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楽しみたかった、なんて思ったり

 侵入者たちはメイの狙い通り、延々と回廊を進んでいる。



 念のため、熱線銃は二丁……この異界へ来る前に一丁だけ、新製品を注文してたけど……出発に間に合わなかった。持って来れてれば、実戦での使い心地を試すいい機会だったんだけど。

 なんでも、数秒間連続して熱線を発射し続けることで貫通力を高めたり、短線を起こしながら銃口を上下左右に振ることで帯状の熱波を形成して近くの対象を切り払ったりできるらしい。

 まあそのへんは礎界(そかい)へ帰ってから……次の機会に、かな。

 今日はひとまず敵を分断して、各個撃破……



 メイは侵入者たちの動きを映像で随時チェックしながら、攻撃のタイミングを(うかが)おうとしていた。


主人(マスター)、何をお企みか存じませんが、室内では暴れすぎないでくださいね?」

 そこへ、高くか細い女声……ヴィネアからの声が脳内で再生された。

 そんな文句を付けられるということは、ずいぶん不自然な表情になっていたのだろうか。


「『保育館』室内、特に次元歪曲に係る装置を壊したら修理費をたっぷり頂くことになります。予算足りてますか?」


 うん、多分足りない。新製品の熱線銃が最新式で、なかなかお高い品だったし。


「うーん……そうなったら、身体で払おうかな?」

 メイはとりあえず……茶化してみた。


「えっ、あの、あの……そんな軽はずみな発言をする主人(マスター)は、好きではありません」

「何が? ……あ、もしかして変なこと考えた? かな?」

「あ、へ、変なこと……変なこと……」

 ヴィネアの声が完全に上ずっている。あからさまに動揺しているのが分かる。

 最新鋭の情報処理知能体……なのに、なのか? だから、なのか? 人間味が強い。


「問題が発生しました。適切な回答内容を算出できません」

「肉体労働でもして払おう、と言っただけなんだけどなあ」

 メイは真面目な回答をできないでいるヴィネア相手に、すっとぼけてみせる。

 すると異音を感じた。


「Detected fatal error……」

 それに続いて、それまでとは一変した機械的な音声が届く。


「Now restoring……Okay, next step, rebooting……」

 メイの意識に、眠る女性の姿らしきものが想起されて……


「おはようございます、主人(マスター)

 ヴィネアは再起動……無事に目を覚ましたらしい。


「おはよう、ヴィネア」

「……その、先ほどのお話……正直に申すと、私もやぶさかではないのですが」

 そして律儀に、再起動前の話題に触れてくれた。


 しかし……彼女の可愛らしい高音とリズムでそう言われると、丁寧な口調とはミスマッチな、魅惑的な声が頭の全体に響きわたって……少しからかうだけのつもりだったのに、本当にそういう気分になってしまう。

 我ながら悪いクセだ、とは思いつつも。


「だったら……一度くらい、試してみる?」

「私には、それはできません」

「実体を持っていないことくらい、どうにでも解決できる。それは貴女も把握していることでしょう?」

「いえ、その点を解決しても、私は……」

 普段は整然と言葉を並べるはずの、彼女の声色とリズムが乱れている。


主人(マスター)に一度愛されてしまったら、これまで通りの冷静なサポートを続けられる自信がありません」

「ふふっおだて上手ね、貴女そういう才能もありそう」

「私にはそんな意図も才覚もありません……また懸念として、私では後日局長に処分される結末を回避できそうにないことが挙げられます」


 あ、うん……そんなこと、どこで知ったんだろ?

 私の人間関係にまで(さと)いとは、なかなか侮れない。



 メイは感心しつつ、そろそろ話を切り上げるべきかと思い……


「ところでヴィネア、光学迷彩の使用者は『保育館(ここ)』に入ってる?」

「そう考えられます、人為的な光波長への干渉が館内でも検出され続けています。光学処理能希薄化(ダイリューション)を行いますか?」

「まだ待って。先に見える敵を分断しましょう。回廊での霊子分離(クロマト)はできる?」

「お任せください、主人(マスター)!」


 ヴィネアの返答ののち、メイの周囲がわざとらしく揺れた。

 しかしメイは侵入者たちを映す画像から目を離さない。するとすぐに、映像が三分割された。

 三分割された映像の二つには慌てた様子で辺りを見回す人影が映っているが、残りの一つにはどこにも動体が映っていない。


「三者と思われる動体を分離できましたので個別に映像を出しています。ただし、一体については光波長への干渉状況から予測される大まかな位置を映しています」

「気が利くのね、ありがとうヴィネア。じゃあ、次に私がお願いすることも……予想できるかしら?」

「はい、どちらがご希望ですか?」

 メイは分断した侵入者の一人を叩こうと考えている。ヴィネアはそれを察したが、メイがどちらを先に狙うかまでは判断できなかったらしい。


「そうね、こういう時は先に賢そうな敵、冷静そうな敵から潰すのが私好み……かな」

「承知いたしました、記憶しておきます。また五カウント後に次元転移を行いますので、ご準備を……」

 メイは無言で(うなず)いた。

 頭を接敵への意識に切り替えたのと、先ほどまでの自然なやり取りで……頷くだけではヴィネアとの意思疎通が不完全になることを忘れて。


 とはいえ、両者に大きな問題はない。


「count……5, 4, 3, 主人(マスター)、お気をつけて」

 メイはヴィネアのサポートにより、少年のような姿をした侵入者の背後へ転移した。



「私の家になんのご用?」

「うっ!?」

 侵入者が振り向いた、メイはその動きに合わせて胸ぐらを(つか)むように手を伸ばした!


「んぐッッ!?」

 しかし素早く掴もうと力を入れ過ぎたのか、侵入者は胸に掌底を受けた格好で後方へ吹き飛んでいた。

 しばらく酒も飲まずに休んでいたせいか、体力が有り余っていて……力加減を誤ったようだ。


「あ、しまった……」

 メイは(つぶや)きながら、侵入者を逃さないよう急ぎ距離を詰める。

 やがて相手の様子が分かる位置まで近づくと……侵入者は仰向けに倒れたまま手足を小刻みに震えさせていた。

 片手を胸に添えた格好で、引きつった口元から声にならない(うめ)きと血混じりの泡を(こぼ)している。


 失敗した。

 これじゃ尋問もできそうにない……やり過ぎたか。

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