目覚めし者が闘うから
「ウぅオォォぁアアアーー!!」
メイの視線の先で、また……元牧師が叫び声を上げた。
すっかり膨れ上がった黄色い両腕を広げて天を仰ぎ、何かを訴えるように。
そしてその声が止んだ直後、地響きが起きて……それに連れて元牧師の周囲に砂煙が上がった。
メイは一方向へ続けて舞い上がっていく砂煙を頼りに、すっかり姿かたちを変えてしまった元牧師の疾走を追う。
当然見た目の変化だけでなく、筋力も高まっているのだろう。当初は少し離れて追おう、と考えていたが……全力で走っても徒歩ではとても追いつかず、置いていかれそうになる。
もしかしたら足の速さは生来のものかもしれないが、それはともかく。
一日も経ってないうちにああまで変わり果てるなんて……
おそらく、強い心的ストレスが新しい肉体と霊体・精体との順応をうまいこと亢進させたのだろうけど。
ただ、そう考えると……これまでに同じようなことは起きてなかったのだろうか? どこかの破落戸に、理不尽に殺されかけるとか。
この異界に暮らしてたら、それくらいのトラブルは日常にありふれてそうだし。
と、いうことは……今までは、何ものかによる干渉で……彼の三体調和を阻害されていた可能性がある?
けどそれはそれで、そんなこと……誰が? どう知って? 何のためにそうする? それになんの意味がある?
……これは、作業しながら考えることじゃないか。
まずはあの元牧師が目当ての『遣体』だと確信しときたい。
とりあえず、見失わないことを第一に。
メイは息を切らせながら走り続けたが、砂煙を上げ続ける元牧師との距離が徐々に離れていく。
ま、まだ走るの!? なんて体力……
ああ、こんなことなら馬を取りに行っとくんだったかな……
しかし、今さら馬は使えない。
もちろん、他の移動機器を準備するような時間もない。
メイは走り続けるしかなかった。
も、もうムリ……
メイは目眩を感じて、倒れるよりはと足を止めてしまった。
顔を下げて無心で呼吸を続けているが、心臓がバクバクと強く脈打っているのがわかる。
辺りの空気は乾燥しているはずなのに、あちこちからボタボタと汗が落ちるのが見える。
呼吸も、鼓動も、発汗も、いつもとは違う理由で。
やがてメイは力が抜けて、膝を落としてしまった。
その間も気息は盛んで……足にはまるで力が入らないが、総体的には少しずつ回復している。せめて状況を見ておくべきと思い、なんとか顔を上げて前を向く。
息も胸の高鳴りもだだ漏れのなか……前方で砂煙が上がらなくなっていたのを認めた瞬間、流れ落ちる大粒の汗が眉を通り抜けて目に入った。
それにより目を閉じた一瞬、同時に前方から怒号が響いてきた。
「悪党どもが!! あの子を返せっッ!!」
「は? あの子って誰」
「いやそもそも誰だよお前」
「つか変な色してんな、赤い肌なら知っているが黄色い肌色というのは聞いたこともないがな」
「毛も青くて逆立ってるとか変なヤツだなァ、お前人間かァ?」
前をよく見ると、人が十数人いるような粒が見える。それほど遠い場所から、ならず者達の声も聞こえてくる。
本当に、この異界のヒトはみんな声が大きい。
メイは汗を拭いながら様子をうかがう。
「いいから返せッ!!」
また怒号、今度はその後にドォンと何か重いものが地面に落ちたような音がした。
「てっ、テメェ!?」
「こいつやる気か、丸腰とは感心せんがな」
「どうする、撃つか!?」
「丸腰一人相手に弾使うとか恥ずかしいだろォ!?」
ズドン、ズドンと重低音が響く。
「ぬオオッ! まだやる気かァッ!!」
「なっ、こいつバケモンみてえに強えぞ! お前ら気をつけろ!」
「意地張ってられる相手でもなさそうだがな、さっさと撃つべきだと思うがな」
「クソが!!」
メイは重い足をなんとか前に出して、争いの場へ少しずつ近づいていく……そこでふと遠視ゴーグルの存在を思い出した。
少しずつ思考力も戻ってきたか? それはそれとして、遠視ゴーグルを取り出して装着する……
視線の先では、服が破れて黄色い身体を露わにした一人が多数の人影を次々と殴り倒していた。
元牧師の姿だ。
朝には闘うことすら避けていた者が、夜を待たずして超人的な力を得ている。
その能力を振るい、悪党を懲らしめている。
まだ自身の欲求に正直なだけ、という可能性も無くはないが……何らかの使命、あるいは意図を持ってこの異界に挿入された『遣体』だと考えてよさそう。
この元牧師のそばで成り行きを見守りつつ、場合によっては保護することも視野に入れて……
遠視ゴーグルで元牧師とならず者達の争いを監視しながら、メイはそこへゆっくり近づいていく。
「しゃぁねえ、撃て!!」
「動きが速いな、当たるといいがな」
「当たれっ、当たれぇっ!?」
争いの場へ近づくごとに、そこでの動きがはっきりと映るようになる。
ならず者達は手に何かを持ち……どうやら銃を使い出したらしい。
破裂音のような、銃声としては比較的軽い音。しかし、それは確かに銃声。
この距離だと流れ弾が飛んでくる可能性があるかな。
調べた限り、この異界ではまだ銃弾の威力は高くない。
私は、平静時の全身防御でも十分……無傷でいられるだろう。
……さて、彼は?
視線の先、銃声は止まない。
「いてっ!? おい、何すんだこの野郎! さっさと観念しろォ!!」
「えっ? い、いま頭に当たったよな!?」
「ど、どういうことだ……俺の弾も、間違いなく腹に当てたが」
「ぐあっっ」
悲鳴を伴った人型の塊が、さらに現場へ近づいていたメイの足元に飛んできた。
しかしそれは、顔が完全に潰れていて……




