かかわりを、ひとつひとつ
「自己紹介は……いらないよね? まさか私のことを知らずに、殺しに来るわけ……ないものね?」
メイは目の前で横たわる女に、訊ねるような言葉をかける。
知らないふりをして訊ねてはいるが、実のところ……この女が何者かから指令を受けてメイの命を狙った、というところまでは把握している。
この場合、管理官として対象を排除する権限が管理局に認められている。だからもう一人とにはそう言ったし、現に殺しきった。
「悪いけど知らないね。アタシそういうめんどくさい話は全部、相方に任せてるんだ」
この女……鎮痛剤がよく効いているためか、手首や膝を折られている割には態度に余裕がある。
「だからアタシに聞かれても、あまり詳しく知らないよ。それでもいいなら、アタシの質問に答えただけアタシも答えてやるよ」
メイは、この状況でよくそんなことが言えるな……と思いつつ……
「私に何か聞きたいことでもあるの?」
女の話に乗ってやる。
「アタシの……ギャビーはどうした? 別室かい? それとも逃げられたのかい?」
自分より、パートナーの心配か……ああ、なるほど。
悪いけど、私には関係のないこと。
「貴女といっしょにいた男なら、ここに半分くらい」
メイはとくに隠すこともなく、概ね灰化した鍋の中身を見せてやる。
「そ、それって……てめえ…………」
パートナーの結末を察したらしい、女の顔が凍りつく。
「ハァ……決めた! もうお前にはなんも聞かねえ。だからなんも教えてやんねえ」
女は寝返りを打ってメイから顔をそらした。
「なにそれ」
「くやしいけど、お前には勝てねえ。けどアタシのギャビーを殺したヤツが得することなんか、絶対にしてやらねえ」
憎い仇に対してせめて意地を張りたい、ということだろうか。
「異界における管理官への威力妨害は、原則死罪……だけど死罪といっても、その方法は定められていない」
メイは一応、僅かでも楽な道を示してやる。
「あ、そうだったの。今さらアタシにゃ関係ないね」
「協力次第で、不必要に苦しませないことも、陰惨に残虐に非道を重ねた拷問の末に死なせることもできる」
「バカバカしい」
しかし二人の交渉は、もはや成立しえないものであった。
「どうせ死ぬなら、お前になんかなんも教えてやんねーよ。バーカ」
「どうせ死ぬなら、少しでも苦痛なく死ぬほうがいいのに。馬鹿ね」
「あまり手荒なことをするのは趣味じゃないんだけど……昔、どこかで聞いたことがあるの」
さて、話し合うことは難しいが……ある程度は情報を得ておきたい。
であれば、拷問か、女の持ち物を解析するか……
はあ、こんな時あの誘導剤が使えたら楽なのにな……
どこの誰だか知らないけど、現実も見ずに面倒なことを言ってくれたものだ。
って、前にもどこかでそんなこと思ったな……
尋問や拷問より、自白内容の信頼性が高くなるはずだし……あの販売規制、なんとか廃止できないかな……
一応課長の肩書きもついたんだし、そろそろルールを変える側に……
と、それは一旦置いといて。
今のところはとりあえず……今使えるもので何とかしよう。
「肉食の虫を生きたまま体内に侵入させて、中から食い破らせるという拷問があるとか」
メイは頭に浮かんだ、女幹部に尋問する男たちの情景をかいつまんで説明してみる。
「生きたまま、肉食の虫や小動物に体を少しずつ食べさせていくという拷問があるとか」
メイは次に、汚水の水面に浮かべられた罪人たちの姿をかいつまんで説明してみる。
自分のことではあるが、頭のどこからそんな様子が発想、手法が出てきたのか……まるで見当がつかないが。
「厶、ムシ……それがどうしたのさ」
と、背を向けた女からの声は弱々しかった。
虫が苦手、とかなのか?
理由はよく分からないけど、なんか強がってるように見える。
その一方で、内心では不安げに震えてるのを少しだけ……感じる。
メイはその様子からふと、過去に異界で抱いた娘のことを思い出してしまった。
貴顕として気丈に胸を張りながら、死を覚悟して私に身を委ねて……微かに震えてた虎耳のあの娘。とてもいじらしくて……とても、可愛かった。触れてるときも、とても。
あの異界で、元気にして……幸せに生きてゆけたのだろうか。
できることなら、また……逢いたいな。
さらに、欲を言えばむしろ彼女から力強く抱いてほしかったこと……まで思い出して、メイは少し身体が熱く……身体のあちこちで奥側が疼いたのを自覚する。
しかし、今メイのそばに……目の前にいるこの女は、あの娘とは違った。まるで心が惹かれない。
近くの存在に魅力を感じなかった、そのために幸か不幸か……メイはそれ以上情欲に心を乱されることなく「仕事」に集中できた。
メイはまず、女を裸にして全ての装備品を没収してみる。
するといくつかの武器に混じって、携帯型の通信機器が見つかった。
ということは、おそらく……管理局からの正規の業務としてこの異界へ来たわけではない。
管理局正規の業務なら、通信機器など持ち歩くまでもなく体内のナノ機器で……身一つで直接、局からの通信を受け取れる。そうしない理由もない。
つまり正規の業務ではない。局に通信記録が残ることを避けたいのだろう。そしてこの女は現役の……いや、退役した戦闘要員なのだろう。局の権限で体内機器から過去の行動記録等を探られることも避けたかったのだろう。
しかし体外に機器があるということは、それを奪い取り解析することができる……ということ。
「ヴィネア、通信内容と相手の記録を解析できる?」
メイの声に応えるように床から配線が伸びて、通信機に繋がる。
「主人、機器が持ち主から離れた時点で生体認証システムやパスコードによるガードがかかったようです。突破手段は……」
「そうね、虹彩認識が可能ならそれで」
メイは何故そう答えたか……採用されている生体認証システムがおそらく虹彩認識か静脈認証だろうと考えたためであった。
となると静脈認証については、手首の骨折が影響する可能性があるから避けたい。なれば虹彩認識のほうが突破しやすい。
ということで、メイは女の頭を掴んで通信機器へ顔を向けさせる……
そこで女が強く目を瞑っていたことが、メイにとっては答え合わせだった。
「ヴィネア、体表に電流を流して目を開かせて。死なない程度にね」
「主人……この方もずいぶん頑なですし、状況的にやむを得ませんね。なるべく人道的な強さに留めます」
「優しいのね、ありがとうヴィネア」
ヴィネアの配慮が、自分への優しさだったらいいな……とメイは思っていた。
少しでも私の罪悪感を小さく、気に病まないように……という優しさだったらいいな、と。




