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覚醒のきざしを見たから

 メイは急ぎ部屋を出て、騒ぎの起きている方向へ走った。その先からは引き続き怒声と泣き声が聞こえてくる。

 廊下を走り、最後に両開きの扉へ勢いよく押し入ると……広間に出ていた。そこでは反対側の壁の一部に、人が数人通れそうな大きさの穴が空いていた。

 そして、その穴の横に……


「あ゛ー! あ゛あ゛ーーん!!」

「やだこわい、こわいおとなこわい」

「いたいよお! くさいよお!!」


 臭い、というのはよく分からないが……ならず者らしき男達数人がそれぞれ子供を捕らえている。


「なあ先生さんよぉ、コイツらの命が惜しければ」

「『グァバデキア石』なる宝石と引き換えで、どうかな」

「嫌だ、とは言わねえよな? 優しい牧師の先生はよォ」

「ん、お前は……」


 あれこれと声がする中、メイはならず者達の目線から右に牧師がいることを察する。


「こうも早く、それも力ずくで来るとは……ごめんなさい」

「貴女が謝ることはありません、ただこうなった以上は要求をのむほかありません」

 近づいて謝罪してみせたメイに、牧師は顔を引きつらせながら答える。


「おい女、変な動きはすんなよ……?」

「分かっているだろうがな、妙なことをしたら子供の命はない。その後でお前の命もなくなるがな」

「女一人で何かできるわけでもねえだろうがよォ」


 ならず者達のうち数名はメイに視線を向けてはいるが……はっきりと見下しているように感じる。

 それはそれでいい。その方が手を打ちやすい……というよりは、そもそも今のメイにこの争いを解決する理由がないから。


 この強盗を止めるだけなら、催眠ガスでも光学迷彩でも使えばどうにでもなる。

 けどここは、あえて牧師の行動、意識が変わるのを期待して……待ってみる……


「石は礼拝室にあります、取りに行ってくるから待ってください」

 しかし、牧師に抵抗の意思は生まれてなさそうだ。


「そう……では私は、子供たちがいたぶられないよう見張っておきましょうか」

 今のところ、態度にも変化なし……メイは部屋の外へ駆けていく牧師の背中を見送る。


「そんなことはしねえよ、別にガキに興味はねえ」

「弾を無駄にしたくないんだが、連れてって奴隷商人に売るのも手間に合わんからな」




 しばらくの沈黙ののち、戻ってきた牧師は……人の頭ほどの大きさをした乳白色の球体を抱えていた。


「これがグァバデキア石です、子供たちを離してください」

「ほう、それか……よし、お前はそいつを俺んとこ持って来い。で、女はガキどもを引き取って戻れ」

 成り行き上、やり取りの邪魔になるわけにもいかない。

 メイはならず者達のボスらしき男の言に従い、子供たちを連れ戻すことにした。牧師が球体をボスに渡すのとほぼ同時に、子供たちの手を取る。

 しかしボスの隣で女児の腕を捕まえていた男が、子供を離そうとしない。


「あー待て、一人は残せや」

「え? なぜ?」

 メイはわざとらしいほど困惑した様子で眉をひそめてみる。


「一人はこの石が本物だと分かるまで、というか……高く売れるまで預かる」

「そ、そんな!?」

「仕方ないことだが? お前が嘘をついていない証拠はどこにもないんだが?」

 ならず者達はもっともらしい言い分でわがままを通そうとする。


「要求どおりグァバデキア石をお渡ししたのに!?」

「おかしらぁ、倉庫の食糧もだいたい出せましたぜ」

「そんな、まさか私たちの食糧まで!?」

 もはや何かを交渉する必要すら感じられないほど、ならず者達はまさにやりたい放題にしている。


 さすがにここまで非道を放置するのも……

 と感じなくもないものの、顔を青ざめさせてヒクヒクと引きつらせる牧師の姿を見たメイは様子見ざせるを得なくなった。


 悲しみ、怒り、憤り、無力感……これだけのストレスに(さら)されれば、何かしら変化があるはず。

 この牧師が本当に『遣体(けんたい)』なら、だけど。



「じゃあな! 何日か待ってろよ!!」

 ならず者達は乳白色の球体と女児一人を連れて去っていった。



 広間の壁には穴が空いていて、枯れた風を吹き込む。

 倉庫の備蓄食糧は全て奪われて、明日の糧にも困る。


「そんな……こんなことって……ああ、神よ」

「神よ、あなたは何故(なにゆえ)このような沙汰を」

「神よ、神よ…………神よ、あなたは何故、神よ…………」

 牧師はあたかも何も見たくない、とでも言わんがばかりに床に顔を押し付け、嗚咽を漏らした。


「神、かみ、カミ、カミ…………」

 と、牧師の口調が変わった。


「ああ゛あああ゛あアーーーー!!」

 ダァン、と床を叩く音。


「何故、何故…………何故ぇ!」

 両拳を床に叩きつけた体勢から身体を飛び跳ねさせる。


「あなたはどこに……どこを見て……何のために……」

 ひどく背中を丸めた体勢で立ち上がり、うつむきながら外へ歩いていく。


「あなたが何もなされぬなら、誰が……いや、ならば私が」

 目の前を見ているようには思えないが、進む方向はならず者達が去っていった方向。

 それはこの辺りで最大級の規模の水場がある……ならず者達の根城らしき場所の方向。


「私がみなを助ける!!」

 いつしか牧師の髪は青く、顔は黄色く、全身の毛は逆立ち、両目から涙を流し……



 よし、これは目覚めたかも。

 メイはならず者達を追いかけていく元牧師を、見失わない程度に離れて追尾する…………

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