諌められても、結局は
メイは銃口と視線を向けて警戒していたが……相手が動かないのをいいことに、特に体力を消耗することなく喉の痛みを癒やしていた。
「オイ、いい加減に起きろってギャビー」
しかしその状況は、侵入者たちにとっても態勢を立て直す機会になっていたらしい。
女の声に反応したのか否かは分からないが、体液を流しながら倒れていた大男の頭から帽子だけが浮き上がった。
それは帽子をかぶった人の背丈ほどの高さでふわふわと位置を保ち、鈍く光を発した。連れて帽子のすべり辺りから繊維状の何かが流れ落ちて、やがてそれらが人型を象るように編み込まれていく…………
「あーおつかれ、今回もよろしくな」
「ごめんよ、防護態勢を整えられる前に絞め落とす以外の勝ち筋が思い浮かばなかったから、不意打ちしてみたんだけど……」
「全然ダメじゃん。なんで武器持ってこなかったのさ」
「えー全然は言いすぎじゃない? 不意打ち自体はうまくできたんだよ? ちょっと苦しそうにはできたし」
「それにしても、困ったなあ……どうする?」
「そんなのはアンタが考えることだろ? アタシの頭よりはさえてるんだからさぁ」
そんな、困ったなどと言われてもこっちも困る。
こっちだってもう二回殺ってるはずなのに。あと何回殺せば勝ちなんだ? 生け捕りは可能なのか?
ややこしい相手だな……あ、そうか、一つだけ確かめておこう。
メイは侵入者たちではなく、ヴィネアに問いかける。
「ヴィネア、光学迷彩の使用者は私の近くにいないよね?」
しかし反応がない。
「ヴィネア?」
「……離れてます。別の空間です。それがどうかしましたか?」
ヴィネアは返答の間とぶっきらぼうな口調で、あからさまに不機嫌な様子を示していた。
「ええと……ありがとう」
メイはそんなヴィネアの様子が少し気にかかったが、今はそれよりも目の前の問題に取り組むべきだと正しく認識している。
今も離れているということは、仮に帽子から湧く物体を人形と考えて、人形どころか帽子すらも囮……という可能性は低いということだろう。
今のところは、帽子が本体だと思いこんで全力を向けた標的を死角からドスッ、という戦術ではないと考えよう。
どうしようかな。帽子のほうは生け捕るには向いてなさそうだし、シンプルに殺ってしまうか……
帽子も人形も目に見えた順に、かたっぱしから潰してみよう。
それぞれの陣営が、それぞれの解決策を探っている。
「道具も全部さいしょの死体のとこに置いたままなんだよ、すぐ連れてこられちゃったからさ」
「それはしかたないさ、取りに行こっか?」
「うん、でもどうやって? 逃がしてくれそうにはないよね……」
「そのくらいなら、アタシでも答えは分かるさ。まあ耐熱せん……」
「あーあー! それはそれあとで話すから待って!」
メイの耳が、大声でかき消される前に敵方の不安要素を聞き取った。
耐熱線……熱線銃に対する防御に不安がある? それなら……
と、メイは銃を握る手と照準に意識を向けたが……通信が入った。
「主人、お取り込み中のところですが一言」
再び届いたヴィネアの声は、やはりどこか刺々しかった。
それではせっかくの美声がだいなしだよ、とメイは思いつつも……その言葉を胸の内にしまいこんだ。
「先程の銃撃で天井6箇所に穿孔……風穴が空いています。修理費の観点から、これ以上の損害は」
「待ってそれ今言う!? こっちは死にそうな思いして必死だったってのに!?」
次の言葉は、胸にしまっておけなかった。
「は?」
ヴィネアらしからぬ、ドスの効いた声が返される。
「それは自業自得ですよ! だいたい、主人が油断して生命活動の停止もよく確認しないうちに警戒を解いたのが原因です!」
「それは、そうなんだけど……」
メイには有効な反論が思い浮かばない。
「私がどんな思いで、主人が苦しんでるのを見つめて、心配で、何ら有効な対策を打てないで、心配で……けど何もできなくて……」
ヴィネアの声は、涙声にこそなっていないものの……可憐なオペレーターが目の前で涙を流しながら訴えかけるような様子が、ありありと浮かぶようなリアリティを感じさせる。
「私が、どれだけ……人の気も知らないで、主人は……私は悲しいです」
「えっと、ごめん……」
メイはひどく申し訳なく感じて意気消沈し、思わず熱線銃を下ろしていた。
「……なんだこれ。チャンスか?」
「うーん…………」
メイは下ろしていた熱線銃を、一旦しまいこんだ。
彼女は極めて精巧な人格を有しているようではあるが……あくまで人工の、情報処理知能体である。生命として実存する者ではなく、よって人権に類する権利も有していない。
加えて今は、完全にメイの所有する、メイの完全な管理下にある存在である。
だから、所有者たるメイの好きに扱って……どう扱っても、ぞんざいに扱っても問題はない。
それでもメイは……ヴィネアの意見、考えを尊重することにした。
それはメイの甘さかもしれないし、優しさなのかもしれない。
もしかしたら、愛情なのかもしれない。
「あん、なんで? ……ま、いっかぁ!」
女はメイが銃をしまったのを見て面食らったが、すぐに何かを胸のあたりから取り出した。
取り出した筒状のそれを両手で握ると、その先には発光する刃……高周波振動式の熱刃が現れていた。
「さあ、行くよギャビー!」
「ちょっ待ってよシャル!?」
「何よ今がチャンスじゃないの、ホラ援護して!」
「それ出すなら、せめてゼッペル指向の有無くらい確かめてよ……」
帽子をかぶった人型は不平を言いながら、四肢を急激に膨れさせる。
それは先ほどメイに襲いかかり、倒された大男と同じくらいの体型であった。
「こいつはそういう罠しかけるタイプじゃないよ、なんとなく分かる!」
そう言い残して、女はメイの前に飛びかかってきた!
「ッらア!!」
飛びかかりながら、女は熱刃を振りかぶる!
……熱刃で斬りかかるのに、どうしてわざわざ振りかぶるのか。それじゃ間合いを詰めるスキを作っただけだ。
メイも女の動きに反応し、前に出て懐に飛び込んだ。
手首を押さえることで、女は熱刃を振り下ろせなくなる……
何のための高周波振動刃だ。浅い間合いでチマチマ突きながら様子を見ていれば、安全に戦えるのに。
「バーカ」
しかし女は熱刃への対応を優先したメイを嘲笑いながら、片膝をメイの鳩尾辺りへ突き上げる! 避ける術はない!
「…………」
「なっ!? ギャビー!」
メイの身体が衝撃で少し揺れた、しかしそれ以外に反応はない。そのことと、膝に返ってきた重い感触に狼狽えながら女は相方に声をかけた!
それに応えてすぐに、ゴツゴツした拳の塊が唸り声をあげながら弧を描いて……女の膝蹴りと同じ位置へ、精確に突き刺さる!
「んっ…………」
「えっ……クソがっ!?」
メイは女の手首を押さえたまま、微かなうめき声を漏らしたのみで……身体を曲げて悶えることもなく。
それを目の前で見た女が顔を引きつらせながら再度蹴り上げを、ならば次は別の急所……
メイの下腹部に当てた、と思った瞬間……三人の頭上辺りから骨と、その他にも何か固い物の砕ける音がいくつか聞こえた。




