えれば、第六課課長ペドロの誘いはありがたかった。

 それで、メイは早速第六課の研究棟を訪ねていた。


「メイ課長ですね。申し訳ないのですが、先約が入り第三応接室で打ち合わせ中のため、第二応接室で少し待っていてくれませんかナ……と、バルデス課長からの伝言でございます」

 メイは受付で告げられたとおり、第二応接室で一人待つことにした。


 応接室のソファーの端に座ってのんびりしていると、隣の部屋から話し声が聞こえてきた。


「例の件の進捗だけど、殉職(じゅんしょく)者を使っても問題なくヴァリデートできたよ。これならアンタにでも安心して使えそう」

「そっかあ、じゃあそろそろ……かな?」

「なんとか間に合わせられたよ、ホッとしたわ」


 隠す気がないのか、と言いたくなる程度にははっきりと……二人分の声と内容が漏れてくる。

 その声と口調は、一つは聞き覚えのない女のもので、もう一つは……局長のものと思えた。


「ぜんぜんよゆーでしょ。これなら先に、アレもやっときたいなぁ〜」

「アレか……大丈夫? 医療データ追ってる感じ、あのコの霊体和合だいぶ不安定になってる。今アレすると、二度と戻せなくなるかも……」

「わたしがうむ方なら大丈夫でしょ? けどさいきんさ、別にもどさなくてもいいかな〜とも思ってんだけどね」

「大賛成! かわいいもんねあのコ、というか私はもう絶対戻したくないくらい」


 あまり聞き耳を立てるのも良くないか、とは思うものの……特に意識しなくても普通に聞こえてきてしまう。

 方向的には、第三応接室だろうか。

 だとすると、男の……ペドロ課長の声がしないのは不自然なのだが。


「ま、根回ししてないとこが暴発するかもしれないし、あのコはいつでも動けるようにしとくべきかもね」

「そういうこと〜」

「あとは、あのコと周りを信じて……か」

「そ〜ね〜、んじゃそろそろ帰るね。ついでにメイ課長よんどくからねー」

「えっそれは……あっ行っちゃった……」



 隣の応接室からの声が止んでからしばらくして、なんの通知もなくドアが開いた。


「メイさ〜ん、ペドロ課長がよんでるよ、第三応接室に入って」

 何の合図もなく個室のドアを開けるような非礼が許されるのは、建物の所有・管理者か、それ以上の立場の者だろう。

 と、思ったとおり……ドアの先には局長がいた。


「あ、それと……夜にそっち行くから、お話きかせてね」

 局長はそう言いながら、(きら)めくような金色の瞳でまっすぐメイを見つめている。


「……かしこまりました、局長」

 メイは意識して、冷静に返答した。

 局長の目つきは、仕事の……真面目な話をしたい、という目ではない。恋人同士として、私に逢いたい……そういう目だ。

 そう確信しながら。



「研究棟へようこそですナ、メイ課長」


 入室ベルを鳴らしてから第三応接室へ入ると、そこにはマッシュに整えた青い髪と白い顔とを併せて真球のような頭の形を見せる太った丸眼鏡の男──ペドロが座っていた。

 ……いつの間に入室したのだろうか?


 それは特に話題にせず、二人は新装備品……新型の熱線銃についての説明と、導入したばかりの情報処理知能体ヴィネアについて情報交換した。


「なかなかどうして、可愛らしいものですナ。この調子なら、私もひとつ……」



 ペドロとのミーティングを終えたメイは自室に戻り、ヴィネアによる文書解析が終わっていないことを確かめてからシャワーを浴びた。

 夜にここへ来るだろう局長に、何をされても良いように。


 そして髪を乾かしていたとき、インターホンが鳴った。

 昼のうちに部屋を訪ねてくるとは聞いていなかったが、それは彼女を迎え入れない理由にならない。


「おっつかれさまー! ごほうびあげる!」

 局長は外見なりの、幼気(いたいけ)で朗らかな声と無邪気な笑顔を表しながら駆けつけてくる。



 うまく隠しているけれど、よく見ると……本当に手ぶらのときとは、肩の入り方が違う。

 後ろ手に隠しているものは、何かな? ふふっ。



 またなんかイタズラを考えてるな──メイはそう察して警戒する、しかし防御や妨害はしない。

 それは、()()の愉しみだから。

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